5:糾弾の場(1)
混乱はあった。
しかし、アザリアは悲観はまったくしていなかった。
きっと大した話では無いのだ。
状況の裏にある人物は分かっていた。
あの男──間違いなく、レド・レマウスがその当人だ。
大方、レドが今までになく王家に迫ったに違いなかった。
アザリアを偽物の聖女であるとして処分するように、と。
レドのケルロー公爵家は、スザン有数の名家であり、王家とも近縁に当たる。
多少、顔を立てる必要があっただけのことだろう。
アザリアには今後のことが手に取るように分かった。
全ては形式的だ。
アザリアは一応のこと王宮で身の潔白を証言する。
結果、当然のこととして王家はアザリアを無実だと認める。
そうに違いなかった。
まさか王家が……婚約者である王子が、自身を偽物だと疑うはずなど無いのだ。
そして、迎えた当日。
引き立てられた先の玉座の間だ。
「……ふふん。ようやくだな。ようやく、貴殿の偽りが
案の定であった。
その場にはやはりレドがいた。
相変わらずの軽薄な笑みに、侮蔑の視線。
怒りを禁じ得なかった。
しかし、アザリアの胸中の大部分を占めていたのは怒りとはまた別の感情だ。
(まったく、哀れな……)
あの男の笑みは、すぐに絶望に変わる。
それが分かっての
アザリアは余裕をもって正面を仰ぐ。
一段と高い場所にある玉座、その前だ。
そこにはレドとは比べものにならない重要な人物が立っていた。
すらりとした長身で、その立ち姿だけで生まれの高貴さを察せて余りある青年。
ハルート・スザン。
スザン王国の第一王子であり、アザリアにとっては敬愛すべき婚約者である。
アザリアは少なからず残念な気持ちにさせられた。
彼との久しぶりの対面が、このような形になってしまったためだ。
いつもであれば、彼は優美な笑みをアザリアに向けてくれるのだ。
しかし、今日は違う。
一応のこと、糾弾の舞台だからということだろう。
その端正な顔にあるのは、厳しい非難の表情だ。
しかし、全ては茶番。
すぐに彼と笑顔で語らえる時間がやってくる。
アザリアが見つめる中、ハルートは重々しく口を開いた。
「今日の召還の理由が何なのか? もちろん聞いてはいような?」
気負いなどは必要なかった。
すぐさまに頷きを見せる。
「はい。聞き及んでおります」
「ならば無駄に言葉を費やす必要も無い。テラルフォのアザリア。聖女を
アザリアはしばし待つことになった。
ハルートの底冷えするような嫌悪の表情を見つめながらに待つ。
これで終わりのはずは無かった。
すぐに彼は苦笑を浮かべるだろう。
悪い冗談だったと軽く謝罪を述べてくれるだろう。
アザリアが偽物であるはずが無いと力強く断言してくれるだろう。
そうに違いなかった。
彼は再び口を開く。
「弁解をするつもりは無いということか? 話が早くて結構だ。衛兵っ! その女を
「で、殿下っ!?」
待ち続けるのはもう無理だった。
アザリアは、かろうじてつくろった笑みでハルートを見上げる。
「ご、ご冗談もほどほどにお願いします。私が偽物? 死罪? どうされたのですか? 殿下の日常の言動とは思えませんが……」
疲れていた。
気が立っていた。
とにかく何でも良かった。
何かしらの理由により、彼は妙な言動をしているに違いなかった。
信じて、笑みのままでハルートを見つめる。
彼は「ふん」と不快そうに鼻を鳴らした。
「冗談だと? この大罪人めが、ふざけたことを……もういい。衛兵、連れていけ」
衛兵により腕をつかまれる。
アザリアは呆然の最中で理解した。
(殿下は……)
何も冗談を言ってはいない。
アザリアが偽物の聖女であり、死罪に値するのだと信じきっている。
「で、殿下っ!? おかしいです! 殿下ほどの方が、何故そんな
前のめりになって叫ぶ。
ハルートは不快げに眉間にしわを寄せた。
「与太話だと? 与太話は貴様の存在そのものであろうに。全て分かっているのだぞ。貴様の悪事については、信頼の置ける筋から密告があった。言い逃れは出来ん」
密告。
その言葉に、アザリアは思わず視線を動かした。
向かう先は、レド・マシウスだ。
彼は変わらずにやけ面で立っているが、間違いなかった。
その信頼の置ける筋とやらが一体誰であるのか。
「……な、何故です? 何故、そんな男の言葉などを……」
アザリアは悲痛の思いでハルートを見つめることになった。
悲しくもあり、悔しかった。
何故、ハルートには自分の言葉では無く、レドなどの言葉が響いてしまっているのか。
おかしい。
こんなことは間違っている。
出来るなら、現実から目を逸らしたかった。
しかし、そうは出来ない。
このままでは、全てがレド・レマウスの思う通りに進んでしまう。
「……へ、陛下は? 陛下はいらっしゃらないのですか!?」
咄嗟に思いついた起死回生の策である。
陛下はもちろんハルートの父であるが、彼は間違いなく自身の味方のはずだった。
アザリアを見込んで、ハルートの婚約者としたのは彼なのだ。
必ず、自分の言葉を信じてもらえると思えた。
だが、
「陛下か? 我が父なら、今は病床に伏せているがな」
ハルートは忌々しげにそう口にした。
アザリアは大きく目を見開くことになる。
「え? へ、陛下が……病床?」
「貴様が偽物であるとの報告を受けてのことだ。ふん。偽物どころか、とんだ疫病神だな」
思わぬ事態に、非情な罵倒。
呆然とするしかなかった。
そして事態は動いていく。
ハルートは燃えるような憎悪の目つきを向けてきた。
「貴様のような女が婚約者であったとは、我が身の一生の恥だ。牢で
一体この状況は何なのか?
理解は出来ない。
ただ、アザリアにも理解出来ることはあった。
それは、この場に味方は1人としていないということだ。
もはや、どうしようもない。
この状況を止めることは出来ない。
そう思えた。
しかし、
「いや、殿下。即刻の処刑というのは正直いかがかと思いますが」
玉座の間に、制止の声が響いたのだった。
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