第33話 魅惑の果実①
「ご主人様をどこにやったのだ⁉」
魔力を爆発させ大気を震わせたのは白銀の毛並みの少女だった。
赤髪の痴女はチッと舌打ちする。
「ダンジョンの意思さね。死んで取り込まれた訳じゃなさそうだし、どこかに飛ばされでもしたんさね」
「行先は?」
「そんなもん知らんさね」
「なら、おばさんをサッサと片付けて探しに行くのだ!」
「言ってくれるね小娘!」
二人は憎しみを込めて激突する。
白銀と赤髪、二本の短剣と茨の鞭が交差する。
次の瞬間、両者の体から血飛沫が舞った。
「バ……馬鹿な……っ!」
赤髪の痴女は唇を歪めて後退する。
両者の体には無数の傷が刻まれているが、追い込まれているのは赤髪の痴女の方だった。後退する痴女を獲物を狩る獣のような動きで少女が追う。
「死ね!」
「お嬢ぉぉぉぉ!」
迫りくる少女の短剣、そこに割り込む人物がいた。
赤髪の痴女を庇い少女の凶刃を受けたのは、穂香と戦っているはずの太目の変態だった。
「グフッ! お嬢……ここは一旦引きましょう……」
太目の変態は満身創痍で赤髪の痴女に訴えかける。
それを見た少女は、逃がすものかと追い打ちを掛けようとする。
太目の変態男が少女を睨み上げる。
「少年は恐らく下の階層だ」
その言葉は別の所から発せられた。
よろめきながら立ち上がったのは細マッチョの変態男だった。
「しょうがないね。お前たち撤収さね」
「アイアイサー!」
赤髪の痴女が様々な感情が混ざり合った顔でそう宣言すると、部下たちは煙幕を張り逃げようとする。
獣人族の少女はそれを追いかけようとはしなかった。
「これで勝ったと思うなよ。貧素な小娘たちめ!」
だが、その言葉が発せられた瞬間、複数の魔弾が煙幕に向かって打ち込まれた。
ギャー! という絶叫が煙幕の向こうから聞こえてきたのは言うまでもない。
「ルーちゃん、正宗が! 正宗が!」
「ホノカ落ち着くのだ。ご主人様はきっと無事なのだ」
狼狽する穂香を少女は諭すように抱きしめる。
「ご主人様はあんなことでくたばるような人じゃないのだ。だから、ホノカもご主人様を信じるのだ。それにミヤカもいる」
「ルーちゃん……」
穂香は自分より小さな少女にすがるように泣いた。
獣人族の少女は溢れ出そうな涙を必死に堪えて穂香を抱きしめる。
こんなところで弱みを見せてはいけない。まだ、彼女にはやらねばならないことが待っているのだから……。
状況は最悪だった。死者こそ出なかったものの重傷者が多く出た。
穂香が泣き止んだのを待ち、獣人の少女は提案する。
「マシロ! 怪我人の手当てが済んだら引き返すのだ。ぼくたちはご主人様を探しにこのまま先へと進むのだ」
「ルーちゃん?」
「マシロならわかるはず。あいつらは逃げてもここからは厳しい戦いになる」
「……そうね。その通りだわ。このまま皆で進軍しても足手まといにしかならないわね。撤退しましょう。でも、だからといってあなたたちだけ危険な目に合わせるわけにはいかないの……私のわがままかもしれないけど私も先に進むわ」
「萬代が行くなら。私らもいくわ。そうでしょ? みんな」
「モチのロンよ」
「みんな……そうね。私たち仲間だもんね。ルーちゃん、穂香さん、私たち 5人だけでも一緒に行っていいかしら。もちろん自分の身は自分で守るから」
「わかったのだ。一緒にご主人様とミヤカを探しに行くのだ」
「美耶華はいいけど正宗君が心配だわ」
「それわかる。正宗君の危機だわ。色んな意味で……」
ぼそりと言ったその言葉でシリアスな空気がぶち壊された。
「なっ! それはどういう意味? ルーちゃん! 早く行くわよ!」
急に焦りだす穂香。そこには泣き顔の穂香は鳴りを潜め、いつもの穂香が戻ってきていた。
「ホノカ待つのだ! ってことだから、マシロ準備をよろしくなのだ」
湊はそれを了承して、探索を続けるグループ(ルー、穂香 + 6英雄チーム 湊、相川、松村、眞田、楠條)と、退却するグループ(ABランクの探索者チーム)に編成し直す。最悪自分たちが戻らなくても情報だけでも持ち帰って、次に繋げるために活用してもらわなければならない。
仕方がないことだが、怪我人の治療でだいぶ時間をロスしてしまった。
Bランクの探索者のほとんどは悪魔を目の当たりにして心が折れてしまい、Aランクの探索者も撃退したとはいえほぼ同様で撤退に反対意見は出なかった。
そもそもあいつらは何者なのか? その答えを少女から聞かされた探索者は絶句してしまう。少女ですらこの世界に魔族がいることについて驚きを隠せなかった。
その情報をなんとか地上に持ち帰らないといけない。
通路は元の大きさに戻り、この先は何が待ち構えているかわからないし、探し人はどこにいるのかもわからない。だが、それでも進むしかない。
「待ってて正宗……すぐに助けに行くから」
穂香は決意を決め、消えた幼馴染の救出へ向けて出発した。
◇
まどろみに包まれていた。
温かな温もりがなんだかとっても居心地が良い。
眠い……このままずっと寝ていたい。
? 頭に何かが触れた。
芳しい香りとともに誰かに頭を撫でられている。
穏やかな気配が優しく頭を撫でている。
それに頭の後ろも柔らかいし温かい。
居心地が良い。
少年は幼少期を思いだしていた。
少年は母親が大好きだった。
少年はこの居心地の良さを懐かしいと思った。
少年の母親は、少年が大きくなるにつれて家を留守にすることが多くなった。
代わりに少年の面倒を見てくれたのは、隣に住む女の子とその母親。
そっと頭を撫でる手が止まり、くすぐったい息が近づいてくると何かが唇に触れた感触がする。
穂香? 何故だか僕はそう思ってしまった。
もう朝? 起きて学校行かなきゃ……あいついつもうるさいからな。
うっすらと瞼を開けると、ぼんやりと映る輪郭。
二つの大きな山がそこにあった。
その山脈は近い、あまりに近い。もう目の前だった。
穂香? だがこの山脈は何かが違う。穂香ではない。それにこの匂いは……。
「正宗君……よかった。目を覚ましたのね」
「えっ!?」
幼馴染の女の子ではない女性の声。
僕はその声に覚えがあった。
目の前の山脈のその先に覗く顔立ちを見て僕の時間は停止した。
ミルクティーのような色素の薄いベージュカラーにブルーのインナー、切れ長でふっくらしている綺麗な二重瞼の目、潤いの良さそうな艶やかな唇。その頬は何故かリンゴみたいに真っ赤になって僕を見下ろしている。
頭の後ろが柔らかい理由にも見当がついた。
これは……きっと……たぶん膝枕されているのだろう。
その証拠に目の前に柔らかそうな山脈がそびえ立っている。
「大丈夫?」
心配そうに僕を覗き込む女性、それは美耶華さんだった。
これは夢? なんで僕は美耶華さんに膝枕されてんの?
どんな状況だよこれ……どうしてこうなった?
記憶をたどる。
たしか、変態三人組と遭遇して戦いになったはず。
そこで僕は細マッチョのパンイチ男を倒したまでは覚えている。
それ以降の記憶がない……ということは、パンイチ男戦で死力を尽くした僕は気を失ったということになる。
あの後どうなった? 戦いの行方は? 穂香やルーちゃんはどうなった? 美耶華さん以外の人たちはどこに?
美耶華さんの手が僕の頭を優しく撫でる。
凄くいい匂いがする。
「………」
沈黙の中じっとお互いを見つめ合う。
いつまでもこうして居たい。だが、そうもしていられない。
「あの美耶華さん。ここはどこです? 穂香は? 皆は?」
「ごめんなさい。私にもわからないの」
どうやら美耶華さんもここがどこだかわからないようだった。
温もりが凄くもったいない気がしたけど起きることにした。
身体の痛みはあまり感じられない。打撲や骨が折れていてもおかしくない状況だったはずだが……そう思ったときに傍らに小さな空き瓶が転がっているのが目に入ってきた。
回復薬の空き瓶だ。状況的に美耶華さんが飲ませてくれたんだろう。
「美耶華さん、ありがとう。看病してくれたんだよね。―――って、ちょ! 美耶華さん! うぷっ!」
年上の女性の名前を呼んだ瞬間、主張の激しい山脈が眼前に迫ってきた。
違う、迫ってきたなんてもんじゃなく―――物凄く柔らかな物体が顔に押し付けられて―――美耶華さんに柔らかく抱きしめられた。
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