21話 帰り道 

部活の休憩中、マネージャーの空とよく話すようになった。

井上さんの名前は伏せているが、彼女とのやり取りについて空によく喋っていて、そうしてる内に気兼ねなく話せる関係になったのだ。


「並川ってさー、なんか最近忙しそうにしてる感じあるよね」


「色々とな。最近サッカー以外にもやること増えたし」


「並川の狙ってる子とは上手くやれてるん?」


「いや、狙ってるとかじゃないけど……。この前、電話はしたな」


「いや、良い感じじゃん。並川が電話しよって言ったん?」


「そうだけど。っていうか俺が急にかけたというか……」


「すごい肉食系になってる。お主、ほんとに並川なのか」


「いや、間違ってかけただけだから。結果、良かったんだけどさ」


「ふーん。なんか良い感じにはなってきてるだね」


「ま、まあ……。前よりかはちゃんと話せるようにはなってきてる」


「だいぶ進歩だよ。こんな親切に話しかけてた私とも、最初はまともに話せなかったのに」


「確かにな。でも、空と話すようになってから徐々に免疫ついてきたかも」


「じゃあ次のステップはその子と2人で手繋ぎだ」


「色々すっ飛ばしてるし、そういうんじゃないから」


相手があの井上さんだと知ったら、空はどんな反応をするだろう。

また、空は完全に俺が井上さんのことを好きだという前提でいつも話を進めるが、俺は自分の気持ちがよくわからない。


井上さんと仲良くなりたい気持ちはあるし、

学年でも指折りの美少女なわけだから、当然ふとした時に「綺麗だな」と感じる瞬間はある。


だが、それが「好き」という感情なのか、恋愛経験の浅い俺にはまだわからない、というのが本音だ。


そして、今日も部活を終え、制服に着替えて自転車に荷物を詰め込む。


今日は下校時間ギリギリまで部活だったため、ひとまず校門を出ることに。


毎度思うが、ここから自転車で40分以上かけて1人で家に帰るのは精神的に参る。


ただでさえ部活でヘロヘロなのに、さらにここから疲弊することになるのだ。

ただ、辺りも薄暗くなってきたし、早く帰ろうかーー


「ーーわっ‼︎」


「うわっ⁉︎」


校門前で自転車を漕ぎ出そうとし始めた瞬間、薄暗い中、誰かが俺を後ろから驚かせてきた。


「へへっ、ビックリした?」


「あ、井上さん……?」


「せいか〜い。遅いね、帰るの」


「そっちこそ。いつも帰りこんな時間なの?」


「大体ね〜。最近はギリギリまで練習してるから」


「すごいな、バレー部もなかなかハードだね」


「ま、私はマネージャーだから体力的には全然大丈夫なんだけどね。並川君、帰りどっち方面?」


「あ、俺はこっちだけど」


「私も!じゃ、一緒帰ろっか」


「え」


突然の井上さんの提案に面食らってしまった。

ちょうど部活で空と井上さんについての話をしていたところだったので、少なからず彼女のことを意識してしまう。


「その、いいの?」


「おい〜。友達なんだからそういうの野暮だぞ」


「ごめん、めっちゃ癖づいてるわ」


やはり無意識のうちに、井上さんに対して変な気遣いをしてるところがある。井上さんに、というより女の子に、かもしれないが。


「じゃ、行こっか」


「う、うん」


一緒に帰るところを見られて井上さんと変な噂が立つことだけは避けたいのだが、俺の帰り道は幸い同じ学校の生徒があまり通らないルートなので、その危険性も低い。

それでもある程度は気をつけながら帰ることにしよう。


「並川君っていつも1人で帰ってんの?」


「そうだね。部活一緒の人でこっち方面に帰る人、全然いないし」


「私も。みんな反対側に行っちゃう」


「井上さんって何中出身だっけ?」


「私、高校入学する時にこっち引っ越してきたから、中学はこの辺じゃないんだ。ま、そこまで離れてもないんだけど」


そうだったのか。井上さんの中学時代の話は今まで聞いたことないので初耳である。


「そうなんだ。俺は南中なんだけど」


「ほんとに!今住んでるとこはその近くだよ」


「え、まじで。じゃあ、お互い通学時間長めだね」


まさか。しかも話を聞けば、自分の家と井上さんの家は1キロちょっとしか離れていないようで。


「長いよね〜。けっこう退屈だもん」


「わかる。だから、今日みたいに誰かと帰れるのかなりありがたいかも」


……ん。

なんか口が達者になりすぎてた気が。


井上さんの方を向くと、俺をどう料理してやろうか、と悪だくみしている顔をしていて。井上さんは、この絶好のいじりチャンスを見逃さない。


「あれ〜?それって、『井上さんと毎日一緒に帰れたら、気分最高でこんなつまんない通学時間も幸せな時間になります』ってことですかねぇ〜?」


「い、いや、それは盛りすぎ」


「おかしいな〜、私にはそうとしか聞こえなかったんだけど」


「うぐっ……。ま、まあ、1人で帰るよりは誰かがいた方が退屈しなくて済むかもな、とは思ってるけど」


「素直じゃないな〜、並川クン。今素直に認めるなら、仕方ないなってことで毎日一緒に帰ることも検討しなくはないけど〜?」


……完全に遊ばれている。

どう返事をしようとも俺が下手に回ることになる。


その後、井上さんの気の済むまでいじられ続け、あっという間に家の付近まで来てしまった。


「あ、じゃあ俺こっちだから」


「うん!今日は楽しかったね?いつもより」


「……うるさい」


まったく良いネタを与えてしまったものだ。

おかげで今日は散々おもちゃにされてしまった。


「じゃ、じゃあまた明日」


「じゃね〜。あ、並川君」


「ん?」


自転車を止めて近くに寄ってきた井上さんが、そっと俺に聞こえるくらいの声でささやく。


「たまには、こうやって一緒に帰るのもいいかもね?」


「……‼︎」


からかっているのか、それとも本心なのか。

女の子の考えていることなんて俺がわかるわけもないが……。


ただ、いつも退屈な帰り道を「楽しかった」と思えたのは今日が初めてだった。

少し悔しいけど。


「……気が向いたらね」


「ん。じゃ、気が向いたらよろしく〜。またね!」


「うん、また」


ーー井上さんの言った「また」は、「また明日」なのか、「また一緒に帰ろう」なのか。


でも、なんだかんだ次のステップに進めたのかもしれない。

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