第22話 渋谷ダンジョン①

 東京都渋谷区。若者の街ともいわれ、多くの飲食店やファッション店、大型商業施設が立ち並ぶ観光地である。

 大震災後に出現した最初のダンジョンの一つ。それがJR渋谷駅ハチ公前口からすぐ、改札口を出てすぐの場所にある広場、渋谷の待ち合わせスポットして有名なハチ公前広場にその入り口はあった。

 東京都に出現した最初のダンジョンであり、その地名から渋谷ダンジョンと名付けられたが、その後各地にダンジョンが出現した今でも渋谷のダンジョンといえばこのハチ公前広場のダンジョンを指している。


「わあぁぁぁぁ…ここが渋谷! 凄い人!」


「穂香恥ずかしいからキョロキョロしないで」


 トレンドや流行の発信地として注目されている渋谷。

 映像でしか見たことがないスポットに行き、SNSで話題の料理を食べる――そんな憧れの渋谷に来たことで必要以上に周囲にアピールし過ぎる「おのぼりさん」「田舎者」と思われるグループがいた。


 だが、そのグループの出で立ちは周囲の若者とは異なっていた。

 全身を覆うボディスーツ……そう、日本におけるダンジョン探索者の基本スタイルが若者たちの姿だった。

 その若者が向かう先には多くの探索者が集まっていた。

 そして、その周りにはさらに多くの人混みができているのだが……。


「ちょっ! 止めて下さい!」

「そう邪険にするなよ。俺らと一緒に遊ぼうって言ってるだけじゃん」

「俺ら金持ってるからさ、遊ぶと楽しいぜぇ」

「なっな、だから遊びに行こうぜ!」

「俺の超絶テク見せてやっからよ」


 ダンジョン探索者の男性グループが集まってきた一般人の女性をナンパしているようだった。ただのナンパなら問題はない。だが、どうも雲行きが怪しい。

 嫌がる女性を無理やり拉致しそうな感じになっている。

 辺りを行き交う人は皆、目を逸らして素通りしていく。

 絡んでいる男たちは黒いボディースーツを身に纏っており、一般人では歯向かう事もできない相手だからしょうがない。


「あんたたち、みっともないから止めなさい」


「なんだぁガキ! 何か用か!」


「あなたたちもこの場に居るってことは有名な探索者なんでしょう? 一般人をナンパなんてしてる暇なんてないのじゃありませんか?」


「ああん。俺ら魔物を狩ってコイツらを守ってるんだぜ。言わばコイツらにとって正義のヒーローってことになる。その見返りを求めて何が悪い」


「あなたたち最低ね」


「よく見りゃお嬢ちゃん良い身体してんな。コイツらに代わってお嬢ちゃんが俺たちの相手をしてくれるのかな? ぐへへへ」


「……いいわ。相手してあげる」


「おいっ! 穂香……やり過ぎるなよ。それでも貴重な戦力なんだから、ポーションで回復できる程度に頼む」


「なんだとこのガキ」


「ちょっと、あんたたちの相手はこの私よ。いいからかかってきなさい」


「痛い目、いや、キモチイイ目に合わせてやるぜ!」


「キモいんですけど」


 心底嫌そうな少女に大の大人が殴り掛かる。

 その少女は冷静に殴り掛かってきた右拳を避けながら、その男の腕を掴み足を引っ掛けた。するとどうだろう。男はクルンと回転して受け身も取れずに地面に落ちた。

 それを見ていた男たちは激昂し少女を囲み込むと一斉に襲い掛かった。

 少女一人に屈強の男たちが同時に襲い掛かる非情な光景。


 しかし、次の瞬間―――周囲の人々は声を出すことなく押し黙ってしまった。

 少女の足元には、転がり呻き声を上げる男たちの姿があった。


「ふん、くちほどにもない」


 少女の言葉で沈黙が解かれ、観衆が一気に沸き上がる。

 そんな中、騒ぎを聞きつけた警官と警備スタッフ、そして黒服サングラスが駆けつけてきた。



  ◇


「ルー様御一行様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 梅雨の季節とはいえこの気温は暑い、そんな中で黒いスーツを着た厳ついサングラス男が礼儀正しくお辞儀をしてくれた。

 どうでもいいけど絶対暑いよね? その格好……無粋だから聞かないけど。

 

 案内されて向かった先には、どこかで見たことのあるようなおっさんがいた。

 えっと……誰だっけ? 僕は隣にいる穂香にそっと聞いた。


「馬鹿! 昨日会ったでしょう。防衛大臣よ」


 ああっ、どうりで見たことあると思った。どうでもいいおっさんの話や挨拶は付き添いの神楽さんや穂香に任せることにしよう。



「ルーちゃん、正宗君見っけ」


 この場で僕たちの名をなれなれしく呼ぶ声、この美声の持ち主は……やっぱりみやりんだった。

 セミロングのベージュの髪を風に靡かせ、戦闘服であるボディスーツを身に纏った美しい女性『みやりん』こと、森口 実耶華さん。

 出るとこが出ている魅力的なお姉さんがいるということは……。


 ぐふっ! こ、こ、これは……。


『ましろん』こと、湊 萬代 さん。

『まつゆり』こと、松村 友梨奈 さん。

『かれん様』こと、相川あいかわ 華恋かれんさん。

『まきちゃ』こと、眞田さなだ 真樹まきさん。


 ふおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

 神々しいオーラを放つ美女の一団は! 6英雄のお姉さん方!

 眩しい。眩しいよ。


 ドラマの収録で本日は来れなかった楠條なんじょう 好美よしみ さんがいないのが悔やまれる。


「JINたちが迷惑を掛けたそうじゃないか。アレでもあいつらはBランク探索者なんだが……その、最近は調子に乗っていてね……すまなかった」


「あっ、気にしてないのでお構いなく」


「あっはっは。あいつらじゃ相手にもならないか」

「やっぱ期待の新人はそうこなくちゃな」

「これは今回は期待できそうだね」


「それはそ~と、この子がねえ……ふう~ん」

「うんうん」

「もう、照れちゃってかっわいぃぃぃ」


「あ、あの……」


 僕は 6英雄のお姉様方に囲まれてタジタジになっていた。

 なんだこの天界……いや展開。

 ここはヴァルハラ、極楽浄土ですか? めっちゃいい匂いしてるんですけど。


「正宗!」「正宗様!」


 痛い痛い! なんで二人して怒るの?

 ルーちゃん助けて! って、ルーちゃんどこ行った?


 ―――いた。ん? あれはガールズユニットのニャールズじゃん。

 マジ? 本物? って、ルーちゃん何してんの。



「あ、ご主人様。獣人族のお友だち見つけたのだ」


「いやルーちゃん……この人たちは」


 ガールズユニット『ニャールズ』ネコミミメイドのアイドル探索者グループ。

 赤青黄緑桃の戦隊カラーのメイド服を着た異世界出身のネコミミ族―――という痛い設定のアイドルグループなんだよね……。

 デビュー当時の10代のころはよかったのだけど……メンバーも二十歳を超えてそろそろ限界が近づいてきたご様子。


「よかったね。仲良くしてもらいなさい……」


 彼女ら(設定)のおかげでルーちゃんもケモミミ少女として世間に認知されているのだ。ここはその異世界出身者(設定)の秘密をばらすような無粋なことはしないでおこう。……ごめんね。

 

 


  ◇


 多くの探索者が集められた今回の攻略作戦。

 この渋谷の地にダンジョンが出現してから 17年。未だその全貌はつかめず、このダンジョンが何階層あるのかも想像がつかない。


 過去の調査で 36階層まであることはつかんでいる。

 そこまで潜るのに 3日を要したものの、食料の問題や疲労等で退却を余儀なくされた前回の反省点を振り返り、今回は部隊を二つに分けるそうだ。

 先発隊はモンスターのレベルが低い 1層~19層の戦闘を担当して、後発隊の進路を確保を用意するのが目的。

 主力部隊の後発隊は 20層の階層主戦からが本番となる。


 あの問題を起こした男性グループや『ニャールズ』のメンバー等、探索者ランクBの人々は既に出発している。

 僕と穂香、ルーちゃんの新米探索者は特別枠で後発隊に組み込まれて出発の時を今か今かと待っていた。


 後発隊のメンバーは僕以外全員女性……6英雄の5人。ランクAの先輩グループが 3組17人。計25人の女性が僕と一緒にダンジョンに潜ることになる。

 うぅぅぅ……嬉しいけど……嬉しいけど非常に肩身が狭い。



 そして、出発の時がやってきた。


「正宗様いってらっしゃいませ」


「うん。行ってくるよ」

 

 付き添いの神楽さんはダンジョンには潜らない。

 お守りとこの新装備一式、そして大胆にもほっぺたにキスをしてくれたのだから……これはもう頑張るしかない。


 ファンファーレの音楽がハチ公前広場に鳴り響く。


 そうして、多くの人々に見送られながら、僕たちは渋谷ダンジョンへと足を踏み入れたのだった。

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