14:思わぬ来訪者(2)
「ともあれ何なんだ? 用事は? まさか雑談にでもふけようというだけか?」
いぶかしげなレドに対し、マウロはそっけなく首を左右にした。
「違う。現状についてな、お前が知りたそうな情報を共有してやろうって話だ」
アザリアは気を取り直して耳をそばだてることになった。
情報。
アザリアが現状、最も欲しているものがそれだ。
それがどんな種類のものであれ、気にならないわけがなかった。
しかし、その情報は何かしらの吉報を伝えてくれるようなものでは無いらしい。
マウロは顔をしかめて口を開いた。
「やはり大聖女殿の
レドは「なるほど」と頷きを見せた。
「だろうな。そうか、天井知らずか」
「あの方の穴を埋めようと、聖女たちもがんばってはいるのだがな。すでに不作の兆候は出始めている。麦の生育具合は歴然であって……まったく、いやはやだ。あの方の存在は、まさしくこのスザンの至宝だったわけだ」
この情報に、アザリアは気を落とさざるを得なかった。
聖女としての今までのがんばりは、全てはスザン国民の幸せな生活のためだった。
そのスザン国民に苦境の予兆が出ているというのは、アザリアにとって悲報以外の何物でも無い。
(早く戻らないとですね)
そう決意したが、実際には戻るだけでは駄目であった。
仮に元の体に戻れたところで、アザリアはこの国にとって大罪人なのだ。
聖女であると偽り、王家を欺いた罪に問われてしまっている。
(なんとか殿下に私を信じていただかないといけません)
そうしなければ、アザリアが再び聖女として働くことは叶わず、さらには自身の幸せを取り戻すことは出来ない。
だが、かなりのところ悩ましかった。
彼は信頼出来る筋とやらを信じて、アザリアの言葉をまるで信じようとはしなかったのだ。
(……しかし)
アザリアはレドを見つめることになった。
不意に疑問が湧いたのだ。
その信頼出来る筋とやらは、レドのことで違いない。
そう思ってきたのだ。
しかし、どうにも今は揺らいでいた。
本当にこの男だったのだろうか?
ハルートにあらぬことを吹き込み、アザリアを窮地に陥れたのはレドだったのだろうか?
そのレドは何を考えていたのか。
しばし黙り込んでいたが、不意に呟くように声を発した。
「……殿下については何か聞いているか?」
マウロが答えるのを待たず、レドは神妙な面持ちで言葉を続ける。
「現実としての不作があれば、殿下も聖女殿が本物であったと認めざるを得ないはずだ。その辺りについて、何か情報は?」
アザリアはハッとすることになった。
(そ、そうです! その通りです!)
レドの発言はまったくもっての真理だった。
アザリアの不在が現実の影響として出れば、そのこと自体がアザリアの正当性を証明してくれるのだ。
しかし、陥れてきたはずのレドが、何故こんな問いかけを発したのか?
不思議に思えたのだが、それ以上にハルートについての情報が気になった。
すでにアザリアが本物の聖女であることに気づいているだろう。
優しい彼のことだ。
きっと自らの行いを悔いているだろう。
傷ついていることだろう。
悲しんでいることだろう。
息も忘れてマウロを見つめる。
彼はため息と共に首をすくめた。
「そのことだがな、あの方はやはり駄目だぞ」
アザリアは「え?」と胸中で呟いた。
駄目とは一体どういう意味なのか。
しかし、レドには分かっているようだった。
彼の口からもまた、ため息がもれる。
「そうか。駄目か」
「あぁ、駄目だな。市中の様子にはまるで興味が無い。お気に入りの女どもを宮廷に
アザリアは困惑した。
(……え?)
妙なことを聞いたような気がするのだった。
決して耳にするはずの無い、あり得ない妙な話だ。
だが、誰も聞き返そうとはせず、あり得ないとも口にしない。
メリルもまた、嘆かわしげに息を吐いた。
「まぁ……はい。私はそんなことだろうと思っていましたが」
応じたのはレドだった。
どこか疲れた表情をメリルに向ける。
「そうか? 私は少しは期待していたがな」
「だからレドさまはお甘い。そもそも、何故アザリアさまが殿下の婚約者に選ばれたのか? 首輪ですよ、首輪。大聖女が妻であれば、女遊びも控えるだろう。そう陛下が期待しての、殿下への首輪だったのですよ?」
また、妙なことを聞かされたような気がしたのだった。
しかし、今度も同じだ。
誰も異論を唱えない。
それどころか、マウロは頷きでメリルに同意を示した。
「メリル嬢の言う通りだ。品性と理性で、あの男に期待出来るところは無い。と言うかだが、お前、本当にあの男に期待などをしていたのか?」
「まぁ、前言通りだ。少しはな」
「呆れたヤツだな。これまたそもそもだ。陛下が倒れたのを幸いと、聖女殿の排除に乗り出したのはあの男なのだぞ?」
自分は一体何を聞かされているのか?
分からないままにやり取りは進む。
レドはうんざりとした表情を見せた。
「だから、分かっている。分かっているから言うな。あらためて聞きたくもない」
「楽観主義の甘ちゃんには、あらためて現実を聞かせておくべきだと思ってな」
「いらぬお世話だぞ、まったく」
「いいから聞いておけ。アイツにはな、我らのような価値観は無い。女に対しては、どれだけ着飾っているか、恋愛の
レドが応じる前にメリルだった。
彼女は冷たい目つきで頷きを見せる。
「まったくもってその通りです。色恋の相手としては不足だからと、偽物などと言いがかりをつけてアザリアさまを処刑しようとしたのは誰なのか? まったく、論ずるに値しないお方です」
この発言は果たして現実のものなのだろうか?
あんまりにあんまりな発言だと、誰かがいさめてくれないものか?
いさめる声は無い。
代わりに、マウロの声を上げた。
「しかしだがな、レド。お前にも出来ることがあったんじゃないか? あの男の真実を大聖女殿にお伝えしていたらだぞ? 彼女が婚約に難色を示せば、状況も変わっていたのではないか?」
レドは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「その程度のことは考えていたさ。だが、考えている間に、一足どころでは無く遅きに失してしまってな」
彼はメリルと目を向ける。
彼女は 残念そうに「えぇ」と頷きを見せる。
「以前からですが、彼女は殿下にぞっこんでしたから。告げたところで、私が嫌われるだけの結果でしたでしょう。あの男が女狂いの卑劣漢だなんて、それを正直に伝えたところで……え? きゃ!?」
メリルが何故、悲鳴を上げたのか?
それは、アザリアが飛び立ったからに違いなかった。
一目散だった。
窓から外へ。
上昇する。
王宮の尖塔が視界に入ると、それを目指す。
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