6:糾弾の場(2)

 もはや立ち尽くすしかなかったアザリアだが、その声には視線を動かすことになった。

 

 声の主はレドに違いなかった。

 しかし、まさかである。

 まさか、あの男が自分に手を差し伸べようとしているのだろうか?

 すぐに思い違いだと気づくことになった。

 視界に映ったレドは、変わらずの気味の悪い笑みを浮かべている。


「ケルロー公爵? 処刑はいかがというのはどういう意味だ?」


 ハルートのどこか苛立たしげな問いかけだった。

 レドは気味の悪い笑みを醜悪しゅうあくに深める。


「決まっているではございませんか。その女は、聖女であると殿下をあざむき、あまつさえ婚約者の座までかすめとった大罪人なのですぞ?」

「だからこそ、即刻首をはねてやろうというのだ。何がおかしい?」

「その即刻というのが問題ではないかと。自身が偽物であると認めさせ、殿下に対して謝罪の言葉を尽くさせる。これが道理というものではないでしょうか?」


 ハルートは横目でアザリアをうかがってきた。


「確かにそれが道理だろうが……あの女にそんな殊勝しゅしょうな様子は見られん。即刻の処刑でしかるべきだと思うが」

「そこはお任せを。私にあの女をお預け下さい。ふさわしい態度というものを必ず引き出してみせましょう」


 場にわずかに沈黙がたちこめる。

 ハルートは悩ましげにだが頷いた。


「……分かった。だが、あまり時間はかけるなよ」

「はい、もちろん承知しております」


 レドはうやうやしく一礼をし、次いでアザリアへと視線を向けてきた。


「そういうことだ。せいぜい自身の潔白とやらを主張してみるがいい」


 そこにあった愉快げな笑みに、アザリアは確信を深めることになった。


(この男だ)


 全てはこの男によって引き起こされたのだ。

 ハルートにあらぬことを吹き込んだことはもちろん。

 国王が倒れたことも、きっとこの男の関与があってのこと。

 ハルートのこの態度も間違いない。

 彼は、このような見え透いた嘘に振り回されるような人物では無いのだ。

 この男である。

 レドが何かしらの策略によって、彼をこんな態度しか取れないように追い詰めたに違いなかった。


「……卑怯者」


 思わずもれた怨嗟えんさの声に、レドは「ふん」と軽く鼻を鳴らして見せてきた。


「今の言葉は自己紹介か何かか? 別に、わざわざ自称せずともよかろう。すぐに国中がお前をそう侮蔑することになるのだからな」


 レドは心底楽しげであった。

 初めてだった。

 アザリアは胸にわだかまるものを実感する。

 かつて無かった。

 誰かに対して、ここまで強い感情を抱いたことは生まれて初めてだった。

 

「……許さない。貴方だけは許さない。殺してやる。貴方だけは……絶対……っ!!」


 アザリアの呪いの言葉にも、レドは余裕の嘲笑だった。

 しかし、直後だ。

 彼は不審の表情で周囲を見渡した。


「な、なんだ? 何が起こっている?」


 アザリアも気がついた。

 揺れているのだ。

 玉座の間が、まるで地震の最中のように揺れ動いている。


 同時に、不思議な感覚にも気づくことになった。

 同じであった。

 聖女の力を行使した時と同じ感覚があるのだ。

 周囲と一体となっているような実感が確かにあるのだ。


(これは私が……?)


 疑問がよぎったが、そんなことはどうでもよかった。

 重要なのは現状だ。

 皆、うろたえている。

 レドにハルートはもちろん、自身の腕をつかむ衛兵も同様だ。


 このままでは自分は処刑されるしかない。

 アザリアは衛兵の手を振り払った。

 驚きの声を背に駆け出す。

 玉座の間の出口に駆け込む。


 とにかくこの場を脱するのだ。

 ハルートの誤解を解くにも、レドへの復讐を果たすにも、まずはそれが必要だった。

 しかし、


「に、逃がすなっ! かまわん衛兵っ! 打ち殺せっ!」


 ハルートの怒声が響く。

 出口にも、当然衛兵は控えている。

 彼らは忠実だった。

 奇妙な揺れに動揺しつつも、手にした警備用の長棒を振りかざしてアザリアに迫ってくる。


 よせ、やめろ。


 そんな声が耳に届いた気がしたが、それは果たして誰のものだったか?

 

 長棒が振り下ろされる。

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