5話 遠足①
今日は毎年恒例の学校行事で、
全校生徒で山に遠足に行く日だ。
新しいクラスメイトたちとの親睦をより深める絶好の機会。
遠足には体操服で向かうため、女子は体育館、男子は教室で着替えることに。
そこそこ早く学校に着いたこともあって、
まだ教室には数人の男子しかいない。
その中の1人、陸上部のエースである
「おはよ。早いじゃん並川クン」
「お互いね。てか、何気に藤吉君と喋るの初めてだよね」
「並川君って倉本とばっかりイチャイチャしてるからな〜。なんか並川君ウブで面白そうだし、喋ってみたかったんだよね。とりあえず行きは適当に話そうよ。」
「いや、ウブて……。それじゃ、ぼちぼち外でようか」
昨日の数学の授業でみんなからの目線が俺に集まった際、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてたことをもうイジられてしまった。
ひとまず、着替えを済ませて外で出発の時を待つ。
時刻は朝の9時前になり、ゾロゾロと全校生徒が外に集まり始め、先生たちの誘導に従って学年順に出発していく。
俺たちのクラスも出発となったので、ひとまず行きは藤吉君と2人で喋りながら歩くことに。
「君付けすんのよそよそしいし、並川って呼んでいい?」
「いいよ。じゃあ俺も藤吉って呼ぶわ」
「おっけー。てか俺、並川のこと1年の時から知ってたんだよね。1年のクラスマッチのサッカーで試合出てたの見てたし」
「あー、出てたな。俺も藤吉っていう運動神経抜群のイケメンがいるって1年の時に女子が騒いでたから存在は知ってたわ。」
「確かにモテはするね。今は付き合ってる子いるから落ち着いてるけど。」
「あ、彼女いるんだな。まあそんだけモテてて彼女いない方がおかしいけど」
「並川はどうなの、恋愛事情。こういう話するとお互いのこと知れて仲良くなれるじゃん?やろうぜ恋バナ。」
恋バナは確かに好きだが、今の今まで彼女がいないということがバレるのは恥ずかしいので、深掘りされてボロが出ないようにしなければ。
追求された時は、奥の手として「昔付き合ったことあるけどすぐに別れた」という架空の設定を出せばいいので、おそらく大丈夫だとは思うが。
「恋バナっていっても、俺はそんなモテたりした経験ないしな……。恋愛自体、最近そんなに乗り気じゃないし、今は友達作るのが優先って感じ」
「まあ昨日の様子から察するに大体察しはついてたけど。クラスマッチで並川を見た時は、見た目は悪くないしクールな印象あったから、実は人気あったりするのかなって思ってたけど、女の子と話すのが苦手なただのピュアボーイだったとはね」
おそらくかなりの恋愛経験があるであろう藤吉は、俺があまり女子とのコミュニケーションが苦手であるということを既に見抜いているようだ。
「いや、ピュアボーイって……。確かに、
女の子と話すのはそんなに得意じゃないけど。藤吉は結構女の子とも喋ってるよな」
「それなりにね。ではそんな俺が、彼女が作りたくてたまらない並川クンに重要なティップスを与えよう」
「いや、別にそんなわけじゃ……。何そのティップスってやつは」
「これを知るだけで女の子とスムーズに仲良くなれるっていう、秘密のティップスだよ」
「いや、うさんくさ……」
「まあまあ。ありがたく聞いといた方が身のためだよ?このままじゃ一生女の子と話せないかもしれないし?」
俺はあまり興味ない、というそぶりは見せたものの、内心そのティップスとやらが気になって仕方ないので、渋々聞いてやるというスタンスでいく。
「じゃあなんだよ、そのティップスってやつは」
「それはね、女の子のことを女の子として意識しすぎないこと」
「……どういうこと」
予想外の答えに一瞬思考が停止してしまった。
大人しく続きを聞いてみることにする。
「男子とは喋れるけど、女子と話すってなると急に喋れなくなる人って割といると思うんだけど、そういう人たちって、『男と女はまったく違う生き物』って思い込みがちな気がしてるんだよね。
でも、実際は男も女も同じ人間だし。
されて嬉しいことや嫌なこともほとんど同じだしね。」
……確かに思い当たる節はある。
女子と会話する際、恥ずかしいことに過度に相手を意識してしまい、男子と話している時のコミュニーケーションとはまったく別物になってしまう。
藤吉はさらに続けて金言を吐く。
「もちろんそれなりに男と女で違う部分はあるけど、根本的なコミュニケーションの取り方はそんなに使い分ける必要はないと思うし、むしろやらない方がいいんじゃないかなって思う。
俺は男子にも女子にも仲良い友達いるけど、
自分のコミュニケーションの取り方は男女で変えてないしね。今、並川とこうやって話してるのと同じように女子とも話してる」
「なるほど……。でも男友達と話してる内容って、あんまり女子が興味ないことだったりするかもじゃん。
俺、話題の引き出しそんなにないし」
「それを会話の中で見つけるんだよ。
相手と自分の共通点はどこにあるかって、
喋らないと案外わからないもんだし、そこは場数で慣れるしかないかもね。
でもそういうことって、新しい男友達と話す時にもやってることだし、並川は男友達作るのはそんな苦手じゃないみたいだから、女の子に対しての意識を変えるだけでも全然変わるんじゃないかな」
「あー……。じゃあ、ウチのサッカー部のマネージャーあたりから話してみようかな。
ちゃくちょく話しかけてくれるけど、
なんか気恥ずかしくて生半可な会話しかできなかったし」
「そうだね、いきなり全部できるようになるのは難しいかもしれないし、話しやすいフレンドリーな女子から慣れていく方がいいかも。」
俺が唯一持ってる高校の女子の連絡先は、所属するサッカー部のマネージャーである
彼女から話しかけられることはあっても、未だまともに会話できた試しがないので、彼女には悪いが俺の深刻な『女子と上手く話せない病』のリハビリに付き合ってもらおう。
藤吉からの秘密のティップスは、モテる男だけあって妙に説得力がある。
「最初は冷やかされるのかと思ってたけど、
意外とちゃんとしたアドバイスで正直ビックリしたわ。」
「ま、俺は根が心優しいからさ。
あ、あと1つ伝えたいのは、喋ってみて自分が無理せずにいられる相手がどうか、が大事だってことだね」
「無理してない状態か……。自分だけ頑張って話そうとしてる状態は避けろってこと?」
「察しがいいね。男友達でもそうだけど、無理して自分が話題振って、なんとか会話引き延ばして、みたいなのって疲れるじゃん。
俺も考え方とかが相容れない人とは仲良くするの無理だしさ。
仲良くなる人は価値観が似てたり、違ってても互いに尊重できる人だったりするから、
話してて苦じゃないし、自然に会話も弾むんだよね。」
わかる気がする。
俺も、今自分の周りにいる人たちに関しては、自分を受け入れてくれて、自分も相手の考えや価値観が好きな人たちばかりだ。
「だから並川に今必要なのは、女の子のことを、『女の子として』じゃなくて、『1人の人間として』見ることだと思うな。
そうすれば男女の境目みたいなものが自分の中で徐々になくなって、同じように接することができるようになると思うよ。
それができれば、女の子の『異性としての魅力』だけじゃなくて、『その女の子の人間としての魅力』にも気づけるようになるんじゃないかな。
もちろん男女で最低限の気遣いは必要だけど」
なんだか授業を受けているような気分だ。
俺は今、男女のコミュニケーションの本質について教わっているのかもしれない。
「そうだな、なんかその話聞いたらいける気がしてきた。実践的なテクニックの話されるより良かったかも」
「女の子の気を引くテクニックみたいなものは確かにあると思うんだけど、そもそも女の子としっかり話せる力がないとそういうのって使い物にならないし。俺はそもそも、そういうのってあんまり必要ないとも思ってるしね。自分と一緒にいてくれる人は、そういうことよりも別のところを見てくれて俺を好きでいてくれてると思うし。」
ほんの1,2時間程度喋っただけだが、藤吉がモテる理由がわかる気がする。
顔が良いのもそうだが、性格もそれと同じくらいイケメンなのだから。
「すごいな藤吉は、俺そこまで自分に自信ないわ。唯一お前より優れてることって勉強ぐらいだし」
「まあまあ、人と比べてもしょうがないよ。
持って生まれたものも、生まれ育った環境も違うんだから、単純に比較できるものでもないし。俺からすると、並川は少し卑屈すぎるというか、勝手に人と比べて、考えなくていいことまで考えて自爆してるように見えるかな」
「めちゃくちゃ鋭いな……。確かに俺、自己肯定感かなり低めだし。まあ、ぼちぼち頑張ってみるわ」
「うん、応援してる。初めての彼女できたら絶対教えてな。」
バレてる。コイツは数時間会話しただけで俺が今まで彼女がいないことを見抜いている。
嘘をついても恥をかくだけなのが想像できるので、
「……わかってる。」
と、一言だけ返して、前の方にいるクラスの男子たちの方へ向かった。
俺と藤吉はノロノロと歩いて最後尾あたりにいたので、前とは少し距離がある。
しばらくは1人で歩くことになりそうだ。
そうして向かっている途中で、誰かが俺に声をかけてきた。
「ーーあ、並川くんじゃん!」
声をかけてきたのは、クラスの美少女ツートップの1人、バレー部マネージャーの
久しぶりに女子に話しかけられたことで、俺は軽く気が動転している。
最後尾付近なので、井上さん以外周りに同じクラスの女子はいないようだ。
突然の女子との親睦の機会。
しかも相手は、あの井上さん。
……藤吉さんすみません、ティップス、何一つ使えないかもしれません。
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