15話 熱中できるもの
5月に突入。
今日は土曜なので学校は休み。
既に部活も終わって家に帰ってきたので、
早速ギターを手に取り、触り始める。
松岡に勧められ、歌とギターを始めた俺。
ギターを始める際に、松岡から「ギターボーカルならコード弾きができれば大丈夫」と聞いていたので、まずはそこから挑戦している。
コード弾きとは、ギターの演奏で1番基礎となる奏法のことのようだ。
コードとは、「高さが違う音を2つ以上同時に鳴らした時の音の響き」であり、
ギターにおけるコード弾きとは、「一回で複数の弦を同時に弾いて、コードを鳴らす奏法」のこと……
詳しいことは初心者の俺にはまだよくわからないが、
ライブとかでよく見る、ギターの弦をジャカジャカ掻き鳴らしているやつのことを「コード弾き」と呼ぶらしい。厳密にはちょっと違うみたいだけど。
コードには色んな種類があるので、まずはそれらを必死に覚えている段階だ。
コードの種類ごとに押さえる指の形が違うので、押さえにくいコードもあれば、押さえやすいコードもある。
最初は比較的押さえやすい簡単なコードすら鳴らせなかったが、松岡の言う通り、勉強のように着実に毎日コツコツと積み上げいくことで、少しずつだが上達の跡が見えてきた。
最近では、初心者の壁とも呼ばれる「Fコード」を少し鳴らせるようになってきたので、着々と前に進んできたように思う。
指はボロボロになってしまったが、今までの努力が可視化されてるような気がして、ちょっと嬉しかったり。
また、ちゃんとギターを始めてみると案外ハマってしまって、覚えたてのコードを適当にジャカジャカ鳴らしているだけでも楽しい。
音が鳴ってるだけで楽しいなんて、まるで赤子のようで少し恥ずかしいのだが、「楽しい」という気持ちが今はなにより大事だと思うので、ひとまずはこれで良い。
ただ問題は、ギターより歌である。
正直言って、俺は歌がそこまで得意じゃない。
歌うことは嫌いじゃないし、むしろ好きな方で、親が家にいない時は自分の好きな曲を歌ったりすることはあるのだが、歌唱力自体は、「素人の中で」中の中、くらいだ。
ボーカル志望の人たちは、少なからず自分の歌唱力に自信がある人たちが多いと思うし、その人たちと比べたら、俺なんて目も当てられないレベルだと思う。
そして、それよりも深刻な問題が一つ。
それは、俺が大きな声を生まれてこの方一度も出したことがない、ということだ。
ボーカルを務めるにあたって、歌の上手さ云々よりもまずそっちの方が問題だろう。
そもそも声が聴こえないのなら、いくら歌が上手かろうと意味がない。
部活でも体育祭などのイベントでもよく「声を出せ!」と言われるのだが、出し方がわからないからそもそも出せないのだ。
しかも、俺は男子の中でも声が低めなので、自分では声を出してるつもりでも全然通らない。
流れでボーカルもやることになったけど、本当に俺で大丈夫なのか。
ボーカルなんて、今まで歌が上手いとチヤホヤされてきた人たちがやるもので、俺みたいなスペックの人間がやるものではないのでは。
……ダメだ、いつもの卑屈な俺がまた顔を出している。
ただ、松岡がバンドの顔になる重要な役割を俺に任せてくれたわけだから、なんとかその期待には応えたい。
ひとまず上達法に関して何か知らないか尋ねるため、松岡に電話してみることに。
「もしもし、松岡?」
「ん、どうかした?」
「ちょっと相談したいことあるんだけど」
とりあえず、今のところの現状と悩みを一通り松岡に伝えた。
「ギターは今度俺が教えるよ。歌に関しては……。ごめん、俺、あんまりわかんなくてさ。ボーカルやったことないし」
「そっか。部活の子はどうやって練習してんの?」
「うーん……。正直、ウチにちゃんと教えてくれる先生とかいないから、みんな独学でやってる。ボーカルの子は、ひたすら歌を歌ってるって感じかな」
「なるほどな……。俺も最初はそうしようと思ったんだけど、これでいいのかなって不安になってて。歌が初めから上手な人だったらそれでも伸びるかもしれないけど、俺はそうじゃないからさ」
「うーん、そうだな。もしやれるなら、ボイトレとか行ってみる、とか?」
ボイトレ。その手があったか。
闇雲に練習するより、最初からプロの先生に教えてもらう方が効率いいに決まっている。
「ボイトレか、確かにアリかも。ちゃんとした練習法教えてくれるだろうし」
「うん、1人で闇雲にやるより近道だと思う」
「それはそうだよな。ただ文化祭に出たいってだけだけど、やるなら恥ずかしくないレベルまでなりたいし、ちょっとやってみようかな」
「すごいやる気だね。見違えたよ」
「松岡のおかげだよ。俺なんかに期待してくれる人って、なかなかいないからさ」
「俺はただキッカケを渡しただけだから。そこまで頑張れてるのは並川自身の力だよ」
「松岡って人をその気にさせるのめちゃくちゃ上手いよな。ちょっと気が早いけど、明日体験レッスンとかやってるとこあったら行ってみようと思う」
「いや、笑っちゃうくらい早いな」
「なんか久しぶりに熱中してる感覚思い出してさ。すぐやりたくて仕方ない」
「まあ、俺からは無理しすぎに、ってことだけかな。じゃあ、今度またギター教えるわ」
「ありがとう。それじゃ」
松岡はほんとに良いヤツだと思う。
友達になれて、俺に音楽を勧めてくれて、本当に良かった。
※※
もう寝る時間に差し掛かってきたが、今日は井上さんからメッセージの返事がまだ来ていない。
もちろんメッセージのやり取りなんて毎日やらなきゃいけないものでもないし、むしろ今までは、毎日何もメッセージが来ないのが当たり前だったのだけど。
ただ、ここ1ヶ月くらい井上さんとは毎日連絡を取り合っていたので、なんだか少し変な感じがする。
何か嫌われることでもしただろうか。
俺とのやり取り、実はそんなに楽しくなかったのだろうかーー
……ダメだダメだ。
別に1日くらい連絡が返ってこないなんて、何もおかしなことではない。向こうだって俺以外の人との付き合いもあるだろうし、それ以外にもやりたいことが沢山あるはずだ。
むしろ、毎日ずっとやり取りしてたことの方がおかしいだろう。
クラスが始まった時なんて、井上さんと俺が接点を持つことすら想像できなかったのに。
最近は寝る直前まで井上さんとメッセージのやり取りをしていたので気づかなかったが、こうやって冷静に振り返ると、やはり今の状況が普通じゃないことが再確認できる。
そして、返事が返ってこない、ということに加えて、気がかりなことがもう一つ。
「そういえば俺、井上さんと学校であんまり話せてないよな……」
1人きりの部屋でポツリと独り言を呟く。
井上さんとはメッセージのやり取りばかりで、学校ではほとんど会話する機会がない。
席は4月から最初のままで距離が離れているし、わざわざ用がないのに話に行くのは不自然すぎるし。
でも、今よりも少しくらいは井上さんと仲良くなれたらな、とは考えていて。
夏に一緒にライブに行くことは決まっているので、そこで俺が緊張してつまらない思いをさせたくないから、というのも理由としてある。
だがそれよりも、井上さんは俺と好きなものが重なっていることが多いので、単純にもっと話してみたいという気持ちの方が強い。
そういえば、もうすぐ席替えをやるって北村先生が言ってたっけ。
もし近くの席になれればーー
「……なんだか俺、すごく気持ち悪い気がする」
いつもと違う就寝前の時間は、いつもより悶々としたものだった。
そこには、物思いにふけながら眠りにつくまで携帯の通知ばかりを気にしていた俺がいた。
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