6話 遠足②

突然やってきた女子との会話のチャンス。

しかも相手は学年で指折りの美少女、井上晴いのうえはるさん。


どうしてこんなことに。


「話すのは初めてだよね?私、井上晴。並川君、私のこと知ってる?」


一瞬でわかる、この人はコミュ強な人だ。

あまりクラスでも目立たない俺に対しても、

分け隔てなく持ち前の明るさを振る舞っている。

この人には裏表がないんじゃないのか、と思ってしまうほどの明るさである。


「う、うん……。い、井上さん、学校でも目立つ方だしね。逆に俺のこと知ってるの意外かも」


先ほどの藤吉からのティップスを全く活かせていない、ぎこちない俺の返事。

相手は自分と一生関わることのないと思ってた遠い存在なのだから、仕方ないだろう。


そんな俺にも、井上さんは何一つ変な顔せずに喋りかけてくれる。


「そりゃ知ってるよ。同じクラスなんだし。

昨日の数学の時も辻先生にからかわれてたしね。可愛かったよ、みんなから見られて顔真っ赤にしてて」


……なんだかもう消え去りたい気分だ。

藤吉に続いて井上さんにも昨日の件をイジられてしまった。

こういうときの上手い返しを藤吉に聞いとくべきたったか。


「あ、ああ……。昨日の件、ね。俺、1年のときは授業中とかそこまで喋ったりすることなかったから、先生からすると珍しかったのかも」


「そうなんだ。さっき元1組の女の子たちと喋ってたんだけど、その子らも、『並川君、1年の時より楽しそう』って言ってたよ。良かったじゃん、まだクラス始まったばっかりなのに楽しそうで」


屈託のない笑顔で喋る井上さんが眩しすぎて、俺は彼女と目を合わせることができない。


「あ、そうなんだ……。確かに1年の時は女子とあんまり喋ってなかったから大人しい印象持ってるだろうし、そうやって俺が友達とワイワイしてるの、意外に見えるのかも。

い、井上さんはこのクラスどうなの……?」


「私?うーん、まだわかんないけど、愛里もいるし、周りも良い子が多そうだから、良い感じじゃないかなーって思ってる!並川君もそうだけど、倉本君とか、面白い人多いって宏樹から聞いてるし、これから楽しみって思ってるよ。山本もいるしね」


元1組の友達であるバレー部の中村宏樹なかむらひろきは井上さんともよく話す間柄のようだ。

同じく元1組で、今も同じ3組の山本竜樹やまもとたつきもバレー部に所属しているので、井上さんも2人のことは当然よく知っている。


「そ、そっか……。井上さんそういえばバレー部のマネージャーだよね。俺、宏樹と山本は1年の時同じクラスだったから、たまに井上さんの話聞いてた」


「えー、宏樹、変なこと言ってたりしなかった?アイツ、練習中もアホなことばっか言ってるし」


「うーん、井上さんがモテるみたいな話くらいしか俺は聞いてないかも……。あんまり変なことは言ってなかったと思うよ」


「そっか、それなら一安心。なんか宏樹から変なこと言われたら教えてね?私がアイツのこと締めとくから」


「りょ、了解……。」


「じゃあ私、先行くね。これから1年よろしく〜!」


そう言って、井上さんは同じ3組の女子たちに合流しに行った。


話していたのは数分だが、自分にとっては緊張のせいか体感倍の長さ話していたように感じる。


藤吉からのティップスは何一つ使えなかった。

俺は何事も一歩ずつしか進めない人間なので、そのあたりもこれから1つ1つ積み上げていくしかないみたいだ。


「俺なんかがまさか井上さんとお喋りできるなんて……。こんなことってあるんだな」


そんなことを、1人小さくポツリと呟く。


でも確かに、俺たちは同じ高校生なのだから、自分とは縁がないと思うような人たちであっても、仲良くなれる「キッカケ」は少なからずあるのかもしれない。


ただ、それらの小さな「キッカケ」を、

自分が活かそうと思えているのか。

その「キッカケ」が来た時に、そのチャンスを活かせる力が自分にはあるのか。


自分次第で可能性は、どうにでも広げられるのかもしれない。


……今日の俺は、その「キッカケ」を上手く活かせたのかわからないが。


あくまでこれは予期せぬ副産物であって、

今日の目的は「まだ話したことのない『男子の』クラスメイトと友達になること」なので、まずはそれを達成することが第一だ。


気を取り直して、俺は先頭にいるクラスの男子たちがいる集団に合流するために足を速めた。

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