13、思わぬ来訪者(1)

 レンベルグ侯爵マウロ。

 端的に言えば、彼はアザリアの味方だった。


 それも、レドとは対称に位置するような人物であった。

 傲岸不遜ごうがんふそんで無知なレドに対し、マウロは絵に描いたような紳士であり思慮深かった。


 低い身分と、聖女の『燐光りんこう』が無いことをもって糾弾してきたのがレドだ。

 一方でマウロは、それらは聖女としての実力には無関係だと常に擁護ようごしてくれた。


 天敵同士であるようにも見えた。

 激しく言い争う2人を、アザリアは何度も目にしたものだが……


(そのレンベルグ侯爵さまがここに?)


 あり得ないとすら思えたが、現実は違った。


「よぉ」


 軽く片手を上げて、1人の青年が書斎に踏み込んできたのだった。


 アザリアは目を見張ることになった。

 最初の一言からしてそうだが、かなり今までの印象と違ったのだ。

 まるで、農村の中年のような気取らない様子と言うべきか。

 顔立ち自体は上品なのだ。

 だが、アザリアの知る貴公子然とした様子はそこには無い。


「なんと言うか、相変わらずしゃっきりとしないヤツだな」


 レドが呆れ調子でそんな言葉を口にしたが、その通りの様子でもあった。

 そして呆れられた方のマウロは、何でもないように「ふん」と鼻を鳴らした。


「別に良いだろうが。元々は爵位など縁のゆかりも無かった、4男坊のきかん坊だ。友人の前でぐらい素の調子でいさせてもらうさ」


 初めて聞く彼の素性であったが、それはともかくだ。

 気になるのは友人という一言だった。


(天敵では無いと?)


 現状では無いと言う他に無かった。

 2人の間にあるのは、まさに気の置けないといった空気感である。

 

 驚きしかない光景であるが、次いでアザリアはさらに驚きを覚えることになった。

 

「しかし、不思議な状況だな。まさかこの屋敷で、こうしてメリル嬢に会うことになるとは」


 この部屋にはそのままメリルもいるのだが、マウロは彼女にそんな声かけをしたのだ。

 

 アザリアの知る限り、メリルはマウロと声を交わしたことは無い。

 赤の他人に近いという認識だった。

 だが、メリルだ。

 彼女はマウロに対して、気さくな笑みを返した。


「はい、私もまさかまさかです。マウロさまとこうした形でお会いすることになるとは」


 マウロは仏頂面で頷きを見せる。


「まったくな。今はなんだ? ここで侍女か?」

「まぁ、侍女を気取っていると言いますか。客人で収まるのも居心地が悪いですので」

「そうか。しかし、気を落とすなよ。今回のことは君のぶんを超えているからな。重荷に思う必要は無いだろうさ」


 メリルはどこか力の無い笑みを浮かべた。


「はい。正直、そう納得しようとしても難しいところはありますが……お気遣いありがとうございます」


 驚くべきことが多すぎて状況を理解することは難しかった。

 だが、一つこれだけは理解できた。


 それは、この3人は繋がっていたということだ。

 レド、メリル、マウロ。

 表面上は敵対していたり、無関係に見えていたのだが、実は浅からずの関係を築いていたのだ。


(一体何が何なのか……)


 頭が痛くなるのだった。

 現状には疑問しかない。

 彼らの真実の関係は一体どんなものなのか?

 そして、彼らは何を思って実際とは違うだろう関係を演じていたのか?


 悩みは尽きないが、それは一時中断だった。

 マウロが「ん?」と、本棚の上のアザリアを見上げてきたのだ。


「……あー、なんだ? お前に、鳥を飼う趣味でもあったのか?」


 レドはすかさず首を左右にする。


「いや、無い。まぁ、ちょっとした縁があってな」

「ふーん、そうか。少し意外だな。聖女殿があのような状況で、お前にこんな余裕があるとは」


 レドは苦笑の表情を浮かべた。


「余裕があるわけでは無いが、聖女殿は異常であっても変わらずにおられるからな。私に出来るのは、いつかお目覚めになると信じることだけだ。一応、そう割り切ってはいる」


 アザリアはレドの顔を見つめる。

 疑問点は数え切れないほどにある。

 だが、一番は彼だった。

 アザリアを陥れた張本人であるはずなのだ。

 なのに、この表情は何なのか?

 何故、アザリアを巡ってこんな切なげな表情をしているのか?


 そんな表情は一瞬だった。

 レドは真顔で首をかしげた。

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