10:レド・レマウスという男
助かった。
そんな安堵の
理由はもちろん、この状況にある。
華美さとは無縁の、品よく調度品のまとめられた一室だ。
アザリアはそこで手当を受けていた。
メリルの手により、血止めの
この点だけならば、何も問題は無かった。
馴染みの知り合いに窮地を救われたという、ひたすらにありがたいだけの話だ。
問題は、もう一人の同席者である。
「しかしまぁ、なんだ。野鳥というのは、ずいぶん大人しいものなのだな?」
椅子にゆるく腰をかける青年がいる。
そう、彼が問題なのだ。
レド・レマウス。
正確には、彼と彼女との関係が問題だと言うべきか。
メリルは「ははは」と気軽な笑い声をレドに返す。
「まさかまさか。野鳥というのは
「なるほど。しかし、だったらこれは何だ? どこかで飼われてでもいたか?」
「それは無いと思いますけどねー。飼うにしてはちょっとと言いますか。別に大してキレイでも無いですし、鳴き声もギーギーで不細工ですし」
失敬な感想だったが、それ以上にアザリアには思うところがあった。
(……ずいぶんと仲が良い様子ですね)
不安しか無かった。
まさかではある。
メリルは、アザリアにとって間違いなく一番の友人だった。
よって、そんなことはあり得ないのだが、
(この男とまさか)
通じていたのか。
レドの仲間だったのか。
今までずっと友人であるフリをして、自分を
誤解だとは言え、ハルートに裏切られた直後なのだ。
それが事実であれば、今のアザリアには耐えられそうになかった。
(お願い……)
そんな事実は無かったと言動で示して欲しい。
アザリアがそう願っていると、不意にメリルは表情に暗い陰を落とした。
「しかし……この子はともかく、聖女さまが心配ですね」
アザリアは野鳥の体をビクリと震わせることになった。
願った通りの光景であったのだ。
眉をひそめた彼女の表情にあるのは、どう見ても深い心配の感情であった。
アザリアは胸中で安堵の息を吐く。
(よ、良かったぁ……)
メリルは敵では無い。
アザリアの不幸を喜ぶような立場には無い。
それが実感出来たからなのだが……アザリアの安堵の心地はすぐに吹き飛ぶことになった。
理由はレド・レマウスにある。
「……そうだな」
アザリアは耳を疑うことになった。
確かに、だ。
確かにレドは、メリルにそう同意を返したのだ。
(ど、どういうことですか?)
困惑していると、彼は固い表情で口を開いた。
「死体の処理を請け負うという形で、なんとか宮中からお運び出来たが……どうなんだろうな。あの状況は一体?」
メリルは暗い顔で首を左右にする。
「分かりません。意識も脈も無く、ただ体温はずっと残っています」
「不可思議と言う他無いな。あの方は
「それにしても……でしょうか。とにかく、我々の理解を超えた状況にあることは間違いありません」
どうやら、自分の『元の体』は妙な状況にあるようだった。
意識も無く、呼吸も無い。だが、体温はある。
生きているとも、死んでしまったとも断言は難しいような状態にあるらしい。
無事だと喜んでもいいのか悩ましいところはあるが、ともあれ待ち望んだ自らに関する情報であった。
しかし……今はそれ以上に気になるのだった。
レドである。
彼の態度、そして彼の発言だ。
死体の処理を請け負うという『形』でとのレドの発言。
アザリアは死罪になるはずだったのだ。
よって、彼の言葉はどう理解しようとしても……死を
死んだことにして保護しようとしたのだと聞こえて仕方がなかった。
(い、いえ、でも、そんなはずは……)
胸中で強く否定することになる。
あり得ないのだ。
彼は一体、何者なのか?
そんなことは知り尽くしていた。
人のことを、根拠もなく偽物だと罵り続けてきた
王家を騙し、今回のことを引き起こした最低最悪の卑怯者でもある。
決して違うのだ。
彼は違う。
そんな男では無い。
アザリアに対して、救いの手を伸ばすような人物ではあり得ない。
しかし──そのレドである。
「……まぁいい」
彼は不意にそう呟いた。
そして、自らを納得させるように何度も頷きを見せた。
「そうだ。これで良い。ひとまずはな。意識も呼吸も無くとも、彼女が死んだと断言せずにすむのであれば……良いさ。今はそれで良しとしよう」
アザリアはどうしようもなく見つめることになった。
レドの表情だ。
無表情に見えて、激しく揺れる両の藍色の瞳。
そこにある感情は決して……敵意や憎悪であるようには、アザリアには思えなかった。
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