26:帰還(2)

 鳥である自分に出来ることなど無いのだ。


 今必要なのは『野鳥』のアザリアでは無い。

 スザンの『大聖女』であるアザリアに違いなかった。


 当然、目指す先は森の中の離れの屋敷であり、元の身体となる。

 必死に羽ばたき、一直線に目指す。

 本来であれば、いくら急いでいてもすべきでは無い飛び方だ。

 森には、カラスを始めとして肉食の野鳥がいくらでもいる。

 こんな無防備な飛び方をすれば彼らの餌食えじきになりかねない。


 しかし、アザリアに不安は無かった。

 

 不思議と分かるのだ。

 今も、屋敷の時の感覚がある。

 聖女の力を行使しているような実感があるのだが、その感覚が教えてくれていた。

 心配は無い。

 道中には自らを害するような存在は無い、と。


 何ともなしに理解出来た。

 これは恐らく、聖女としての力の延長だ。

 自然と一体化するような感覚が、さらに進展しんてんした結果。

 大地を我が物のように揺らすことが出来たのも、それが原因だろう。

 森の状況を、我が庭のように把握出来ているのも同様。

 現状、野鳥に魂が収まっているのもその辺りが遠因えんいんかも知れなかった。

 頭に痛打を受け、この力が思わぬ結果を生んだのかどうか。


 ともあれ、どうでも良かった。

 今大事なのは自らの力への理解を深めることでは無い。

 屋敷が見えた。

 これが最後と、息を切らして羽ばたく。

 天窓に飛びつく。

 荒い息で、窓越しを見下ろせば……あった。

 元の身体だ。

 ただ、視界に入ったのは元の身体だけでは無かった。

 現状の原因となったアザリアに対し、何か思うところでもあったのかどうか。

 メリルにマウロ。

 眼下には彼らの姿があった。


「……しかし、本当に都合の良い人ですねぇ」


 メリルの呟きが聞こえてきた。

 次いで、マウロの声が眼下に響く。


「だな。大聖女殿にとって、あのアホはまったくな」

「はい。10年前から今日まで本当都合の良い人で……」


 メリルはベッドの上のアザリアの頬を物憂ものうげに撫でた。


「そろそろ良いのではありませんか? 仇敵きゅうてきは今日、全ての悪名を被って消えます。殿下は貴女を愛するようにきっとなります。頃合いでしょう。そろそろお目覚めになってもよろしいのではないですか?」


 よろしいはずなど無かった。

 ハルートにレドが殺される。

 そんなことは絶対にだ。


(許してたまるものですか……っ!!)


 あとは一瞬だった。

 野鳥としての身体の感覚は消えた。

 懐かしい感覚がよみがえる。

 窮屈に感じるほどに重たい四肢の感覚。

 もはや空を自由に飛ぶことは叶わない。

 だが、この身体だからこそ成し遂げ得るものがある。


 目を開く。

 天窓からは、飛び立つ何かの影が見えた。

 それへの感謝の思いを抱きつつ、跳ねるように上体を起こす。

 突然のことであれば当然だ。

 2人は大きく目を見開く。


「だ、大聖女殿!?」


 マウロが驚きを叫べば、メリルもまた目に見えて慌てふためいた。


「あ、アザリアさま!? あの、えーと……で、殿下です! 良かったです。殿下は非常にあの、アザリアさまを心配されていて……」


 おそらく、レドとメリルの間でまずこう告げるようにとの段取りが決まっていたのだろう。

 しかし、どうでも良かった。

 アザリアは久しぶりの身体にふらつきながらに立ち上がる。

 メリルの両肩をつかむ。

 戸惑う彼女に叫びかける。


「メリル! 時間が無いの! 一刻も早く私を王宮に連れて行って!」

「あ、アザリアさま?」

「何も聞かないで! お願いっ! 早くっ!」


 変わらず戸惑う彼女だったが、アザリアが必死であることは十分伝わったらしい。

 

 一度マウロと顔を見合わせた上で、こくりと頷きを見せてくれた。

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