12:レドとの日常(2)

「あらー? どうしましたかね? お外ですよー? お帰りの時間ですよー?」


 呼びかけられても困るのだった。

 アザリア的には、今はその時では無いのだ。

 そして、彼は察しが良かった。

 レドがメリルにいぶかしげな視線を向ける。


「なぁ? まだ早いんじゃないか? さすがに2日だ。まだ本調子では無いのだろうさ」


 生まれて初めてアザリアは心からレドに同意することになる。

 ただ、親友であったはずのメリルである。

 彼女はどうにも釈然としゃくぜんしていないらしかった。


「でしょうかねぇ? 戸惑ってでもいるのかどうか……よっと」


 アザリアは「え?」だった。

 そこまで戸惑ってなどいなかったのだが、強烈に戸惑うことになる。

 突如として、メリルがかごの中に手を突っ込んできたのだ。

 つかまれる。

 ひっぱり出される。


「お、おい! あまり乱暴にはだな!」


 レドが慌てて声を上げたが、メリルは平然としたものだった。


「大丈夫ですってば。野の獣はしたたかに丈夫なものですから」


 アザリアはメリルの両手に包まれ、窓の外に運ばれる。

 

(い、いや、ちょっと待って!)


 当然、心の声などはメリルには届かない。

 彼女はにこりとアザリアにほほえみかけてきた。


「では、お別れです。ほーら、待ちわびた大自然にお帰り……って、あだだだっ!?」


 彼女の悲鳴の原因は明白である。

 アザリアのくちばしによる必死の抵抗の結果だ。

 

(だ、だから! ちょっと待ちなさいって言ったでしょうが!)


 かなり不条理な文句である気はしたが、ともあれ室内へと飛んで戻る。背の高い本棚の上に身を収める。

 すると、メリルだ。

 彼女は目を怒らせてアザリアを見上げてきた。


「レドさま! アレはいけません! 恩を仇で返してきました! しかるべき処罰が必要です!」


 それは貴女の自業自得だと言ってやりたいところだったが、気になるのはレドの反応だった。


 よし、打ち殺してやろうなどと同意されてしまえば、アザリアは必死で逃げないといけなくなる。

 だが、その心配はなさそうだった。

 レドはメリルに呆れの視線を向けた。


「いや、これは君が悪いだろう。強引すぎだ。反撃も当然だろうな」

「と、当然であってたまりますか! 処罰です、処罰! あの礼儀知らずを夕食の一品に仕立て上げてやりましょう!」

「そ、それは私の夕食か……? しかし、まぁ、うーん。外には行きたく無いと来たか」


 レドはアザリアを見上げてきた。

 彼の判断で自らの行動は決まるが、果たしてどうなるのか。

 レドは「うむ」と頷きを見せた。


「では、窓は当分開けておくとしようか」


 その言葉の意味は何なのか?

 アザリアが内心で首をかしげるのと同時に、メリルもまた大きく首をかしげた。


「レドさま? それはどういう意味で?」

「いつでも森に帰られるようにしておこうということだ。逆に言えば、無理に帰すつもりは無いということだな」


 そう言って、レドはアザリアにほほえみかけてきた。


「森に帰っても、再び戻って来てくれてもかまわないぞ。当面食べる物は変わらず用意しておく。一人で執務に励むのも寂しい限りだからな。あまりうるさくされては困るが、君みたいな上品な同席者であれば大歓迎だ」


 それがレドの意思のようだった。

 アザリアにとっては非常に都合の良い意思であり、喜ばしい限りのことだったが……それよりもである。


(この人は……)


 アザリアの胸中にあったのは喜びでは無く疑問だった。

 再び蘇ってきた疑問だ。

 彼は一体何者なのか?


 アザリアを現状に追いやった張本人。

 どれだけ憎んでも足らない、殺意さえ抱いた初めての人間。


 ただ、その彼と今の彼は果たして同じ人物なのか?

 そのはずなのに自信は無かった。

 彼はほほえんでいる。

 アザリアに優しげな笑みを見せてきている。


「……はぁ」


 アザリアが思い悩んでいると、部屋にため息が響いた。

 それはメリルのものであり、彼女は軽くレドをにらみつけた。


「レドさまもお甘いですねー。こういうことからですね? 家中の緩みに繋がって、公爵家を揺るがす事態に発展したりですね?」

「ひどい牽強付会けんきょうふかいだと指摘しておこう。しかし、メリル? 君はなんだ? 何か用事があって訪れてきたのだろう?」


 メリルは「あぁ」と目を丸くしてパンと手を叩いた。


「そうでした、そうでした。マウロさまです。レンベルグ侯爵さまが後ほどいらっしゃるそうで」


 レドが「ほお?」などと軽く反応したのに対し、アザリアは大きく目を見開くことになった。


(レンベルグ侯爵さま?)


 レドに対する困惑は一時忘れることになった。

 その程度には、レンベルグ侯爵の名はアザリアにとっては小さくないものだったのだ。

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