18話 電話②

誤って井上さんに電話してしまった俺。


絶対引かれてしまった、と思っていたが、「ちょっとだけ嬉しい」と井上さんは言ってくれて。


何が嬉しいのだろう。「嬉しい」って、喜んでいい言葉だっけ?

今の俺には何のことだかもうよくわからないけど、新手のイジりなのか。


「ずっとメッセージでやり取りしてたけど、学校じゃあんまり話す機会ないな〜、って思っててさ。で、いざ席は近くなったけど、対面で話すってなったら妙に緊張して、何話せばいいかわからなくなったというか……」


ーー俺とまったく同じことを井上さんも考えていた。なぜ、どうして。俺の頭にハテナばかり浮かんでくる。


「え、なんで……」


「なんで、って……。そりゃ、好きなものが一緒で、気が合うかもしれない人がいたら、仲良くなれたらいいなって思うじゃん?」


「あ、えっと、ありがとう……?でも俺も、メッセージでしかやり取りできてないのずっと気になってて、今日もそのことずっと考えててーー」 


ーーしまった。

井上さんが自分と同じことを考えてくれていた、ということに浮かれすぎて、つい本音が漏れてしまった。


「ずっと?」


「……いや、ほんのちょっと」


電話越しだが、井上さんが今、絶対にニヤニヤしながら喋っているのだろう姿が想像できる。

顔から火が吹くほど恥ずかしいのだが、なんとかして井上さんに弁明しないと。


「お、俺さ、自分が好きなものが井上さんも好きだってことが、ほんとにビックリして。

俺と井上さんじゃ全然住む世界が違うというか、遠い存在の人だって思ってたのに、なんか少しだけ……」


「少しだけ?」


「少しだけ、仲良くなれたら楽しいのかもな、って思ってしまったというか……」


言ってしまった、というより、言わされてしまった俺の本音。

そして一瞬、無言の時間が流れる。


「……ゴメン、今のナシ」


「そっか、そんな風に思ってたんだ。なんか、考えなくても良いことまで考えちゃうんだね、並川君ってさ」


その通り。だから俺は臆病になっちゃうし、女の子とも上手く話せない。


「でも、優しい人なんだな、とも思ったよ」


「……そんなことないと思うけど」


「いーや。私が気づいてないだけで、まだまだ並川君の良いところ、いっぱいあるのかも。あんまりそういうとこ見せてくれないけどさ〜」


「ま、まあ、あんまり俺女子と話さないし……」


「でも、私から言っておきたいのは、並川君が思ってるより、私って普通の女の子だよ、ってことだね」


「……そうなのかな。井上さんってクラスの中心で、いつも明るくて、男子からも人気があって、俺が関わっていいような人じゃないって、正直思ってた」


自分がとてつもなくめんどくさいことを言ってしまっているのは自覚しているが、心の奥底にはまだ、簡単には消えてくれない俺の卑屈で臆病な部分が潜んでいる。


最近は、そんな自分を変えようと、自分なりに色んなことに挑戦してみたりしているのだが、まだまだ根っこの部分はそのままなのだ。


でも井上さんは、そんな俺の言葉を聞いた上で、笑いながらいつもの明るいトーンで話してくれた。


「そんな完璧な人いる〜?私だって明るくない時もあるし、落ち込むことだってよくあることだよ。あ、確かによく告られたりはするけど」


モテるのは認めるのか、と思い、ちょっとだけ笑ってしまう。


「やっぱりモテるのは否定しないんだね」


「まあ、多少はそうかもしれないね。でも私、普段からめっちゃだらしないとこあるし、お菓子もめっちゃ好きだし。つまりさ、」


「?」


「私は並川君と何も変わらない、1人の高校生なのだよ。だから並川君も、私にそんな気を遣う必要ないのにな〜、って思うよ」


前に遠足で初めて藤吉と話した時に最初に教わったティップスを思い出す。


俺が1番にやらなきゃいけなかったことは、「女の子のことを、『女の子として』じゃなくて、『1人の人間として』見ること」。


井上さんのことを「女の子として」意識しすぎていたり、「自分とは違う」と決めつけて、知らず知らずのうちに変な気を遣っていたり。


彼女は俺のことをちゃんと見てくれていたのに、俺は井上さんの表面的なところにしか目が向いていなかった。


情けない。


「……ごめん。俺、井上さんのこと、ちゃんと見れてなかった。井上さんは俺のこと、こんなにもしっかり見てくれてたのに」


「ほ〜ら、やっと気づいた?」


「うん、井上さんの言う通りだ」


本当に情けない限りだが、井上さんはこんな俺をなぜか受け入れてくれる。普通は呆れて見捨ててもおかしくないのに。この人は優しすぎるのだ。


「なんで今、面倒なこと言ってた並川君のこと、見捨てずにいると思う?」


鋭すぎる質問に面食らう。エスパーなのか、この人は。


「うーん、なんでだろ……」


「それはね」


「うん」


「並川君が、私と仲良くなりたいって思って、不器用なりに頑張ってるから」


この人には俺の全てが見透かされているのだろうか。そう思うほどに、この人は俺のことをよく見てくれている。


「だって並川君は、私のこともっと知りたい、って思って電話したんでしょ?」


「そ、そうだけど……」


「前川君なりに、私ともっと話したいと思って、そういうの得意じゃないけど頑張って電話しよう、って考えてくれてさ。そんだけ仲良くなりたいと思ってくれてるんだな〜って考えたら、なんか嬉しかったんだ」


「そっか……。ちょっとだけ、ホッとしたかも」


「まあ、間違えてかけてきたっていうとこはいただけないけど」


「うっ……」


井上さんと話したかったから電話してみたんだ、と伝えるべきだったのか。

絶対に俺の口からは出ない言葉ではあるけども。


「でも、真っ直ぐな人なんだな、って思うよ。すごく」


「あ、ありがとう……」


「あとはね、私と並川君って、ちょっと似てるところあるな、って思ってたっていうのもあるかも」


「俺と井上さんが?」


「そ。好みもそうだけど、それ以外もさ。だから私も、もっと並川君と話してみたいなって思ってたんだ」


俺と井上さんが似ている?

何をもってそう思っているのだろう。

確かに好きなものに関しては共通点がそれなりにあるのだが、流石に人間性に関しては真逆なのでは、と思うのだが。


「当たり前なんだけどさ、自分の好きなことが、自分以外の人も好きって限らないじゃん?考え方とか価値観もそうだけど、合う人より合わない人の方が多いと思うしさ」


「それは俺もそう思う」


「でしょ?そういう人に出会えることがまず少ないし、もし出会えたとしても、そういう、合う合わないって、関わってすぐにわかることでもないしさ」


俺も去年はクラスで長いこと友達もいなかったし、その時は自分を出していくことも積極的にしなかった。


今は仲が良い元1組の宏樹や山本とも、一歩間違えたら仲良くないまま1年を終えていたかもしれない。


人付き合いは、そもそも関わる回数が増えないと発展していかないことの方が多い、と俺も思う。


「そうだね……。井上さんと今話してても、これまで気づけなかったことたくさんあるし、俺も電話できてよかったかも」


「よかったかも、じゃなくて、よかった、でしょ?」


「よかった……です」


クスクスと井上の笑い声が聞こえる。

井上さんは揶揄うのがお好きなようで。


「だから、今日は話せてよかった、と思ってるよ、私も。また学校でも話そ」


「うん。そうしてくれると嬉しい」


「いや、『友達』なんだから当たり前じゃん?」


ーー井上さんが、俺のことを、「ただのクラスメイト」ではなく、「友達」と思ってくれている。 


俺にとって井上さんは数少ない女の子の「友達」。


でも、女の子の友達が増えた、ということよりも、井上さんに友達と思ってもらえている、ということの方が嬉しくて。


「そうだね……。ありがとう、ほんとに」


「え、私何もしてないけど?あ、じゃあまたチョコレートくれても……」


「おい、すぐにたかろうとすな」


「へへっ、バレたか」


そう、井上さんは「友達」なのだ。

だから、余計な気を遣うこともない。

俺が普段、「友達」に接するのと同じように、井上さんにも接していいのだ。


「じゃあ明日も学校だし、寝る?」


「そだね〜。眠気マックスだし」


「悪いことしたな、それは」


「いいってことよ。『友達』なんだしさ」


「……そうだね。じゃあ、また明日」


「うん、おやすみ」


俺に、気の合う友達がまた1人増えた。

その友達のことを、まだ俺は何も知らない。

だからこそ、これからもっともっと知ってけたらいいな、と思っている。


だって井上さんは、俺の「友達」なのだから。


※※


寝る前にふと今日のことを振り返る。


結局、井上さんと俺のどこが似ているのか、については教えてくれなかった。


クラスの人気者と、一見普通だけど劣等感が人一倍強い男子高校生。

そこだけを見れば、何一つ共通点はないように思える。


でも確かに井上さんは、ただただ底抜けに明るい人、というだけでもない気がする。


井上さんにも、何か俺の根っこにあるものと同じものがーー


それが何なのか俺にはわからないが、より親密になることができれば、いつの日かわかる時が来るのかもしれない。


俺が知らない彼女のことを、少しずつ見つけていけたらいいな、と思う。

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