20話 バンドメンバー探し

6月に入り、徐々に夏に入り始めてきた頃。


「並川君、おはよ!」


「うん、おはよ」


「最近ちょっと暑くなってきたね〜」


「だね。学校来るまでにめっちゃ汗かくもん」


井上さんとは、毎日他愛もない話を交わすような仲になってきた。

以前と比べて劇的に話す機会が増えたわけではないが、以前よりも井上さんに対する緊張はなくなってきたし、メッセージの方でもほとんど毎日連絡を取り合っている。


井上さんは前の席の七瀬さんと仲が良いので、基本的には休み時間も七瀬さんとお喋りしている。

俺と井上さんと2人で会話するのは、朝登校してきた時や帰り際などのほんのちょっとの隙間時間。


ただ、七瀬さんは倉本ともよく喋っているため、その会話に巻き込まれる形で、俺と井上さんも含めた4人で話すことも多い。


七瀬さんともそれなりに話す機会が増えて、以前よりもフランクな関係になっている気がする。


「並川君さー、倉本と遊んだりしてないの?」


「うん。俺、そもそも高校の友達とあんまり遊んでないし」


「悲しい……」


「いや、そんな心配されるほどでは……」


「休日何してんの。部活ない時」


「うーん、特にこれってのはないけど、割と最近色々忙しくしてるから、遊んでなくても割と充実してるかも」


「へー。でも最近、なんか良い顔するようになってきた気はする、ほんのちょっと」


「いや、一言余計だわ」


七瀬さんは隣の倉本に絡みにいくことがほとんどだが、たまに俺にもこうやって話しかけてくる時がある。


七瀬さんはしっかり者でクールな印象が強いけれど、意外とおしゃべりなところがあるので、基本的には休み時間も誰かとずっと喋っているみたいだ。それが俺に向くこともたまにある、ということで。


また、先ほどの会話では休日の過ごし方をはぐらかしたが、今はほとんど音楽に時間を費やしている。

まだ初心者すぎて自信を持って音楽をやっていると言えないので、誰にも教えていないけど。


ただ漠然と、「文化祭にバンドで出演する」という目標はあるのだが、今のところメンバーは俺と松岡の2人だけ。そのあたりについて、松岡は何か考えているのだろうか。


昼休み、2人で食堂に行き、話がてら昼食を取ることに。


「松岡、ちょっと聞きたいんだけど、文化祭ってバンドで出るんだよね?」


「うん、そうだけど」


「他のメンバーはどうするの?」


「うーん、ちょっと悩んでる」


「何に?」


「軽音部の奴らを誘ってもいいんだけど、並川とやるバンドは軽音部とは関係ないバンドなわけじゃん。だから、誘ってもOKしてくれるかわかんなくてさ」


「それはそうかもしれないな……。俺も軽音部の知り合い松岡しかいないから、関係値薄いし」


「だからもしできるなら、軽音部と関係ないメンバーでバンド組んだ方がいいかもな、とも思ってて」


「この3組の男子とかで誰か楽器できたらいいんだけどなあ」


「でも並川の言うとおり、もうそろそろ見つけ始めても良いかもね、メンバー」


「うん。練習期間長い方がいいかもだし」


松岡と話していると、たまたま食堂にいた山本が俺たちを見つけて声をかけてくる。


「松岡君と並川、最近仲良いじゃん、なんかあったん?」


「いや、ちょっと色々あってさ」


「色々ってなんだよ、教えろよ」


山本はそういうところはズケズケと入ってくるところがある。

もしかしたらもしかするかもしれないので、冗談混じりに山本をバンドに誘ってみようか。


「山本、お前さ、ドラムとかやったことない?」


「え、なんで知ってんの?」


……ん?

冗談で言ったつもりなのだが。


「え、どういうこと?」


「いや、俺がドラムやってるのって誰にも言ってないし。なんで並川が知ってんの?」


「え、お前ドラムできんの!?」


「うん。親が音楽やってて、小さい頃から親から教えてもらってた」


まさか本当に身近に音楽人がいたとは。しかも、あの山本が。

そういえば、1年の時から急に授業中にリズムに乗り始める姿を目撃することが多々あったのだが、あれはそういうことだったのか。


「え、授業中の急な発作って、あれまさかドラムの練習?」


「ーー?なんのこと?」


「急にリズムに乗り始めるやつ」


「あー、たまに練習中の曲のイメトレしてる時あるから、それかも」


まさかのカミングアウト。

棚ぼたでバンドメンバー候補を1人見つけてしまった。


「あのさー、山本」


「ん?何?」


「バンドとかさ、やってみる気ない?」


山本がわかりやすく驚いた顔でこちらを見ている。


「バンド?え、誰と?」


「俺と松岡と」


「え、並川と松岡ってバンドやってんの⁉︎」


「いや、まだやってはないんだけど。文化祭でバンドやりたいなって話してて」


「並川がバンドなあ……。まったくイメージできなかったわ。楽器とかやってんの?」


「松岡に勧められて最近ギター始めた。ちなみに歌も」


「お前がボーカル⁉︎意外すぎるんだけど。お前、そんなキャラじゃないじゃん」


その通りだ。以前の俺では確実にやらないことをやっている。こういうキャラじゃないことをやると、その都度こうやって説明する羽目になるので、できるだけ人に言わないようにしているのだが、今回は勧誘のため仕方がない。


「いや、俺も松岡に勧められるがままに……って感じだったんだけど。4月くらいから始めてる」


「そうだったのか……。いや、意外すぎて頭が追いついてねえわ」


「まあそうだよな。まだ誰にも言ってないし」


「なんで?」


「いや、まだ始めたてだし、自信持ってやってるって言えないからさ。で、バンドの件はどう?」


「え?全然いいけど」


山本のあっさりした返事に拍子抜けする。

山本はバレー部で忙しそうだし断られるかもな、とは思っていたが。


「まじ?」


「うん。ちゃんとバンドでドラム叩くのほとんどやったことないし、いつかやってみたいと思ってた」


「そっか。でもありがとう、めちゃくちゃ助かった」


「今度飯奢れよ?」


「さすがにそれくらいはやるわ。あ、このことみんなに内緒な。まだ」


「お前、恥ずかしがり屋だしな。俺の優しさで黙っといてやろう」


山本は人の嫌がることはやらない奴なので、そこは信用している。まあいつかは自分で言わなきゃいけない時が来るのだが。


「ありがと。また今度時間ある時にこれからの予定話し合お」


「ありがとう、ヤマもっち」


「松岡、山本のことそんな呼び方してたっけ?」


「いや、今初めて呼んだ」


「なにそのあだ名。じゃあ俺も松岡君のことユウキって呼ぶわ」


「普通の名前呼びじゃん」 


松岡の急なあだ名呼び。松岡は音楽人なだけあって時折変わった言動を見せるのだが、そういうところも俺は好きなのだ。


山本も松岡のことを名前呼びするようなので、俺もそれにあやかって松岡のことを名前呼びしてみようと思う。


「じゃあ俺も、松岡のこと佑紀って呼ぶわ」


「お。じゃあ俺も並川のことアキって呼ぶ」


「何この変な空間……」


普段変なことをする側の山本が突っ込むほど異様な場であるのは間違いないが、お互いの距離がグッと縮まった気がするので、これはこれで良かったと思う。


「じゃあ、あとはベースやってくれる人探すだけだね」


「ベースか……。一応、他のクラスとかにやってる人いないかとか聞いてみようかな」


「最悪俺がベース弾けばバンドはできるけど、ギター2人の方がやれること増えるし、何よりまだアキはギター始めたばっかりだしね」


「確かに、まだ俺1人でギター担当するのさ不安かも」


「とりあえず各々、ベースやってる子いないか探してみよ」


あと1人揃えばバンドができる。

バンドってどんなものなんだろうか。サッカーとはまた違う楽しさがあるのだろうか。


わからないことばかりだが、このメンバーでやれるなら間違いなく楽しい時間になるのは間違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る