23話 種目決め

今日はクラスマッチの種目決めを、ホームルームで行うことに。


「倉本はバスケだよな」


「あんまやりたくないけどバスケ部俺しかいないしな〜」


「てか、佑紀も中学の頃バスケ部だったんだよな。中学の頃、お前とよく対戦してたって言ってた」


「あー、松岡ね。してたわ、そういや」


「いや、適当」


「てか松岡のこと名前呼びしてんの」


「最近になってからな」


「俺にすら名前呼びしないのにな」


「いや、お前は倉本って感じじゃん?」


「うん、お前も並川って感じだわ」


「変なとこで通じ合ってんな。でも倉本って、そもそもあんま名前呼びしないイメージある」


「ま、バスケ部の連中くらい?」


バスケ部はみんな仲が良いみたいで名前で呼び合う間柄のようだ。俺の所属するサッカー部はかなりドライな関係なので少し羨ましい。


「私には名前呼びしないじゃん」


「盗み聞きすんなし。てか別にいいじゃん」


隣で話を聞いていた七瀬さんが倉本にツッコむ。俺と倉本の会話中に七瀬さんが入ってくるのはよくあることだ。


「だって、部員みんな私のこと愛里って呼ぶのに、倉本だけ苗字呼びだし」


「お前は七瀬って感じだから。てかお前も、バスケ部の中で俺だけ苗字呼びじゃん」


「いや、アンタが名前で呼ばないからでしょ」


2人がなんだかんだ仲が良いのは後ろで見ていてわかるのだが、倉本は基本受け身なので七瀬さんがいつも倉本に絡みにいっている。


もしかすると、七瀬さんの方が、倉本に対してもっと心を開いてほしい、という気持ちを抱いているのかもしれない。

個人的に気になる2人ではあるのだが、そういうことを本人たちに聞くのは少し憚られるので、今のところ触れたことはない。


「てか並川君、何に出んの?」


「バレー」


「へー。倉本大好きな並川君のことだから、バスケ出るかと思ってた」


「いや、大好きじゃないから……。まあ、バスケよりバレーの方が得意だし。七瀬さんはやっぱバスケ?」


「そ。晴とちょっくら頂点取ってくるわ」


「へへ〜。最強コンビだもんね」


井上さんも流れで会話に入ってきた。これもいつもよくあることだ。


「愛里、空いてる時は一緒にバレーの応援いこ。並川君に喝入れないと」


「うん。こういうのダルい、って思ってそうだもんね」


「いや、ちゃんとやるから……。変なプレッシャーかけないでね」


井上さんが俺にふふん、と目配せしてくる。

メッセージで言ってたことは忘れてない、とでも言いたいのだろう。

……個人的には記憶から消去してもらいたいのだが。


ただ、井上さんと七瀬さんが応援しにくるということは、つまり周囲の視線もこちらに向く、ということであり、そういう意味でも応援に来られるのは気が引ける。


やはり2人は学校でもかなり目立つ容姿をしているため、学内で彼女たちの姿を一目見ようと思って見にくる生徒もいるに違いない。


応援されるの自体は自分自身あまり経験がなくて嬉しいことなのだが、そのあたりを加味するとすごく難しい問題である。


「ーー皆さん、男女それぞれ固まって話し合って、チームが決まり次第、名前を黒板に書きにきてください」


喋ってるうちに、担任の北村先生の指示が飛んできたので、チーム決めを行うため男子で固まることに。


ウチのクラスの男子はみんな良いやつで仲も良いため、チーム決めはスムーズに決まり、

俺の出るバレーには、バレー部の山本と、陸上部エースの藤吉も出場することになった。


「並川、バレー楽しみだね」


「楽しみよりも、藤吉効果で色んな人が観に来る不安の方がデカいかも」


「ま、多少観にくる人数は増えるかも。じゃあ頑張らなきゃね、並川?」


「下手なとこ見せられないわ、まじで」


イケメンで運動神経抜群な藤吉のことだから、クラスマッチでも周囲の視線を大いに集めることになるだろう。

それに加えて井上さんと七瀬さんまで応援に駆けつけるとなると、周囲の目がこちらに集中することは容易に想像できる。


……今回はもう頑張るしかない、ということなのだろう。

覚悟は決めたので、ひとまず自分のできる限りのことはやりきろうと思う。


メンバーが決まったので黒板に名前を書きに行くと、同じく黒板の方へ向かう井上さんとバッタリ鉢合わせた。


「あ、並川君!」


「井上さん。ちゃんとバスケに決まった?」


「うん!愛里以外にもあと1人バスケ経験者いるし、優勝間違いなしの布陣」


「ガチだね」


「おう、ガチガチよ。今から楽しみ」


「やる気すごいな。でも現役バスケ部がいるクラスもいるし、優勝ってなるとそのメンバーでも簡単でもないよね」


「まあね〜。あ、そうだ」


「ん?」


クスッと笑いながら、井上さんがソッと俺の耳に囁く。


「私の応援も、ちゃんとやらないとダメだよ?」


「……‼︎」


井上さんのこういう急なからかいは心臓に悪い。よくされることではあるが、何回されても慣れないのはなぜだろう。


「相手が強いならなおさら、ね?並川君、もしかしてそういうのあんまやらない人?」


「ま、まあ……。そんな前に出て声出したりとかはやらないかな」


「え〜?じゃあ、試合中ムシャクシャしたら並川君の面白エピソードみんなに言いふらそうかな」


「だ、誰も聞かないよ、そんなん……。まあ、井上さんもバレー応援しに来てくれるし、俺も見に行くよ」


「ほんと?じゃあ百人力だね」


「そんな価値はないと思うけど……。でも、ちゃんと見守っとくよ」


果たして俺の応援が力になるのかはわからないが、ちゃんと応援に駆けつける、と彼女に伝えると、いつも以上に眩しくはじけた笑顔をこちらに向けてくれた。


「……うんっ、ありがと!」

 

これまで何度も井上さんの笑顔を横目に見てきたが、なぜか今の笑顔は、それらとまったく違うものに思えて。


「ど、ども……」


それじゃ、と会釈して、足早に黒板へ向かう。


なんだか、俺はおかしくなってしまったようだ。

井上さんに対して、少しだけ、でも確かに、いつもとは違う感情が浮かんできて。


井上さんが魅力的な外見をしている、というのはよく知っているし、可愛らしいと思う瞬間は今までにもいつくかあった。

だが、俺の中で、井上さんはネットで見る女優やアイドルような遠い存在であって、彼女に好意を抱く、なんてことはなかった。


学校でみんなの注目を集める井上さんと、クラスの中でごく普通の俺。

そんな人と俺が釣り合うわけもなく、好意を抱くだけ損なのだ。


ただ、先ほど見た彼女の笑顔は、信じられないほど綺麗で魅力的で、ずっと俺の頭から離れてくれないーー


……ダメだ。

井上さんにこんな感情を抱いても、痛い目に会うのは目に見えている。

自分なんかができることの範疇を超えているのだから。


そんなの、わかっているのに。


鼓動は信じられないほどに早さを増していく。


俺は、必死でこの感情を振り払うように、足早に黒板へ向かった。

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