19:真相(3)

「まぁ、それはそうかもな。そのおかげで、殿下が大聖女殿を糾弾きゅうだんした場にも上手く潜り込めたのだからな」


 レドは「おっ」とマウロに対して嬉しそうに笑みを向ける。


「良いぞ、マウロ。やっと相槌あいづちを打つつもりになってくれたのか」


「褒めるところは一応褒めてやる。反大聖女殿の立場があってこそ、殿下の警戒を呼ばずにすんだ。あの密室裁判に立ち会うことが出来た」


 メリルもまた、同意の頷きと共に沈黙を破った。

 

「ですねー。即日の処刑なんてことも十分に考えられたので、立ち会って介入出来たことは本当大きかったかと」


 レドは頷きを見せる。

 だが、そこには今までの得意げな笑みは無い。


「まぁ、失敗してしまったがな。とにかく時間を稼ごうとはしたが、結局聖女殿が危害を加えられる結果になってしまった」


 暗い表情を見せる彼に対し、応じたのはマウロだった。

 ふん、と鼻を鳴らして見せる。


「高望みもほどほどにしておけ。王宮はあの男の庭だぞ? そうそう全てが上手くいくものか」

「それはその通りだが……」

「後悔するよりも、大聖女殿を救い出せたことを誇るがいいさ。あの男の手元にあったらどうなったか? トドメを刺されていたに違いないぞ」


 レドは変わらず暗い表情であったが、反応は頷きだった。


「そうだな。意識がお戻りにならないのは心配だが、そこは良かった。本当に良かった」


 その言葉は、静かな安堵の響きで満ちていた。

 アザリアへの労りいたわの思いばかりがあった。


「……しかしまぁ、だ。お前はこれで良かったのか?」


 不意に上がった、マウロの曖昧な疑問の声だった。

 レドは不思議そうに首をかしげる。


「あー、なんだ? もう少し具体的に頼む。これとは一体なんだ?」

「お前の彼女への献身は大したもんだ。貴族社会での味方が必要だろうと、俺に彼女への接近を頼みこんだこともそうだ」

「まぁ、うむ。我が友人はこころよく引き受けてくれたものだったな?」

「お前があまりに熱心に頼むから仕方なくだが、俺に加えてメリル嬢だ。ケルロー公爵家の護衛の一族から、白眉はくびの彼女を聖女殿の元に遣わした」


 レドは困ったように眉根を寄せた。


「それはその通りだが……なんだ? 結局、何が言いたい?」

「衛兵から聞いたぞ。聖女殿から手ひどく罵られたらしいな。卑怯者と。必ず殺してやるとまで言われたとか?」

「事実だが、それが?」

「これで良いのか? 散々尽くしての結果がそれだぞ? 何の報いも無いどころの話じゃない。お前、本当にこれで良かったのか?」


 真剣な表情をしてのマウロの問いかけだった。

 これに対してレドは……


「ふふん」


 鼻で笑ったのだった。

 マウロは「は?」と剣呑けんのんな声を上げた。


「おい、なんだ今のは? 今の明らかな嘲笑はなんだ?」

「いや、ふふふ。すまん。レンベルグ侯爵殿も、まだまだ人生経験が不足しているのだと思ってついな」

「あ゛ぁ?」

「こういうものは、うん。仕方がないのだ」


 首をかしげるマウロに対し、レドは清々しい笑みを浮かべる。


「そう、仕方がないのだ。10年前に聖女殿を目の当たりにしたあの時からな。彼女が幸せであれば良いとしか思えんのだ。だから、仕方なかろう? 人を好きになるとはそういうことなのだからな」


 まぁ、まだマウロ君には早いかも知れないが。

 そうふざける彼に対し、マウロは深々とため息を吐いた。


「はぁ……メリル嬢。貴殿はどう思う?」

「そうですねー。惚れた人が幸せであれば、自分は報われなくても良いと。影からそれを見守れたら十分と」

「なんか、ちょっと気持ち悪くないか?」

「殿方のこだわりと言うか、バカな美学が煮詰まったような感じですねー。はい、けっこう気持ち悪いです」


 レドはうんざりと肩をすくめた。


「言うに事欠ことかいて、気持ち悪いはひどくないか? やれやれ。君はどう思う? 気持ち悪くなど無いよな?」


 その笑みの問いかけは、アザリアへのものだった。

 もちろん、鳥への問いかけである。

 何かしらの答えを期待してのものでは無いはずだ。

 アザリアにもその気は無かった。

 ただ……動いた。

 彼に近づく。

 彼の手に近づく。


「お?」


 レドは気づいたようだった。

 彼は手にしていた柑橘かんきつをアザリアに近づけてきた。

 芳醇ほうじゅんな香りのするそれに、アザリアはくちばしを向ける。

 ついばむ。嚥下えんかする。

 彼の顔に驚きの表情が浮かび、次いで歓声が上がった。


「おい、メリル! マウロ! 見たか? 食べてるぞ!」

「あらまぁ、本当ですねー。病気でもなんでも無く、今までは気が乗らなかっただけでしょうか?」

「まぁ、そうだな。鳥にも気分ってのがあるだろうさ」


 2人がそれぞれに感想を述べると、レドは頷きを見せた。


「確かに、そんなものかもしれんが……いや? もしかしたら私の言葉に反応したのか? 気持ち悪くないと行動で示してくれた可能性が……」

「曲解だ」

「曲解ですね」

「で、やっぱりお前気持ち悪いぞ」

「気持ち悪いですね」


 息のあった批判の声に、レドはうんざりと顔をしかめる。

 実際のところ、そんな事実は無かった。

 アザリアが柑橘を口にしたのは、別にレドに肯定を示したかったわけでは無い。


 ただ、思えたのだ。


 もはや全てがどうでも良かった。

 元の身体への──人間としての人生への未練は無い。

 聖女としての責務などもどうでもいい。


 それでも、死は選びたくない。

 ここにいたい。

 彼の側にありたい。


 ただ、そう思えたのだ。

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