12話 歌とギターと俺

昨日はひょんなことから井上さんと連絡先を交換した俺。


ただ、それで日常が大きく変わるわけでもない。

俺が昨日踏み出した一歩はあくまで一歩であって、根本的に変えていくにはそれらを継続して積み重ねていかないといけない。


それにしても、今日は倉本がほとんどの授業で寝ていてちょっかいかけられることもなく、授業中はいつもより少し退屈で、いつもより時間の流れが遅く感じる。


昨日はあんなにも1日が早かったのに。


そして放課後、部活へ行こうと席を立った瞬間。

昨日連絡先を交換したばかりの井上さんが俺の目の前に。


何かまずいことでもやってしまっただろうか。


「並川君、昨日はありがとね!メッセージでも伝えたけど、こういうのはちゃんと口で言わないと気が済まないしさ」


「そ、そっか……。なんかごめんね、急にああいうことして迷惑だったかなって心配してて……」


「もう、昨日そんなことないって伝えたじゃん。あ、ちなみに私甘いもの好きだから、チョコ入ってたのめちゃくちゃ嬉しかった!」


「あ、そうなんだ。お口に合ったみたいで良かった」


「毎日くれてもいいんだよ?じゃ、また明日ね〜〜」


ふふ、と笑って去っていく井上さんは、

相変わらずの眩しさを放っている。

情けないことに、何回話しても井上さんを目の前にすると緊張してしまう。


だが、そろそろちゃんと井上さんの目を見て話せるようにもなりたいし、藤吉のアドバイスの通り、まずは所属するサッカー部のマネージャーから話せるようにリハビリしていかないといけないのかも。


そんなことを思いながら部室に向かっていると、ギターを背負っている松岡と遭遇した。

これから軽音部の練習なのだろうか。


「よ、松岡。これから部活?」


「あ、並川じゃん。そう、今部室向かってたとこ」


「そっか、俺も一緒。あ、ーー」


「ーー?どうかした?」


ふとこの前みた夢のことが頭をよぎる。

松岡の文化祭ライブの姿だ。

実は夢の中で、俺は松岡のことを単純にカッコいいと思ったのと同時に、羨ましさも感じていた。


みんなの前で好きな曲を演奏して、普段学校では見せない自分を曝け出して。

彼が見ているステージ上の景色はどんなものだろう、と。


あの夢を見た時、自分も少しだけ、彼の見る景色がみたくなった。


大勢の人に注目されるのはあまり得意ではないのだが、それは自分に自信がない故にそうなってるだけで、本当は、自分のことをもっと多くの人に見てもらいたい。


これまでずっと誰かの陰に隠れながら生きてきたが、ステージ上にいる時だけは、みんなが俺を見てくれるかもしれない。


俺は、恥ずかしがり屋で自己顕示欲強めという、矛盾を孕んだ人間なのだ。


だから、遠足の時に松岡に「音楽をやってみないか」と誘われた時も、興味が全く湧かなかったわけではない。

ただ、それよりも「自分にはできない」という思いの方が勝って、自分の可能性に蓋をしてしまったのだ。


でも、俺は本当はーーー


気づけば口が勝手に開き、自分のありのままの想いを松岡にぶつけ始めていた。


「あ、あのさ、松岡。前に遠足で話した時の件なんだけど」


「あ、並川も音楽やらないかってやつ?」


「そう。前は断ったけど、俺、本当は音楽やってみたいと思ってて。軽音部に入りたいとかは思ってないんだけど、やっぱり松岡とバンド、やってみたいかもなって……。例えば、文化祭とかでライブ出る、とかさ」


「え、まじで言ってる?」


「う、うん……。あ、まさかあれ勢いで言ってみたって感じ?」


「いや、そこは真面目に誘ったつもりだけど。そうじゃなくて、まさか並川が本当にやってくれるとは思ってなかったから、意外だっただけ」


「あの時の俺、やらなそうな空気出してたしね」


「うん。新しいこと始めるのに抵抗あるタイプなのかなって思ってたから、まさか本当にやってくれるとは、って感じ」


松岡の言う通り、俺は新しいことを始めるのは得意な方じゃない。

ただ、昨日の「小さな一歩」が、「次への一歩」を踏み出す後押しをしてくれているような気がする。


「急だけど、俺も少しでも頑張れること見つけてみたいなって思って。今、自分の中で頑張りたいものってあんまりないし」


「そっか。めちゃくちゃ良いことだと思う。

じゃあ並川には歌とギターを始めてもらわなきゃだね。ギターは俺が貸すよ」


「あ、それなんだけど、俺の父親がギターやってたみたいで、家にギターはあるんだよね。

俺も中学の頃にちょこっと触ろうとした時期があったけど、指痛すぎて途中で挫折した」


「典型的なギターにつまづくパターンだな。でも最初はそんなもんだよ。もっかいやって難しそうだったら俺が教えるし」


「ありがと、心強いわ」


「こっちこそありがとう。まさか本当に並川と音楽できる日がくるとはね。今から楽しみかも」


「俺も、もう既にワクワクしてきた」


「悟空じゃんそれ」


そうして今日のところは解散し、詳しいことは後日また話し合うことに。


勢いとはいえ、今までの自分では考えられないくらい大胆な決断をしてしまった。

確実に井上さんの件に触発されている。


ただ、これでいいのかもしれない。


もし失敗しても、その時は全力で落ち込んでまた別のことに挑戦すればいい。

なんだか少年漫画の主人公のような思考になってきたが、臆病な俺にはそれくらい大胆に思考を変えるくらいがちょうどいいのだろう。


※※


帰宅後、井上さんから昨日のメッセージの続きが届いていた。


普段俺は用がない限りメッセージは使わないため、こうやって連絡事項や用事以外でのやり取りは新鮮である。


『(いのうえはる)並川君さ、このバンドのライブとか行ったことある?』


『(並川アキ)ないよ。でも夏にライブあるみたいだから、チケット取れたら行こうかなって思ってる」


『(いのうえはる)え、まじ!私も連れてってよ!』


……ん?


メッセージを5度見はした。

俺の目が間違っていないなら、井上さんはもしかして俺をお誘いしているのか。


動揺しすぎて頭が真っ白なのだが、

真意を確かめるため、井上さんに返信する。


『(並川アキ)え、それって、俺と一緒にライブ行くってこと?』


『(いのうえはる)そう言ってるじゃん!笑』


……これはどういうことなのだろう。

俺が井上さんとライブ?それってアリ?


未だに頭が追いついてないが、

女の子と2人でライブに行くって、それってデートでは?


……もう今日は寝よう。寝れる気がしないが。

とりあえず何も考えない方がいいかもしれない。


明日、藤吉にやんわりと相談しよう。


井上さんが何を考えているのか、俺にはまったく意図がわからなかったが、俺の心が人生で1番跳ね上がっていることだけは確かだ。

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