8:王宮へ(1)

 どうにでもある。


 アザリアは自覚するしかなかった。

 どうやら自分は、森に生息する野鳥の一羽になっているようだった。


(そ、そんなことがあってたまりますかっ!!)


 正直にそう思え、その思いのままにわめこうとしてはみたのだ。

 だが、口と言うべきかクチバシから漏れるのは「ギーギー」という鳴き声のみ。


 よって、現実を受け入れるしかなかった。

 自分は野鳥である。

 野鳥以外の何物でもない存在である。


(何故、こんなことに……)


 思わずうなだれることになる。

 不思議の思いは尽きず、さらに不安も多かった。

 今は野鳥である自分だが、『元の自分』は一体どうなってしまったのか?

 死んでしまったのだろうか?

 その結果、魂のような何かが野鳥に乗り移ってでもしまったのだろうか?

 自分は、このまま野鳥として生きていくしかないのだろうか?

 

 懸念けねんは数え切れずにある。

 だが──アザリアは首を振って不安の思いを一度振り払う。


(考えても仕方がないことです)


 今は信じるしかないのだ。

 きっと、これは一時のことだ。

 自分は死んでなどはいない。

 絶対に元の体に戻れる。

 レドの卑劣な謀略ぼうりゃくをくじくことは出来る。

 ハルートの誤解を解き、彼との幸せな未来を取り戻すことが出来る。


(……よし)


 とにかくである。

 今は情報が欲しかった。

 『元の自分』は一体どうなったのかという疑問を一番として、ハルートとレドのことも気にかかる。

 彼女についても心配だった。

 聖女としての仕事を手伝ってくれていたメリルである。

 彼女もまた、レドの謀略により何かしらひどい目に会ってはいないのかどうか。


 それらは当然、ここにいては分かりようが無い。

 動く必要があった。

 まずは動いて、ここがどこなのか?

 王宮とはどんな位置関係にあるのかを知らなければならない。


 ただ、なにぶん慣れない野鳥の体である。

 アザリアはおっかなびっくり動き始めた。

 鳥の細い足で、とりあえず今いる枝の上をつたってみる。

 特に問題は無かった。

 的確に体を操れている。

 長い指と爪で、しっかりと枝をつかんで動くことが出来ている。


(よしよし)


 良い実感に内心で頷くが、しかし野鳥の歩みだなと実感することにもなった。

 しょせんは小動物だ。

 歩いて稼げる距離には限界がある。


 これは困った。

 

 うなだれ悩みかけ、そして不意に気づいた。

 アザリアはバッと空を仰ぐ。


(あ、そうですね)


 そうなのである。

 自分は人間では無いのだ。

 移動するために、必ずしも足を酷使する必要は無い。


 羽だ。

 早速、動かしてみる。

 人として腕を動かすのとは感覚が違った。

 試行錯誤を繰り返すことになる。

 慣れはすぐに生まれた。

 そして、良い実感もまた得る。

 

 人の腕とは比べものにならないほどに滑らかに動くのだ。

 その上、力強い。

 羽ばたこうと試みると、期待以上の勢いで大気を叩いてくれる。


(……いけそうです)


 ほとんど確信はあった。

 ただ、もともとは人間なのだ。

 枝から飛び立つにはかなりの勇気が必要だった。

 見下ろすと、そこには遠く地面がある。

 落ちれば死ぬ遠さ。

 恐怖しか湧いてはこない。


 だが、留まっていても仕方ないのだ。


 アザリアは意を決する。

 羽をはばたかせる。

 あとは跳躍するのみ。

 いけそうだという感覚に任せ、アザリアは思い切って枝から空へ──


(い、いけましたっ!)


 結果はそうなった。

 飛べている。

 羽は確実に大気を捉え、小さな体を上空へと向かわせている。


 しかし、速い。

 方向転換も難しい。

 アザリアは戸惑いつつ手近な枝になんとか止まる。

 また飛び立つ。

 それを繰り返す内に慣れが生まれた。

 アザリアは上空を見上げる。

 現在地を確認するためには、上空から見下ろすのが一番に違いない。

 

 また飛びだつ。

 上を目指す。木々の合間を抜ける。

 視界が開けた。

 早朝の薄い青の大空。

 森の中と比べて風は強い。

 だが、これに対してもすぐに慣れは生まれた。

 風がつかめることも知った。

 上空に上がっていく。

 視界の底で、全てが小さくなっていく。


(……わぁ)


 思わず、胸中で歓声を上げる。

 多くの気にかかることはあった。

 だが、大空を自由のものにしているという感覚と、その結果広がる光景には感動を禁じ得なかったのだ。


 だが、やはり飛べる事実を楽しんでいるわけにはいかない。


 気を引き締めて周囲を観察する。

 成果はすぐに出た。

 遠くに、いくつかの尖塔せんとうを発見したのだ。

 非常に見覚えがあった。

 アザリアの記憶では、それらは王宮に立ち並んでいるものと同じものだった。


(よし!)


 早速である。

 翼を羽ばたかせ、王宮へと向かう。


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