9話 俺はどうしたい

その日、また俺は夢を見た。


どうやら今回の夢は、 

「これから先で俺が体験するであろう出来事ツアー」のようだ。

走馬灯のように、これから俺が体験するであろう数々の光景が目の前に流れてくる。


寝る前にルーズリーフの件で色々考えていたからだろうか、この奇妙なツアーは来週の月曜の出来事からスタートしている。


先ほど決めた通り、井上さんには結局ルーズリーフのお礼は何も渡さず、いつも通り前の席の倉本とぺちゃくちゃ喋っている。

相変わらずの光景だ。


そして夏休み前のクラスマッチ。

俺は運動は好きだが、大勢の注目を浴びるイベントはあまり得意ではないため、終始できるだけ目立たないようにプレーしている。

いつもの俺で情けない。


次は、夏に行われる予定の、俺が好きなバンドのライブに参加するシーンに。

宏樹を無理矢理誘って2人で見に行ってるようだ。まだ俺はライブというものに生まれてこの方参加したことがないのだが、生まれて初めてのライブはすごく満足のいくものだったと、俺の表情が物語っている。


また、夏が終わる前に行われる地元の花火大会。

中学の友達と参加して、今年も彼女できなかったな、なんて話をしている。

これもいつも通りの俺だ。安定感を感じる。


そこから次は文化祭に。

松岡が文化祭ライブでギターを弾いている姿を客席から見ている。

ステージ上に見える、普段の彼とは全く違う姿は、観ていてグッとくるものがあったみたいだ。

俺が少し感極まっている様子からそれが伺える。


冬の修学旅行では、クラスのみんなで遊園地に行き、被り物を被って色んなアトラクションに興じている。

受験勉強前最後のメインイベントで、良い思い出作りになっているようだ。


どうやらここらで「これから俺が体験する出来事ツアー」は終了。

夢の中ではあるが、2年までの主なイベントを一通り体感できた。


もし今のまま何も変わらず日々が流れていくのなら、おそらくそうなるであろう光景たちを眺めていたわけだが、

たぶん現実も、これに似たり寄ったりだろう。

それぐらいリアリティの高い夢で、もはや俺はそれをなぞっていくだけなのでは、と思ってしまう。


もちろんそれはそれで楽しそうだし、十分満足だとは思うが。


ただ、1つ気になることがあった。

それは、ふと見えた俺の表情。


俺には、ほんの少し寂しさが垣間見えたような気がした。


自分の顔をこうやって見れる機会なんて夢の中でしかないわけだけども、なぜあんな表情を浮かべていたのか、その理由はわかるようでわからないような。


今まで通りでも充分楽しいことはたくさんこの先待っているし、それでいいはずなのに。


ハッと目が覚めた。


前回夢を見た時同様、嫌な汗をかいている。


前回の夢で出てきた男性が俺に放った、

「お前はどうしたい?」という言葉がフラッシュバックする。


そして、今回の夢で見た、俺の少し寂しげな表情。


ふと考えてみる。

「俺は」どうしたいんだろう。


今まで生きてきた中で、自分の意思で物事を決めてきたことは、おそらく俺にはない。

というより、自分で決めて上手くいった試しがない。


小学生の頃の習い事も、親から強制的に水泳や英会話レッスンを習わされ、毎週嫌々通ってきた。

もちろん今でも役には立っているので、親を恨んではいないけど。


中学から続けているサッカーは、小学生の頃に仲良かった友達がみんなサッカー部に入ったから、という理由で始めた。

続けるうちにサッカー自体は好きになったものの、始めるきっかけは俺だけの意思ではない。


高校受験の時、自ら偏差値が高くてサッカー部もそれなりに強い、遠方の私立高校の受験を決意したものの、全く手が届かずに不合格。

これが人生で初めて自分で何かを決断した瞬間なのかもしれないが、あえなく失敗に終わってしまった。


その後、上のランクの公立高校を目指すことも選択肢としてあったものの、地元の公立高校はあまり魅力的に映らず、なんとなく自分の学力で余裕を持って受かる今の高校を選んだ。


俺は別に今の生活は嫌いなわけではない。

それなりに楽しいことも多いし、これからだってそうだろう。


でも、それでいいのだろうか、とも思う。


県大会や全国大会を目指し毎日部活に打ち込んでいる人たち。

なあなあで部活をやってる俺とは大違いだ。俺もそうでありたかったはずなのに。


俺よりもずっと頭が良くて、真剣に勉学に励んでいる人たち。

中学の友達は、メディアにも出ている有名な教授のゼミに入りたいという理由で全国的にも名の知れた国立大学を志望しており、判定も今の時点でA判定。


彼はこのままいけば順当に合格するだろう。

そんな彼と比べて、俺はなんちゃって進学校でちょっと成績が良いだけ。

大学に進学する理由も、そっちの方が良い就職先に就けるから。


大半の高校生は俺と似たような理由で大学進学を志すのだろうが、明確な将来の目標のために必死で勉強している彼と、なんとなくでしか将来を捉えきれていない俺とでは何もかも違う気がして、恥ずかしかった。


高校の周りのクラスメイトたち。

日夜遊び明かして、バイトも始めたりもして、友達との写真をSNSに投稿してるのをよく見かける。


俺は高校の友達と休日や放課後に遊びに行ったりしたことがほとんどない。

部活をやっているから、ということもあるが、部活をやっている人たちは部活の友達とよく遊んでいるみたいなので、言い訳にはならない。

俺の部活のチームメイトはあくまで「チームメイト」であって友達とは言いづらい関係なので、当然遊んだりすることは1度もなかった。

今の今まで、高校生らしいことはほとんどやれていない。


1番惨めな気分になるのは、彼女持ちの友達が、恋人との仲睦まじい姿SNSで投稿しているのを見た時。

俺はそんないったことと無縁の人生だからこそ、今まで恋人ができたことがない、ということに対して過剰なコンプレックスを抱いている。

恋人がいる生活ってどんなんなんだろう。

自分を好きでいてくれる人がいる、というのは、自分が想像している何倍も幸せなのだろうか。

わからないからこそそれを知りたいと思うけど、俺にはそんな勇気が出ない。


ーー改めて現状を振り返ると、

なんだが自分がとても惨めに感じてしまう。


頑張ってることは特にない。

友達はいるけど、遊びに行ったりといったことはほとんどない。

恋人だって当然いない。


「ーーあれ。」


胸がひどく締め付けられた。

頬に伝う涙が溢れ出て止まらない。


あれ、俺って何もないじゃん。

人生って何が楽しいんだろう。


わかっている。

俺よりも「何も持ってない人」はいるだろう。

そういう人と比べて、自分がまだ恵まれているのはわかっている。


ただ、俺はそれじゃ満足できないのだ。

自分が本当に欲しいものは、何一つ手に入れていないのだから。


自分は高校生なのに、高校生らしいことが何一つできていない。

羨ましい。

普段から抱えていた感情がここぞとばかりに爆発してしまった。


朝から最悪の気分だ。

もう家を出ないと今日の部活に間に合わないので、ひとまず学校へ向かうことに。


明日の日曜はオフなので、その時にでもまたこの感情を整理しよう。


俺はこの沈んだ気分を必死に払うかのごとく、ひたすら無心で自転車を漕いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る