第34話 魅惑の果実②

「正宗君! よかった。全然目を覚まさないし、お姉さん心配したんだからね」


 美耶華さんに優しく抱きしめられるのは正直嬉しいのだが―――これはちょっと苦しい―――い、息が……。


「ちょ、美耶華さん! ―――さっ、酸素!」


「酸素? きゃあぁぁぁ正宗君⁉ どうしたの? しっかりして!」


 ぷはっ! 慌てた美耶華さんから解放された。

 なんとか乳圧による窒息死なる不名誉な死因は回避できたようだ。

 ダンジョンでの死因がそれではクラスの皆に笑われてしまう。

 親友の嶋岡はお腹を抱えてゲラゲラ笑い、葬式の際にも参列者に笑われること間違いなしである。もしくは男子生徒から妬まれる……よかった。生きてて。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


「美耶華さん。その、もういいですから謝らないでください。助けられたのは僕の方ですから……ありがとうございます」


 平謝りする年上の女性、森口 美耶華さん。かなり動揺しているようだ。

 憧れの女性の初めて見せる可愛らしい姿、それに顔に残る温もりと香。

 もう内心ドキドキものである。


「それよりも美耶華さん。状況を教えてくれませんか?」


 頭が回っていない美耶華さんが回復するのを待って、今僕たちが置かれている状況を聞く事にした。


 


 美耶華さんから聞いた話を整理する。

 状況はハッキリ言って芳しくないどころか死に直面している。


 それは―――まず、ここがどこだかわからないこと。

 

 パンイチ男を倒した僕はその場で倒れ闇に包まれ黒い穴に飲み込まれ、この場所に放り出されたらしい。その際に一緒に飲み込まれた美耶華さんが僕を看病してくれたおかげで一命は取り留めたものの、手持ちの魔法薬ポーションは全部使い切ってしまったようで美耶華さんにはもう回復手段がない。

 幸いなことに回復手段として僕が魔法ヒールを使えることだ。

 

 傷を治せてもここがどこだかわからない。

 デバイスでの現在地は黒塗りになっており周囲に該当するデータはない。

 ダンジョン内なのは間違いがないが、少なくともデータのある 36階層より下の階層だと思われる。

 

 そして、最も重要なこと―――それは食料の問題だった。

 食料はルーちゃんの空間収納に収められており、僕たちは食料の類いを一切持ってなかったのだ。飲み水なら魔法で作り出すことは可能だが、食料はどうにもならない。ルーちゃんたちも今頃は僕たちを探しているだろうし(そう思いたい)救難信号を発したとして、果たしていつ合流できるだろうか? 半日、一日、二日? どれくらい掛かるのか見当がつかない。


 薄暗いダンジョンの一室、ここがどこだか知らないけど “ 座して死を待つより出でて活路を見出さん” 昔の中国の偉い軍師さんの言葉だ。

 山で遭難したときは沢を下ったりむやみに動き回るのは愚策とされているが、残念ながらここは山ではなく、人が誰も立ち入ったことのない前人未到のダンジョンの奥底なのである。

 救助を待ったとしていつ来るのか、そもそも救助が可能なのかも不明な地。


 それならばと行動を開始しようとしたものの、通路はいきなり分岐していた。

 どっちに行くのが正解なのか。

 一本道の迷宮ラビリンス型なら片方は上層へ、もう片方は下層へと向かっているはず。この選択肢を間違えると大変なことになる。


「美耶華さんどっちだと思う?」


「うう~ん。こっちのような。あっ、やっぱりこっちのような」


 ですよね~ どっちが正解なんて僕にもわからない。

 生死を分ける選択しだと美耶華さんもわかっているのだろう。

 ならそんな重要な選択を女性に求めるわけにはいかない。

 上層へと繋がる正解の道なら問題ないが、もし不正解だったらこのお姉さんはどう反応するのだろうか? 凄く居た堪れない気持ちになるはずだ。

 そんな気持ちにさせるくらいならその役は僕が引き受けよう。もし間違えても僕の責任なんだから、悪いのは全て僕ということで片付けられる。


「「ならこっちで」」


 それはほぼ同時だった。

 互いに思いやっての結果が同じだったことについて二人は笑い合った。

 満面の笑みを浮かべ、体を密着させるように腕を絡ませてくる。


「さ、行きましょう」


 腕に押し付けられる柔らかな感触。そして、ほのかに香るいい匂い。

 少し照れくさそうに髪の毛を弄る美耶華さんを見て僕は「ああ」と頷いた。


 


 薄暗い通路を腕を組んで歩く二人。

 二人の足音だけが静寂の空間を支配している。

 緊張する……何でダンジョンで恋人みたいに歩いてんの?

 しかも相手は10歳年上の女性だよ。

 男性探索者の憧れの 6英雄の ‟みやりん” だよ。

 何だよこのシチュエーション。

 ―――最高じゃないか!


「あれ?」


 しばらく通路を歩いた所だった。この先の通路がまた分岐している。

 それはつまり一本道の迷宮ラビリンス型ではないことを示していた。


 この渋谷ダンジョンのこれまでの法則でいうと 10階層ごとにタイプが設定されてきたはずだ。庭園タイプに迷宮タイプ。

 隠し通路がない限り、31階層~40階層は迷宮型で分岐のない一本道のはず。

 にもかかわらず分岐路があるということは……もしかしてそれらよりも更に奥の階層なのでは?


 そして、運の悪いことにどうやら恋人ごっこも終わりを告げる時がきた。

 お客さんだ―――それもとってもガラの悪そうなお客さん。

 できれば関わりたくない存在……モンスターだ。


 

「うおりゃあぁぁぁっ!(要約:邪魔すんじゃねえ!)」

 

 殺到する異形のモンスターの集団に八つ当たりするように斬り込んで行ったのは正宗だった。

 彼の黒刀が光るたびに幾つものモンスターの首が宙に舞い、首のないモンスターは綺麗に二枚におろされていた。

 美耶華も苦戦を強いられているものの、一対一なら何とかこの階層のモンスターと渡り合えていた。

 その間にまるで手品のようにモンスターの首がポンポンと飛び消えていくのだから、もう美耶華は笑うしかなかった。


 モンスターの集団を殲滅し終えた正宗たち。動物型のモンスターも混じってたし、ひょっとしたら食料となる肉類でもドロップしてないかと淡い期待を膨らませていたものの結果は―――残念なものだった。


「こんチクショー! 全部石じゃん。綺麗な宝石みたいな石だけど、今欲しいのは食い物なんだよ! 肉! 肉よこせ~! こら~!」


 僕の心からの叫びがダンジョンに響き渡る。



(クスクス。面白いねキミ)


 この声は精霊さん? 

 精霊さんなら出口の方向、いや食料になりそうな物の在りかを知っているかも。

 

(こっちこっち)


 僕の考えていることを読み取ったかのように精霊さんが囁いてくる。


「美耶華さん、精霊さんがこっちだって」


「正宗君……そう、そうなのね」


 あっ……これは、この目はアレだよね。

 何か哀れな者を見る目……って、信じてくれないの?

 そりゃあ精霊さんの声聞こえるの僕だけらしいから仕方がないけど、信じてくれないのはちょっと悲しい。


(クスクス。ドンマイキミ)


 くっ! 精霊さんまで……。

 いいですよ~だ。どうせ僕なんてボッチの陰キャですから。

 こんな扱いも慣れてますよ~だ。

 はたから見たら何もない空間と話をする痛い人ですよ~だ。




「とにかくこっちなのね」


「はい。そっちでお願いします」


 その後も幾つかの分岐と戦闘をこなし、精霊さんに導かれ辿り着いた先。


 そこにあった物―――それは。


「これどう見てもアレよね」


「アレですね。あはははは……」


 もうね。苦笑いするしかない。

 ここまでに何度も見てきた豪華な両開きの大扉がそこにあった。


(こっちこっち)


 精霊さん? 扉に目を奪われていたがどうやらまだ先があるようだった。


「美耶華さん。目的地はその扉じゃなくその先にあるようです」


「そうなの? まあここまで来たら信じましょう」


 通路の先、そこで石レンガ壁に蔓を這わす謎の植物を発見した。

 まず目についたのは、トゲトゲのあるテニスボールサイズの球状の実が二つ、そこにぶら下がる赤い茄子のような謎の実がなっていた。

 

「……植物の実なんだろうけど。これはちょっと……遠慮したいかな」


「形といい大きさといい、どう見てもディルドにしか見えないわね」


「美耶華さん……そんなストレートに言わなくても」


「だってどう見てもそうじゃない。正宗君はこれが桃にでも見えるの?」


「ごめんなさい」


「わかればよろしい。で、どうする?」


 どうするって言われても……ねえ。

 ダンジョン産の謎植物だし、どうしたものか。

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