24:急転(4)

「どうにも完全拒否といった様子だが……どうだろうな?」


 その尋ねかけは、当然残された一人へのものだった。

 メリルはどこか疲れた様子でレドに応じる。


「そこはあの方ですから。口ではああ言いながらも結局は協力して下さると思いますよ?」

「はは、そうか。うむ。あの男は結局呆れるほど人が良いからな」

「その通りです。ただ……本当にまったく。私も心底同感です。本当、付き合いきれません」


 嘆かわしげなメリルに、レドは変わらずの余裕の態度だった。


「そうは言っても、君もあの男の同類だと思うがね?」

「それは過分な評価です。私はあの方よりは、はるかに情に欠けますが……まぁ、仕方ありませんね。私はケルロー公爵家に忠誠を誓った家臣ですから。それにレドさまのおっしゃる大義も一応は理解出来てしまいますし」


 力ない表情のメリルに対し、レドは嬉しそうに笑みを向ける。


「そうか。それはありがたいな。分かってくれるか」

「このスザンのためを思い、聖女殿に気持ちよく働いて貰おうと思えばです。レドさまに元凶に収まっていただくのが一番都合が良いでしょうから」

「ふふ、そうとも。さすがはメリル。我が腹心の一人だな」


 褒められて、しかしメリルは相変わらず嘆かわしげだった。


「理解しかねる部分も正直多々にありますが。ご自身の命について、どうしてそうも軽く考えられるものやらで」

「そこはまぁ、君やマウロとは死生観しせいかんが違うだろうからな。私は王家に連なる人間であり、その責任がある。王家のため、何よりこの国のため、この命など使い勝手の良い道具に過ぎんが……さて」


 彼は笑みを消して頷いた。


「では、行くとするかな」

「レドさまから出向かれるので?」

「うむ。すでに召還しょうかんを受けていることになっている。聖女殿が偽物であるなどと虚言きょげんろうした罪について、申開きをしに来いとな」

「そして即日の処刑と?」

「そうなるが、あー、そうだそうだ。そう言えば、君に頼んでおく必要があった」


 彼の視線がメリルから外れる。

 かごの上のアザリアへと向けられる。


「この屋敷は、もちろん次のケルロー公爵のものになるのだがな。あの子まで喜んで引き取ってもらえるとは限らないだろ?」

「私に面倒を見ろと?」

「もしくは、大事にしてくれる引取先を探してくれるかだ。頼まれてはくれないか?」


 メリルは仕方なしと言った様子で頷きを見せた。


「レドさまの形見のようなものですからね。頼まれましょう」


 レドは頷き、安堵の笑みをアザリアに向けてきた。


「そういうことらしいぞ。では、良い名前を貰ってな。元気で暮らせよ」


 これでこの部屋における用事は無くなったらしい。

 レドは扉へと向かっていく。

 その末路は彼が自身で語った通りだ。

 ハルートの罪を被って処刑される。

 このスザンのため、そして彼の考えるアザリアの幸せのために。


 見送ってなどいられなかった。


「う、うわ!? ちょ、ちょっと、なんだ!?」


 そのレドの悲鳴は、アザリアが飛びかかった結果だった。

 目的はもちろん彼の目的を果たさせないためだ、

 顔の前で必死に羽ばたき、何とかレドの足を止めさせる。

 

 だが、アザリアは羽ばたきを止めることになった。

 自身の意思では無い。

 横からメリルに掴まれたのだ。


「はいはい。飼い主さまの邪魔をしないの」


 出来る限りで暴れたが無駄だった。

 そのままカゴの中に入れられてしまう。

 だからと言って、大人しくなどなれない。

 何とか出られないかともがいていると、メリルが不思議そうに首をかしげてきた。


「何でしょうかね? 普段は心配になるぐらい大人しい子ですのに。まさか状況を理解しているのでしょうか?」


 レドもまた、首をかしげて覗き込んでくる。


「まさかだな。賢い子だが、そこまでのことは無いだろう」

「しかし、まさかということもあります。どうです? この子のためにも、考えを変えられては?」

 

 冗談でも無い口調でメリルは尋ねた。

 アザリアは暴れながらに期待した。

 何でも良かった。

 気まぐれでも何でも良い。

 レドに考えを変えて欲しかった。

 たが、彼は苦笑を浮かべた。


「可愛い子だが、さすがにこの国と天秤てんびんにかけることは出来ないな」

「そうだと思いました。王宮には同行させていただいても?」

「気持ちは嬉しいが結構だ。君は変わらず聖女殿の側にいてくれれば良い」


 メリルは呆れたように肩を落とした。


「はぁ。まったく最後まで聖女殿、聖女殿ですか。では、どうです? 最後に彼女に対面されては?」

「それも結構だ。私が対面して、彼女の目覚めが早まるのであれば話は別だが」

「レドさまの真実について話せば、驚いて飛び起きそうなものですがね。まぁ、はい。せめてですが、私がお見送りぐらいはさせていただきましょう」


 2人は扉へと向かっていく。

 もはや彼らはアザリアを一瞥いちべつだにしない。

 いや、レドは一度振り返った。

 暴れ続けるアザリアを不思議そうに見つめてきた。

 しかし、それだけだ。

 彼はメリルと共に扉の向こうに消えていった。

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