第25話 渋谷ダンジョン④

 大広間にて各自睡眠を取る。


 モンスターが湧くダンジョンで野宿するのは初めての経験だった。

 いつ襲われるかわからない状況。警戒しながら休むというのがいかに辛いか。

 その点でいうと、この広間は都合がいい。

 モンスターが湧かないという利点は大きい。


 ルーちゃんや先輩探索者のお姉さん方には、眠くなくとも目を瞑っていろとアドバイスされた。そうしないと体内リズムに乱れが生じて、パフォーマンスにも大きな影響をもたらすことになるらしい。

 それは理解している。―――が、この状況で寝れるほど僕のメンタルは強くない。



 僕の傍らには、警戒心の欠片もなく気持ちよさそうに眠るケモミミ少女。まあ、この少女はいつものことだから仕方がないと割り切ろう。

 だがしかし! 問題はその反対側、僕の傍らで寄り添うように眠る幼馴染。


 戦闘の連続と謎の階層主降臨で神経を酷使して疲れたのだろう。

 横目でその幼馴染の少女を見ると……なぜか、不覚にも少し……可愛いと思ってしまった。

 もとより素材はいいのは確かなんだよな。胸とか胸とか胸とか……余計なお節介や憎まれ口がなければ良いのにと、つくづく思う今日この頃。


 スヤスヤと眠る幼馴染……昔はよくこうして寝ていたらしい。あまり覚えていないが……幼稚園とかそれぐらいの頃の話だからな。大きくなってからそんなことしてたら大問題だ。

 こいつはどう思って僕の横で寝ているのだろう?

 男として見られていないのか? それとも幼馴染だから安心できるのか。

 

 なんか……モヤモヤする。

 このお節介女……安心したように眠りやがってくそ! 

 

 僕の悪戯心に火がつく。

 ほっぺたをツンツンしてみる……起きたら怒られそうだが、どうしても好奇心が勝ってしまう。

 スベスベの肌、気持ちのいい触り心地。……ぷるっとした唇。

 ドキドキ。


 おっといかんいかん。これ以上は不味い。

 バレたらそれこそ殺されてしまう。


「んんっ……正宗の……えっち」


 ヒッ! ごめんなさい。

 …………

 何だ寝言か……驚かせやがって、心臓が止まるかと思った。

 こいつはいったいどんな夢見てんだ? 夢の中で僕は何をしてるんだ?

 ………えっちって。


 ふうぅ、やっぱり悪戯は良くないな。

 よし寝よう。

 

 だが………寝れるのこれ?





  ◇


 辺りが騒がしい。


 どうやらいつの間にか寝入っていたようだ。

 何だかんだで疲労が溜まっていたのかもしれない。


 先発隊はもう出発の準備を済ませ、これから出発するようだ。

 それで騒がしくなっていたのか。


「おはよう正宗」


「おはよう」


 変なやつだなぁ? 朝から嬉しそうにしやがって。

 あんなに怒っていたのが嘘のように笑顔じゃねえか。

 それに……寝顔に悪戯した後ろめたさもある。

 バレてないよな? もしバレたら殺されるだろうし……今僕が五体満足なのはバレていないという証拠だよな? うん。きっとそうだ。そうに違いない。




「ご主人様、ユウリ姉ちゃんから伝言。くれぐれもゆっくりついて来いだって」


 先発隊の見送りを済ませ、トテトテとやってきたのはルーちゃん。

 ニャールズのメンバーとは随分と仲良くなったようで、わざわざ伝言を言付かってきたらしい。ルーちゃんのいうユウリ姉ちゃんというのは、そのニャールズのリーダーの悠里さんの名前でなのだが……いや、何も言うまい。下手な事口走ると地雷を踏みかねない。


「くれぐれもゆっくりって、なんだそれ?」


「休息前に先発隊を出し抜いてやらかしたからじゃない」


「……やらかしたって、承諾は得て先行したのに理不尽だ」


「うん。まあ、そうなんだけどさ。先輩方にもプライドやメンツもあるし、そこは理解してあげてね。一応は……ね?」


「一応ね。……でも、穂香もノリノリだったじゃん。今回も何だかんだで追いつくと思うよ。絶対にさ」


 3人で話しているところに割り込んでくる人物がいる。

 6英雄の森口さんみやりん湊さんましろんだ。


「ハイハイそこまでよ。あなたたちほっとくと、またサクサク進みそうだし注意しとくわ。くれぐれも3人で先行しないこと。特に正宗君は17層は要注意よ」


「17層? なんで僕だけ要注意なんです?」


「ふっふ~ 17層にはね。ある場所があるのよ」


「ある場所? その場所と僕がどう関係あるんですか?」


「それはね。ひ・み・つ。行ってからのお楽しみよ。でも、くれぐれも自重してね。でないとまた穂香ちゃんに怒られるわよ。クスクス」


「わ、私っ⁉」


「ん~ 穂香ちゃんには特別に教えてあげる。それはね―――――」


 ………なんだよ。この疎外感。

 僕だけ除け者ですか……どうせ僕はボッチですし……いいですよ~だ。ぐすん。




 

 穂香の電撃激おこお説教事件以来、僕にべたべたしてくる先輩探索者のお姉さんはいなく……少なくなった。それを喜んで良いのか悲しんで良いのかわからない。


「ほ~ら、いつまでしょげてるの? 暇ならあんたも鍛錬に付き合いなさい!」


「はっ⁉ 鍛錬?」


 森口さんみやりんはそんな数少ない人である。

 ――が、この人何言ってんの?

 この人はおっぱいがしゃべっているのだろうか。

 いつも胸元開いて……胸に脳みそが詰まってるんじゃなかろうか。

 ……いいけどさ。


「そうよ。文句あるの? 時間はあるし~ 学校でもやってたじゃない」


「でも、ここダンジョンですよ?」


「だから何? 私昨日誰かさんのせいで全然モンスター斬ってないのよね~。 感が鈍るといざという時に困るのよね~」


 うぐっ! それを言われると辛い。

 一流の剣士である彼女からしたら不満かもしれないが、所詮は低レベルモンスター相手に 6英雄様のお手を煩わせるのも何だし……。


「穂香ちゃんのこと気になる? 安心して穂香ちゃんも一緒に鍛錬するから」


 何でそうなる? 問題そこなの?

 まあいいか。鍛錬そのものは嫌いじゃない。むしろ好きかもしれない。

 わざと下ろした胸元のジッパー……谷間がえぐいっす。

 

 動くたびに揺れる双丘……僕がこの魅惑に勝てる日が来るのだろうか?

 否。勝てるわけがない。

 ああっ、僕はその谷間に流れる汗になりたい。




  ◇


 渋谷ダンジョンの 11層はこれまでと同じような造りになっていた。

 違うのは、殺意のある罠が増えたりモンスターが手強くなったりと、10階層に比べて難易度が高くなっている。

 下の階層に行くにつれその傾向は高くなり、全貌を掴めていないこのダンジョンには未知の領域が広がっている。

 できるだけ先発隊がモンスターを減らし、未知の階層……本番となる31階層以降が僕らの出番になるはず。


 なので僕たち 3人は後発隊の後尾にいるのだが……やっぱり暇だ。

 戦闘に参加しようとすると止められるし、つまんない。

 後発隊も苦戦するようなモンスターも出ない限り僕たちの出番はなさそうだ。




 途中で休憩を挟みつつ辿り着いた第17層。これまでと同様、城塞迷宮なのは変わりないが水の流れる音が聞こえてくる。


 そう、この 17層は迷宮内に水路があったのだ。


「あっ! 来たきた。本当にゆっくり来たね。近隣のモンスターは排除してあるから安心して使っていいよ。私たちはもう出発するから」


 先発隊はここで休憩を取っていたようだが、入れ違いで出発するようだった。


「使う? ここで休憩するんですか?」


「何言ってんの? 当たり前じゃない」


 さも当然のような態度をとる森口さんみやりん


「じゃあね正宗君。覗くチャンスよ。だから頑張ってね~」


「???」


「こらっ! さっさと行けっての」


「ハイハイ。じゃあね。20層で待ってるわ」


 小悪魔のような笑顔を見せるお姉さんと、それを追い立てる森口さんみやりん


 覗くチャンスって?

 それにさっきの先発隊のお姉さん。凄くいい匂いしてた。

 目の前には綺麗な水の流れる水路があり、ここはかなり浅そうだ。

 それは……すなわち。

 …………

 ………


「正宗、いつまでそこにいるつもりなの?」


「へっ⁉」


「へ⁉ じゃないわよ! 私たちここで水浴びするから、あんたは周囲の警戒してて! ここには猿のモンスター湧くみたいだけど正宗なら1人でも大丈夫でしょ?」


「正宗君は一緒に入りたいのよね~」


「なっ! 駄目に決まってるでしょ!。いい? 覗いたら殺すわよ。マジで!」


「ハイ! わかっております。では僕は周囲の索敵任務に当たります」


「うん。本当に覗いちゃだめだからね。絶対だよ……」


 穂香……なぜそこまで必死になる? それともフリなの? 覗けってこと?


「言っとくけど、見張りはいるから覗こうとしても無理だから。私個人的には一緒に入ってあげても全然良いんだけど。怖~い子がいるからごめんね」


 そんなことを言う森口さんみやりん。その横には怖い顔で睨む幼馴染の姿が……これはどう判断するべきなのか?

 とりあえずはこの場を離れるか。

 それから考えよう。

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