9:王宮へ(2)
鳥の速さはさすがだった。
遠く見えた王宮が、ぐんぐんと近づいてくる。
(よしよし)
アザリアは内心で安堵だった。
いよいよをもって実感することになったのだ。
これで移動は問題は無い。
鳥の体に絶望したものだが、当面の問題は解決出来た。
そして、である。
同時に思うのだった。
意外にもと言うべきか、鳥の体も悪くないのではないか?
もちろん『元の体』に戻りたいのだが、少なくともイノシシやオオカミになるよりは良かったということだ。
今必要なのは情報だ。
それを集めるのに鳥の体はきっとうってつけであった。
自由に場所を移せ、さらには警戒もされない。
まだ、運命から見放されてはいない。
そんな実感も湧き、気力もまた湧いてくる。
アザリアは一層強く翼を羽ばたかせ……不意に気づくことになった。
はたして、鳥の体はそれほど良いものかどうか?
気づきのきっかけは、眼下に意識が向かったことだ。
下界には広く森がある。
その木々には、黒い野鳥の群れがあった。
カラスの群れだ。
彼らはじーっとこちらを見ている。
何故なのか?
アザリアは農村の出身だ。
カラスが何を食しているかも多少理解している。
木の実を食らう。
虫も食らう。
そして──彼らは、自らより小さな鳥を捕食することがある。
(こ、これはちょっとっ!?)
慌てて彼らから離れようとするが遅かった。
無防備、無警戒な飛行の様子が、格好の獲物に見えたのだろう。
けたたましい鳴き声が響く。
黒い飛影の数々が、森から飛び出してくる。
鳥であって良かったなどと、とんだ思い違いだった。
もはや何も分からなかった。
カラスたちに囲まれる。
抵抗などしようが無い。
とにかく飛んだ。
全身の痛みに耐えて、とにかく飛んで──すぐに限界が来た。
落ちる。
迷走の結果、人里近い場所まで飛んでいたらしい。
落ちた先は、林の中にある土の敷かれた道路だった。
墜落に痛みは無かった。
代わりにあったのは、猛烈な悔しさだ。
(こんな所で……っ!!)
ろくに動かぬ体で、必死に地を
終わらせるわけにはいかなかった。
レドへの復讐も果たせず、ハルートの誤解も解けずに死ぬわけにはいかないのだ。
(だ、誰かっ!!)
助けを叫ぶ。
もちろん分かっていた。
ギーギーと力無く鳴いたところで、助けなど来るはずが無い。
傷ついた野鳥の一匹に、しかるべき運命が訪れるだけだ。
しかし、
「あらまぁ」
アザリアは耳を疑った。
(この声は……)
軽やかな女性の声だったが、問題はその声音だ。
聞き覚えがあったのだ。
地面に伏せていたアザリアは、痛みをおして慌てて頭上を仰ぐ。
聞き間違えでは無いようだった。
10代と思わしき女性の顔がそこにある。
いや、違うのだ。
10代のように見えて、彼女の年齢は20をいくらか超えているはずであり……
(め、メリル!?)
間違いない。
アザリアの無二の親友──メリルが、頭上にて不思議そうに首をかしげている。
「ボロボロですが……カラスにちょっかいでもかけましたかね? 無謀ですねー。そりゃまぁ、こんな目にも会うでしょうとも」
ちょっかいをかけたわけでは無かったのだが、そんなことはどうでも良かった。
彼女が何故、こんな林道にいるのかもどうでもいい。
アザリアはメリルを見上げ、出来る限りで訴えることになる。
(お願いっ! 助けてっ!)
当然、人の言葉を話せるわけが無い。
何か伝わるものがあると信じて必死で鳴き声を上げる。
メリルは悩ましげに額にシワを寄せた。
「ふむ? 何やら助けを求められているような気はしますが……あのー? これはどうしたら良いでしょうかぁ?」
その問いかけは、もちろんアザリアに向けられたものでは無い。
メリルは横を向いていた。
どうやら、彼女は一人では無く、その方向に
アザリアは思わず彼女の視線を追い……
ある種、再会を待望していた相手ではあった。
しかし、ここで会うのは有り得ないのだ。
メリルの同伴者として『彼』は有り得ない。
だが、事実として『彼』はそこにいた。
二頭立ての馬車を前にして、見慣れた背格好と顔つきの男が立っている。
アザリアを現状に追いやった全ての元凶──レド・レマウス。
彼は見慣れぬ表情をしていた。
醜悪な笑みはそこには無く、素朴な呆れの表情をメリルに向けている。
「どうしたらも何も、まずは詳細を伝えてくれ。何だ? 何か落ちてきたような気がするという話だったが、何か見つけたのか?」
「はい。どうにもこの子みたいです」
アザリアは思わず身をすくめることになる。
近づいてきたレドが、しゃがみこんで目をこらしてきたのだ。
「ほぉ? 種類は分からんが野鳥だな」
「カラスにいじめられていたみたいです。どうされます? 怪我をしているみたいですが」
呆然としているアザリアに、レドは首をかしげてきた。
「……ふーむ。そうだな。まぁ、我が屋敷の道に落ちてきたのだからな」
「お客人ですか?」
「そうなる。手当ぐらいはしてやるとするか」
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