11:レドとの日常(1)

 治療を受けたアザリアは、そのままレドの元で過ごすことになった。


 正確には、過ごさざるを得なくなったというべきか。

 間違いなく失態であった。

 レドの態度に困惑している内に、メリルに鳥かごに入れられてしまったのだ。


 最初は慌てたものだった。

 これでは、元の体を探すことも、ハルートの現状を調べることも出来ない。

 だが、幸いにと言うべきか。

 レドやメリルには、アザリアをカゴの中の鳥とする気は無いようだった。


 治るまでの一時的な措置であり、その後は野に放たれるとの話らしい。

 アザリアは考えることになった。

 変に暴れて、怪我の体で森に捨てられてしまえばどうなるか?

 その時には疑う余地も無く死んでしまうことだろう。

 一方で現状だ。

 少なくともここでは、カラスや森の獣の心配は無い。

 野菜や水など、食料の世話をしてもらえることも非常にありがたい。


 よって、アザリアは大人しくかごの鳥に収まっていた。

 居場所はと言うと、治療を受けた部屋の窓際である。

 そこには小さな机が置かれていて、その上にアザリアの鳥かごは乗せられているのだった。

 

 この部屋はレドの書斎であるらしい。

 

 自然、書斎机に向かう彼の姿をよく目にすることになった。

 かごの中で、アザリアには出来ることは特別何も無い。

 なので今日も今日とて眺めるのだった。

 午後の強い日差しの差し込む室内で、アザリアは机に向かう彼の様子をじっと観察する。


(……この男は一体何なのでしょうか?)


 そして思うところはそれだった。

 保護されて2日目になるが、日がな一日中考え続けることになっていた。

 この男は一体何なのか?

 どういう人物なのかどうか?


 どうにも違うのだ。


 今までの彼の印象と、今の彼とはまったく違う。

 怪我をした当日に見聞きした不可解な言動……まるでアザリアに寄り添っているような態度もそうだが、そもそも人となりが違うように見えた。


 観察の視線に気づいたのかどうか。

 書類に目を通していた彼は、不意に顔を上げた。

 アザリアに屈託くったくの無い笑みを見せてくる。


「なんだ、気になるのか? 残念ながら、お前にとって面白いところは無いぞ。いや、別に私にとってもさして面白いわけでは無いが……おっと。これはいかん」


 愚痴らしきものを吐きかけたレドは、突然慌てたように立ち上がった。

 何事かと思っていると、彼はアザリアの鳥かごに近づいてきた。

 そのまま持ち上げてくる。

 やはり何事かと思っていると、彼は鳥かごを窓際から離れた棚の上に置き直したのだった。


「怪我人に強い光はな。悪かったな、気がつかなくて」


 日差しが辛いから場所を変えて欲しい。

 彼はアザリアがそんな訴えをしているものと推測したらしかった。


(……人の良い配慮と言いますか)


 かご越しに、あらためて見つめてしまう。

 今の彼は、傲岸不遜ごうがんふそんな悪漢には見えなかった。

 いや、今に限った話では無い。

 メリルや、他の侍女、侍従と接している時の彼は、人の良い青年にしか見えないのだ。


 だが、アザリアは知っている。

 長年のアザリアへの傲岸ごうがんな振る舞いは事実だ。

 玉座での憎悪に値する振る舞いも、また事実。


 では、一体彼は何者なのか?

 思い悩むアザリアに、レドは不思議そうに首をかしげてきた。


「ふーむ、まだ見てきているが、何だ? 水は先ほど変えたばかりだが……ん?」


 レドが扉へと目を向けたが、その理由はアザリアにも分かった。

 扉がコンコンと軽やかに鳴らされたのだ。

 次いで、声も入ってきた。


「レドさま。メリルです」


 レドは「あぁ」と頷いた。


「君か。開いているぞ」

「では失礼しまして……あら」


 入ってきたメリルが軽く首をかしげる。

 

「お仕事中かと思っていましたが、何です? お客様と遊んでいたのですか?」


 レドは笑って彼女に応じる。


「まぁ、似たようなものだ。しかし、どう思う? お客人に何か訴えられているような気がするのだがな」

「何かですか? はてさて。さすがの私でも、なかなか鳥の感情を読み取るのは難しいものですが……」


 メリルは笑顔で鳥かごのアザリアを覗き込んでくる。

 そんな彼女に対して、アザリアはレドに対してと同様に悩ましい思いをさせられるのだった。


(彼女もそうですよね)


 一体何者なのか分からない。

 

 レド──ケルロー公爵と、こうも親しげに接しているのだ。

 農村出身という話はおそらく嘘だろう。

 では、彼女の出自は?

 一体どんな経緯で、一体どんな目的でアザリアと行動を共にするようになったのか?


(……分からないことだらけで頭が……うーん)


 痛くなってきたところで、アザリアはビクリと身をすくませることになった。

 原因はメリルだ。

 突然のこと、彼女はパン! と両手を景気良く鳴らしたのだ。


「あ、そうです! きっとですね、もう治ったから出せと無言の催促でもしているのでは?」


 特にそんな事実は無いのだが、メリルはそう推測したらしい。

 一方で、レドである。

 彼はいぶかしげに首をかしげた。


「そうなのか? 治ったと言うが、ここに来てまだ2日だぞ?」


「ははは、人間とは違いますから。野の獣は回復力が高いですからねー」


「確かに、そういう話は聞くな」


「ということで、開けますよ? 良いですよね?」


 レドが「まぁ」と頷くと、メリルの手により鳥かごの小さな入り口は開かれた。

 次いで、部屋の窓も開かれ、爽やかな森の風が吹き込んでくる。


 多少、心かれないでもなかった。


 ここでかごを出れば、自由が得られる。

 自らの『元の体』を探すことも、ハルートの現状を調べに行くことも出来る。


 ただ、現実としては、


(い、いやいやいや。それは早いでしょうに)


 アザリアはかごの中、止まり木の上に留まることになる。

 さすがに、野の鳥とは言えども、ほとんど昨日の今日だ。

 怪我はまったく治ってはいない。


 さらには、他に思いとどまる理由があった。

 レドにメリル。

 彼らが一体何者なのか?

 心の底から気になった。

 それを知るためには、この場に留まることはおそらく最善手になり得るのだった。


 ただ、それはメリルには知り得ない事情と言うべきか。

 彼女は不思議そうに、入り口からかごの中をのぞき込んでくるのだった。

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