22話 6月の終わり
文化祭に向けてバンド結成を目論んでいる俺と松岡(と、山本)。あとはベースさえ見つかればバンドが結成できる状況に。
ただ、ここはかなり田舎なので、音楽人の数がそもそも少なく、メンバー探しはかなり難航している。
一応うちの山陽高校には軽音部があるので、音楽人がまったくいないわけではないのだが、軽音部以外で、となると途端に数が少なくなる。
「佑紀、ベースやってる子見つかった?」
「いや、まだ。軽音部以外で楽器やってる人見つけるのってなかなか難しいね」
「それだわ。山本は?」
「俺も。クラスと部活以外で友達あんまいないし」
「だよな、俺もそうだし。でもそのあたりでやってそうな人いないんだよなあ」
あと1人。あと1人メンバーが加わってくれたら、晴れてバンドができるのだが。
そう簡単に物事は上手くいかないのが世の常である。
「他のクラスとかで探すしかないかもね。俺も軽音部の子以外、あんまり知り合いいないからアレだけど」
「佑紀もそうならそれしかないよなあ。でも、急に知らない人に話しかけるのってちょっと気が引ける」
「わかる。どうしよう」
もはやお手上げ状態に近い。バンドを組むのって、こんなに大変な作業だとは思わなかった。
「なんか他にないのかな、探す方法」
「メンバー募集サイトとか?」
佑紀が提案したのは、ネットでバンドメンバー募集の記事を掲載する、というものだった。
バンドをやったことない自分としては、そういうサイトがあることすら知らなかったのでまったく浮かばない方法だったのだが、それもアリなのかも。
「へー。そんなやつあるんだ」
「うん。でも、正直あんまり使いたくはないけど」
「なんで?」
「うーん、バンド組むならできれば学内の人がいいし、メン募サイトで良いメンバー見つけるのってかなり難しいって聞くし。難ありな人も少なからずいるみたいだしね」
「そっか……。確かに俺も、誘う相手がどんな人かわからないの少し怖い気がーー」
そんな中、ふと閃いた。まだ一つだけ、探す方法は残っていたのだ。
「そうだ。この学校に通ってる人のSNSを探して、そこで音楽やってそうな人とか、興味ありそうな人に声かけてみる、とかは?」
俺は人並みにSNSは使っているのだが、以前はあまり良い使い方ができずに、友達や知り合いの楽しそうな投稿や充実した姿を見て、よく劣等感に苛まれていた。
褒められたものではないが、俺は知り合いの知り合いのような人の投稿もコッソリ見てたりした時期があったので、そういう特定のアカウントを見つけることに関しては慣れている。
……断じて今はやってない、とだけ言っておく。1年の頃はもっと今より卑屈だったため、よくやっていたのだけれど。
あの頃の特技(?)が活かされる時が来るなんて。本当に何が役に立つのかわからないものだ。
「あー。それならメン募サイトで探すより、人となりがわかりやすいし安全かも」
「だよな。まあ、どのみち知らない人に話しかけるってのだけは避けられなさそうだけど」
「そこは仕方ないよね。でも、一旦それで探してみるのはアリだと思う」
「じゃあ、俺、ちょっと探してみるわ。もし見つかったら声かける前にみんなに相談する」
「OK。アキ、ありがとう」
「いや、全然。早くバンドやってみたいし」
「並川、頼んだ」
「山本、お前も探さなきゃいけないんだからな?」
「俺は演奏で頑張るから」
「コイツ……」
山本は基本めんどくさがりなのでこういうのはやりたがらないのはわかっていたが、今回ばかりは俺の専売特許なので(?)、自分がすすんでバンドに貢献することにしよう。
なんだか、こうやって主体的に物事に取り組むと、すごく充実感がある気がする。
バンドはそもそも人数が少ないため、演奏面だけでなく、演奏以外の部分でもメンバー1人1人のウェイトが大きい。
今までサッカーしかやってなかったので、大人数で1つのことに取り組むこととはまた違うバンド活動というものに、かなり新鮮味を感じている。
もしかすると、俺は頑張らざるを得ない状況の方が主体的になれるのかもしれない。
また、こうやって少人数で活動する経験を通して初めて気づけることもあって、視野が少し広がった気がする。
俺は今まで狭い世界で生きていたんだな、とも思う。
自分の可能性を広げていく試みは決して悪くない、と実感する。
※※
寝る前の井上さんとのメッセージのやり取り。
電話や帰り道で話してからは、今までよりも距離が縮まった気がする。
『(いのうえはる)もうすっかり夏になってきてるよね〜』
『(並川アキ)確かに。4月からけっこう一瞬だったかも』
『(いのうえはる)それ。そういえば、来月クラスマッチあるよね』
『(並川アキ)そうだった、普通に忘れてたわ。もう7月入るし、その時期だね』
クラスマッチ。クラス対抗で行われるスポーツのイベント。各種目ごとにクラスで1チームずつ出場し、その中で1番を決めるという、夏休み前最後のイベント。
6月に体育祭はあったものの、クラスの中でも所属するチームがバラバラなので、正直クラスで団結する感じは薄かった。
ただ、クラスマッチはクラス対抗のため、そういう意味ではクラスで団結して1つの目標に取り組める機会としてうってつけの場である。
夏と冬で1回ずつ行われるのだが、去年の夏のクラスマッチは正直仲の良い友達がいなかったため、あまり良い思い出はない。
『(いのうえはる)並川君、何に出るとか決めてる?』
『(並川アキ)夏の種目の中だったらバレーかな。バスケも好きだけど、バレーの方が得意だし』
俺がスポーツの中で並以上の活躍ができそうなものは、バレーくらい。母親がバレーをしていたのもあるのか、トスやレシーブに関しては、素人の中ではできる方だと思う。サーブやアタックは苦手なのだが。
『(いのうえはる)いいじゃん!私、バスケで出ようかな。中学バスケ部だったし』
『(並川アキ)あ、そうなんだ。初耳』
井上さん、中学の時はバスケやってたのか。
今はバレー部のマネージャーだし、てっきり中学はバレー部かと思っていたのだが。
『(いのうえはる)愛里も中学バスケ部だし、こりゃ優勝いけるわ』
『(並川アキ)そんな簡単にいけるもんなの?』
『(いのうえはる)わかんないけど、ノリで?』
『(並川アキ)なにそれ』
七瀬さんは元バスケ部で現バスケ部マネージャーということだが、井上さんはなんでバスケ部のマネージャーにならなかったのだろう。なにかそれなりの理由があるのだろうか。俺から無理に聞いたりはしないけど。
『(いのうえはる)ということで、応援頼んだ!私も、バレー見に行くね』
『(並川アキ)俺、あんまり頑張るつもりないんだけど……』
『(いのうえはる)おい〜。頑張ってるとこ見せろ』
『(並川アキ)まあ、なるべくね』
『(いのうえはる)こういうのは本気でやった方が楽しいものだぞ』
『(並川アキ)わからんこともないけど』
『(いのうえはる)もしサボってたら、試合中あることないこと言いふらしてやるけど?』
『(並川アキ)それはやめて』
井上さんには、俺の弱みを多少なりとも握られているので、それだけはやめてもらいたい。
『(いのうえはる)じゃ、頑張るしかないね?』
『(並川アキ)ま、まあ、ちょっとは頑張ってみるかも』
クラスマッチのように色んな人の視線が集まるのは得意じゃないのであまり乗り気ではない。
でも、井上さん(監視役)も見にくるかもしれないし、今回ばかりは少しくらい頑張っても良いのかも。
……だが、彼女にこれ以上好き勝手イジられないように、失言だけは減らしていこう。
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