第30話 遭遇③

 火炎蟻―――足を含めると 2mほどにもなる巨大なアリ。

 その特徴は、赤い鎧のような外装と刃物のように尖った牙。それだけでも脅威だがこいつらの恐ろしさは別にある。それは、この赤い鎧が過熱する点にある。下手に触ると大やけどの危険性もある難敵で、中には自爆攻撃をするのもいるという。


「この場は俺が死んでも守る。ここが俺とお前の死に場所だあぁぁぁ!」

 とか

「この敵は俺が命に代えても止める! お前たちは女王様を守れ!」

 とか

「さようなら天さん。どうか死なないで」

 

 ――って、胸熱展開がこの蟻さんの世界で起こっているのかもしれない。


 

 そんなん知らんがな。死ねこら!

 

 僕の黒刀がその赤黒い体躯を両断する。

 数こそ多いが苦戦するほどの相手ではない。ケモミミ少女はもちろんだが、穂香もこのレベルのモンスターなら問題なく倒せると安心している時だった。


 突如として聞こえた爆発音。その先にいるのは―――



「危ないわね。前髪ちょっと焦げちゃったじゃないのよ!」


「穂香大丈夫か?」


「うん。平気平気。それより、お腹膨らませた個体が居たら要注意よ。そいつが自爆するの」


 どうやら大丈夫そうだ。穂香の言う通りよく見ると、この蟻さん。微妙な違いがあるのがわかる。一般的な兵卒蟻と自爆をするエリート? 胸熱蟻に分れているのだ。


「穂香! チマチマ倒すのも面倒だ。自爆蟻の違いわかるだろ、そいつらに炎の魔法を頼む」


「正宗⁉ でもこいつらに炎の属性攻撃効かないんじゃないの?」


 穂香の言い分はごもっとも。こいつらには炎そのものではダメージを与えにくいだろう。だが、そんなことは百も承知だ。

 そんなことを言っている間にも蟻の軍団は数を増やしている。


「いいから早く!」


「もう、何なのよ」


 ぶつくさ文句を言いながらも穂香の生み出した炎が火炎蟻の集団を包み込んでいく。炎に包まれ熱せられた火炎蟻……それでも怯んだ様子は見受けられない。


 だが、それでいい。



 僕は黒刀を天にかざし、魔力を集中させる。

 大気が震え風が嵐のように吹き荒れる。

 そして、雲が渦を巻き雨雲を作り上げる。


 狙うは蟻の巣穴である巨大な蟻塚……それを守る自爆蟻ども。


「ちょっと正宗! やめなさい!」


 穂香が僕を止めようとする。―――が、もう遅い!


 雷光と共に魔力を帯びた雨が火炎蟻に降り注ぐ。




 高温になった火炎蟻、その中には自爆蟻も含まれる。

 “揚げ物の油に水を注いではいけない” よく言われることがらだが、要は超高温まで熱した油に水をかけると、爆発が起きるということ。

 そして今、超高温になった火炎蟻の集団に大量の雨が降り注いだ。


 大地を揺るがすような大爆発、巨大な蟻塚もろとも城門ごと吹き飛ばす水蒸気爆発が 22階層で引き起こされた。


 その余波は、もちろん僕たちにも及んだ。


 


 瓦礫が吹き飛び、僕も吹き飛ばされる。


「あいたたた……」


 瓦礫をどかして立ち上がり見た光景―――それは、灼熱の大地と化した城門の跡地だった。


「あれ? ちょっとやりすぎた?」


「ちょっとやりすぎたですって! ………これのどこがちょっとなのよ! あんた馬鹿じゃないの? あんなことやる前に説明ぐらいしなさいよ!」


 僕の背後、そこには拳を振り上げる幼馴染の女の子が立っていました。

 その更に後ろには、同じく怖~い顔をしたお姉さんたち。



「ごめんなさ~い」


 


 穂香と湊さん、他数名によるお説教は小一時間続いた。


「もう、あんたは戦闘禁止! 刀も没収よ! 後方でおとなしくして反省していなさい。わかった?」


「……はい」


 僕に反論は許されない。

 黒刀も取り上げられ、後方支援組に回された可哀想な僕。




「散々な目に遭ったわ」


 後方支援組に回された僕に向けられる冷たい視線と言葉。


 ――と、それに続く羨望の眼差し。


 あれ?


 


「ねえねえ、あの馬鹿みたいな力、魔力だよね? どうやったらあんな力使えるようになるの?」


「死にそうな目に遭ったんだから、その秘密教えなさい!」


「教えてくれたら、お姉さん嬉しいな」


 複数のお姉さんに囲まれたじろいてしまう。

 10層の電撃激おこお説教事件の原因にもなったお姉さんたち。

 行軍が再開された今、お説教の主は遥か前方にいる。

 それは即ち、僕にべたべたしてくるお姉さんたちが増えることを意味していた。


 どうせ前衛には行けないんだ。ならば少しくらい良い思いしてもいいよね。


「それはね―――――――」


 僕は歩きながら、ルーちゃんから教わった魔力操作の基本と、学園で流行っている謎の厨二病的詠唱の話をした。


 終始笑いが絶えない僕の話を真面目に聞いてくれるお姉さんたち。

 時間はたっぷりあった。

 そしてここには、厨二病患者とは別の意味で痛い格好をした女性グループもいた。



「悪を退治する正義のヒロイン! ニャールスカーレット! 悪い子にはお仕置きしちゃうにゃん☆ ズッキュン♡」


 ネコミミカチューシャを着け、ボディスーツにメイド服を加工したよくわからん出で立ちのアイドルグループ『ニャールズ』のリーダー悠里さん 2X歳。

 その2X歳の女性が突然名乗りを上げポーズを決めた。

 ……さっきの衝撃で頭でも打ったのだろうか?


「ご主人様の笑顔を満たして・あ・げ・る♡ もえもえキュンキュン♡ 愛と魔法の力でおいしくな~れ☆ ラブラーブファイアー!」


 手でハートを作ったそこから炎が撃ちだされる。

 それを見た探索者から歓声が湧き起こる。


「マジ? できた! できたよ正宗君」


「ああ、えっと……ヨカッタデスネ」


 異世界出身のネコミミ族という痛い設定に魔法少女? という設定が追加された歴史的瞬間を僕は垣間見てしまった。

 それで良いのか……渚 悠里 2X歳。


 そして……その悪夢はグループへと感染拡大していった。

 もう、し~らない。

 僕は何も悪くない、悪くないからね。

 


 年齢とともに人気が下降していたアイドル探索者グループ。それがこのダンジョン攻略作戦以降、再びブレイクすることになるのは別の話であった。

 



 最後尾ではモンスターに遭遇することもなく、ひたすら歩きながら魔法について盛り上がる後方支援グループ。

 その現状に僕は目を逸らしつつ、目的地となる30階層へと到達した。



「ご主人様マシロから許可が下りたのだ。ご主人様? 死んだ魚の目みたいになってるのだ。いったいどうしたのだ? ……まさか、武人の魂たる刀を取り上げられたせい? ご主人様ごめんなさいなのだ。ほら、ご主人様の愛刀返すのだ。だから、元気出すのだ!」


「はっ! ルーちゃんいつの間に。なに? 刀返してくれるの? ありがとうルーちゃん」


 数時間ぶりに手元に戻ってきた愛刀を抱きかかえる。

 この重量感と手に馴染む感触……やっぱり素晴らしい! 


「ルーちゃん。正宗君がなんか気持ち悪いんだけどどうしたのこれ?」


「ご主人様は、あの黒い刀を持つといつもああなるのだ。気にしたらダメなのだ」


 なんかディスられているけどいいや。




 ルーちゃんと共に前線に復帰した僕。

 そこには、いつもの豪華な両開きの大扉があった。


「来たね正宗君。汚名はその刀で挽回してもらうとして……その、くれぐれもやり過ぎるなよ」


「あはははは……もう、反省してますって」


 くっ! しっかり釘を刺されてしまった。


「正宗ついに 30層の階層主戦よ! 今まで後方でサボってたんだからしっかり働きなさいよね」


 穂香……お前までもか、チクショーめ!

 この鬱憤はボスにぶつけてやる!


 階層主について簡単な説明がなされ、作戦が掲示される。

 主力となるのは僕たち 3人組。


「よし! 行くぞ!」


 攻略戦のリーダーである湊さんの声と共に、重厚な扉が開かれた。

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