15:現実
(……結局です)
アザリアは確信していた。
結局のところ、レドは敵なのだ。
メリルもマウロもそうだ。
だから、あんなわけの分からない話をしているのだ。
きっと、おかしかった。
あの3人はおかしい。
現実を理解出来ておらず、妙な考えの元に自身を苦境に追いやってきたのだ。
そうに決まっていた。
これから向かう先、王宮で目にするのはハルートの嘆き悲しむ姿に違いなかった。
アザリアが偽物の聖女では無かったことを悟って、きっと彼は悲嘆に暮れているのだ。
王宮が間近になる。
彼は一体どこにいるのか?
どこを探せば良いのか?
思案を巡らせたが、幸いそれは徒労に終わった。
王宮からせり出したバルコニーの一つである。
そこに彼はいたのだ。
(殿下っ!)
一刻も早く『事実』を確認したい。
その思いで、アザリアは力強く羽ばたいて彼の元を目指し……にわかに羽から力を抜くことになった。
(……殿下?)
彼は一人では無かった。
隣には女性がいる。
陶磁のように透き通った肌をして、華美なドレスに身を包んだ女性だ。
アザリアは自然と近くの枝に身を止めていた。
見つめる。
ハルートを見つめる。
彼はどこか
「……実に素晴らしいことだな。王宮のこの場所で、こうして君と笑みを交わすことが出来るとは」
多少の距離はあったが、鳥の優れた聴覚だ。
彼の話す内容を理解するのは容易かった。
女性が応えて口を開いたが、その内容もまた同様だ。
「私も同様でございます。殿下とこうしていられることこそ、何よりの幸せです」
「ふふふ、そうか。可愛いことを言ってくれるものだが……まったくな。違うな。あの女とはまったく違う」
あの女。
女性は苦笑を浮かべたようだった。
「あらら、またあの人への悪口ですか?」
「いくら言っても言い足りるものでは無いからな。あの聖女……いや、偽聖女だったな。あれはまったく、言葉に苦しむほどに酷いものだった」
ハルートは女性の手を取った。
その白い甲を撫でて、うっとりとほほ笑む。
「美しい肌だ。白く、きめ細やかで、良い香りがして……しかし、あの女はどうだ? 君はあの女を目にしたことはあったか?」
「いえ、一度も」
「あの女には女性としての美意識など欠片も無かったのだろうな。肌は日に焼けるに任せ、香りなどとはもう。ほこりなのか、草の匂いか知らんがまったく話にもならん」
彼はまだ言い足りないようだった。
女性が応じるのを待たずに言葉を続ける。
「さらには女としてのつまらなさはどうだ? 当たり障りのない物言いしか出来ず……あぁ、そうだ。贈り物を用意するつもりにはなれなかったからな。しかし、侍従の申し出で薬湯などを用意したのだが、その時の反応はどうだったと思う?」
女性は首をかしげた。
「薬湯をいただいての反応でしょうか? 私には想像もつきませんが……」
「あの女、それで大喜びだったのだ。貧乏くさいと言うべきか、やはりしょせんは農民だ。あれが我が婚約者だったとはまったく。今では信じられん話だ」
ハルートは憎らしげに眉をひそめていたが、その表情は不意に笑みに変わる。
「まぁ、いい。あの女は死んだ。そして、代わりに私には君がいる」
彼は女性の腰に腕を回すと、彼女の顔に自らの顔を重ねていく。
女性もまた、ほほ笑みと共にそれに応じ──
アザリアは見つめていた。
飛び立つ気力も無く、見つめ続けた。
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