24話 クラスマッチ前

クラスマッチ当日。


もう7月なので、既に暑さは夏本番である。

暑がりな俺は、クラスマッチが始まる前からうっすら汗をかき始めていた。


「暑すぎるよな、今日」


「まじで溶けそう」


「なんか倉本が溶けてんの想像できる」


「あ、七瀬さー、塩ダブレット持ってね?」


「ある、ほら。並川君もサービスであげる」


「いいの?ありがとう」


まだ競技が始まる前から体力を消耗してる俺と倉本。こういう時に世話焼きの七瀬さんがいて助かる。


体を動かすのは好きな方だが、夏に全力で運動するのは正直部活の時だけにしときたいという思いはある。

ただ、バレーならサッカーほど動き回ることはないのでまだマシではあるが。


ホームルーム前で少しボーっとしていると、時間ギリギリに井上さんが教室に入ってきた。


「ーー並川君、おはよ!」


「おはよう、井上さん」


「今日楽しみすぎて寝坊しかけちゃった」


「意気込みすごかったもんね」


「うん、今は優勝しか見えてないし」


そう言って笑う井上さんの目は、とても綺麗に澄んでいた。


クラスマッチなんて、人によっては「たかが学校行事」なのかもしれない。面倒だと感じてあまりやる気が出ない人たちも少なからずいると思う。


実際、今までの俺もそれに近い考えだったし。


ただ、井上さんを見ていると、それで果たしていいのだろうか、と考えてしまう。


俺は、中学時代まではサッカーに本気で取り組んでいたものの、今や惰性のような形で続けている。

そのあたりから、物事に対して冷めた姿勢で臨むのが、自分の中で当たり前のようになっていた。


彼女の直向きな姿は、俺の中で大事な部分が失われつつある、ということを気づかせてくれる。


「すごいな、井上さんは……」


「ーー?なんか言った?」


「あ、いや、何でも」


「私もバレー、応援行くからね。頑張ろ!」


「うん、お互いね」


彼女は本当にカッコいい人だな、と思う。

俺なんかよりも、ずっと。


彼女は、俺にないものばかりを持っている、本当に太陽のような人だ。


***


クラスマッチの種目は、バレー・バスケ・卓球・バドミントンとなっており、俺たち2年3組の男子は人数が少ないためバレーとバスケの2種目のみ出場することに。


ホームルームが終わったので、これから着替えて体育館で行われる集会に向かう。


「俺、バスケの試合応援行くわ。倉本、バスケだけは真面目にやってるみたいだし」


「並川きたらなんか気が散りそうだからヤダ」


「まじでお前」


「嘘って。まあ来ても来なくても変わらんけど。じゃ、俺先に行くわ」


「こいつ……。じゃあもう佑紀だけ応援しとくわ」


「俺も、アキが来ても来なくても変わんないと思う」


「佑紀も乗っかるのかよ」


「意外とアキっていじり甲斐あるからね」


「否定はできないけど……。あ、てかさ、ちょっといい?」


「ん、なに?」


「例の件なんだけど」


「ああ、なるほど。じゃあヤマもっちも呼ぼっか」


「うん」


例の件、とは、前々から探しているバンドメンバーについての話。

バンドでベースをやってくれる子をSNSを使って探してみる、というところまでは話していたのだが、その後、進捗がなかったのだ。


それについての報告と話し合いも兼ねて、俺と佑紀と山本の3人で体育館へ向かうことに。


「俺、あの後けっこう探してみたんだけど、実は1人だけ、この学校でベースやってそうな人、見つけたかもしれなくて」


「え、アキ、やるじゃん。よく見つけたね」


「まあ、それなりに頑張ったから。その人、顔出しはしてないけど、ベースの演奏動画アップしててさ。で、その動画でウチの制服と思われるやつ着てて、これはもしや、って」


「へー、見てみたいかも。後で教えてよ」


「うん。『そうちゃん』ってアカウント名なんだけど、クラスマッチのメンバー表とかに近い名前の人いないか探してみようかなって思ってる」


「なるほどね。俺も探してみるよ」


今日はクラスマッチの日なのだが、バンドメンバーを見つける重要な日でもあるので、なんとかこの機会をモノにしたいと考えている。


「山本も頼んだ」


「俺、今バレーのことで頭一杯でそれどころじゃない」


「ええ……。唯一のバレー部なんだし、しっかり」


「いや、俺緊張しやすいからなあ……。ミスったらごめん」


「まあ、お前が上手いってのは宏樹とか井上さんから聞いてるし、大丈夫だとは思うけど」


「まじで怖い。とりあえずフォロー頼んだ」


「まあ、俺もできる限りはやるけど。点取るのは山本に任せるわ」


井上さんに触発されたのか、俺も、今回ばかりはやる気に満ちている。

いつもなら、「俺に任せんなよ」とか言いそうなのに。


やはり、彼女と出会って、俺は多少なりとも変わった部分があるのだと思う。


彼女のような人になってみたい。彼女の見ている景色を、俺も見てみたい。


いつしか俺は、彼女の背を追いかけるようになっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る