13話 恋愛講座
寝てリセットされても、昨日の井上さんからのメッセージが頭から離れない。
俺があの井上さんと2人でライブに行くなんて、何かの間違いとしか思えない。
学校では井上さんと話す機会なんて特にないし、何より本人に「なんであんなこと言ったの?」とは聞けない。
でも、恋愛経験の少ない俺はそれが気になって仕方がない。
こういう時はクラス1のモテ男、藤吉を頼るしかない。
奴ならこの件に関して的確なアドバイスをくれるはずだ。
「藤吉、ちょっといい?」
「ん、何?」
「ちょっと相談したいことあって」
「1時間1000円でいいよ」
「金額の設定が絶妙すぎる。いや、迷惑ならやめとくけど」
「ごめんごめん。で、何、相談って?」
詳細に伝えると相手が井上さんであるということがバレてしまうかもしれないので、
「知り合って間もない女の子に遊びに誘われた」という体で藤吉に事の経緯を説明した。
「なるほど。相手がどう思ってるのか、か……。まあ、なんとも思ってないだろうね」
「え、そうなの?」
「うん。2人で遊びに行くくらいだったら全然よくある話だと思う」
「そんなもんなのか……。どういう意図で言ってるのか気になってるんだけど、別に深い意味はないって感じなのかな」
「そうだろうね。並川が思ってるよりも案外軽い気持ちで言ってるんじゃないかな。今回は女の子側から遊びに誘ったってことだけど、たぶん並川から誘っても全然応じてくれたと思うよ」
「そうなんだ……。てっきりそういうのって、まだ仲良くない人からだと嫌がられるんじゃないかって思ってた」
「仲が良いから遊ぶっていうのは当たり前だけど、仲良くなりたいから遊ぶことだってあるじゃん?そういう理由で一回遊ぶってことは全然あると思うよ」
「なるほど……」
「ま、そこで感触が微妙だったらそれっきりだとは思うけど」
「うっ……。でも確かにそうだよな」
俺は未だに緊張して井上さんの目すら見れない。そんな奴が彼女と一度遊んだとしても、次がないのは目に見えている。
「うん。もし少しでも仲良くなりたいって気持ちがあるなら、多少は女の子と話せるようになる努力は必要かもね」
「その通りだわ……。前に教えてもらったティップスまだ何一つ使えてないし」
「あらら。それなら前言ってたみたいに話しやすい人から徐々に慣れてくようにしなきゃだな」
「そうだよな。今日も部活あるし、マネージャーと練習がてら話してみようかな」
「いいね。なんか前より積極的になってるじゃん。なんかあったんだね」
藤吉はこういうことに関して本当に鋭い。
人の変化に敏感に気づける人はモテるに決まっている。
またも藤吉のイケメン具合を再確認させられた。
そして放課後。
今日も部活なのだが、その際に、俺の所属するサッカー部のマネージャーである
彼女も井上さんと同じくフレンドリーで、俺にもよく声をかけてくれるが、いつもは生半可な返事しかしておらず、1年間まともに会話したことがない。
普段は彼女の厚意を盛大に踏み躙っているのに、こういう時だけそれを利用するのは虫がよすぎる話だが、今はなりふり構っていられない。
本人には悪いが、俺の将来のため(?)、会話の練習台になってもらおう。
練習中の合間に、天海さんからドリンクを渡された際、少し彼女に話しかけてみることに。
「あ、天海さん……」
「並川君。そっちから話しかけてくるって珍しいね、どうかした?」
「いや、特になんかあるわけじゃないけどさ。普段からたまに声かけてくれてるのに、ちゃんと返事できてなかったの申し訳なかったなって、ふと思って……」
「えー、まさか並川君からそんな言葉聞けるとは。なんかあった?」
普段塩対応してる奴が急に話しかけてきたのだから、そりゃ変に思うに決まってる。
今まで本当に申し訳なかったと思うが、これからはちゃんと目を見て会話に応じていきたい。
「クラス変わってちょっと心境も変わってきてるのかも……。でもすごいと思う、こんな無愛想な俺にもずっと話しかけてくれて」
「まあ部員だしね。しかも部活中の並川君、あんまり楽しくなさそうな顔してること多いし。少し心配してたというか」
「そ、そっか……。まさかそんなこと考えてくれてたなんて。ありがとう」
「全然。なんか話あったら聞くよ。並川君とまだあんまり話したことないし、仲良くなれた方が何かと都合いいしね」
「じゃあ、急にこんなこと話すのもあれだけどさ……」
ここぞとばかりに彼女の厚意につけ込み、今日藤吉に相談したことを彼女にも聞いてみることにした。
彼女は本当に良い人で、こんな俺の相談にも親身に乗ってくれる。
「へー、なんか可愛い悩みだね。そんなこと考えてるってちょっと意外かも」
「まあ、恥ずかしい話だけどあんまりそういう機会が今までなかったから」
「そっか。でも並川君って、すぐ相手に壁を作る感じがするから、その状態だといきなり遊んでも上手く会話できずに終わっちゃうかもね」
「無意識にそうしてるのかな……。あんまり自覚なかったけど」
「そうだと思う。呼び方変えてみる、とかから始めてみるのもいいかもね」
「呼び方、か……。確かに俺、仲良くない人には大体苗字で呼ぶこと多いかも」
「そうだよね。試しに私のこと違う呼び方してみたら?空って呼んでくれてもいいよ」
「おお……。いいの、ほんとに?」
「うん。確認しなくても、さっきからいいって言ってるのに」
このやり取り、デジャヴを感じる。
井上さんともつい先日、そんなやり取りしていた気がする。
改めて思ったが、俺は慣れてない相手に対して気を遣いすぎなのかもしれない。
「じゃあ、今度から空って呼ぶ。ありがとう、色々助かった」
「どうも。じゃ、私も並川って呼ぶわ。その子との進捗、ちゃんと教えてね?」
「俺の方は苗字なんだ……。まあ、またなんかあったら相談させて」
「並川は並川って感じするから。相談はいつでもお安い御用だよ。頑張れ〜」
初めて女の子とまともに会話できた気がする。
彼女が良い人で本当に良かった。
これからも何かと頼りになりそうだ。
さすがにしてもらってばかりで申し訳ないので、彼女にも何かお菓子くらい振る舞おう。
※※
部活から帰宅後。
昨日は井上さんに返事ができていなかったので、冷静になった今、ちゃんと返信しようと思う。
本人もああ言ってくれてることだし、
こんな機会2度とないと思うので、ライブは一緒に行く流れでいこう。
ほんとにいいの?と確認したい気もするが、
それがしつこいし野暮なのは先ほど学習したので聞かないことにする。
『(並川アキ)井上さんと一緒にライブ行くなんて全然想像できなかったかも』
『(いのうえはる)私もそうかも!でも、このバンド好きって人周りにいなくて、並川君が初めてだったからさ」
なるほど。自分の好きなものが共有できる人を見つけたら親近感が湧くのは俺もそうだからよくわかる。
そう考えると、色んな偶然が重なって彼女と今こうやってやり取りができているのだなと思う。人生はそういう偶然の巡り合わせで成り立っているのかもしれない。
この件に関しては、俺はすごく運が良かったなと思うが、それも自分で行動したことで回ってきた巡り合わせだと思うので、やはり自分から能動的に動くことの重要性を感じる。
『(並川アキ)確かに俺も、このバンド好きっていう人周りであんまり見たことないかも。』
『(いのうえはる)そうだよね。めちゃくちゃ良いのにな〜〜」
『(並川アキ)わかる。でも、井上さんがこういうバンド好きなのちょっと意外かも』
『(いのうえはる)なにその偏見!私、結構音楽好きなんだよ、こう見えて」
『(並川アキ)そうなんだ。俺もそこそこ音楽好きだから、他にも好きなバンド被ってたりするかもね』
『(いのうえはる)たしかに!他、どんなバンド好きなん??」
こうやって井上さんとやり取りするのも少し手慣れてきた。
……学校で会うと途端に緊張してしまうが。
ただ、今日はマネージャーの空とちゃんと話せるようにもなったし、近いうちに井上さんとも目を見て話せるようになるかもしれない。
最近は日々自分の成長を実感できている気がする。
こういうことを繰り返していければ、いつかはこのちっぽけな劣等感も無くなる日が来るのかもしれない。
なんだか今日は心地よく眠れそうだ。
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