第32話 遭遇⑤

「何だいあんたたち? どっから湧いた?」

「こんなところで馬鹿みたいなコスプレして頭おかしんじゃない」


「ダメだ! 下って!」


 道を塞ぐように現れた変態さんに美耶華さんたちが絡もうとする。

 それを即座に制して、愛刀を構えたのは正宗だった。


「正宗君?」


 彼は知っていた。目の前の変態はただの変態ではない。

 学校横の岳並神社ダンジョンで神楽さんを襲撃した変態だ。

 その変態がなぜこのダンジョンにいるのかは不明だが、自分たちの行く手を阻む敵だと認識したのだ。


「センドウマサムネ、イワムラホノカ だったかしら? 悪いけどもここで死んでもらうよ!」


「なんだと! たった 3人でこの人数と戦おうってのか?」


「はっ! 雑魚が何人いようと変わらんのさね。ほら、お前たちやっておしまい!」



 変態のリーダーとおぼしき痴女の言葉とともに現れたのは、少年たちが今まで見たこともないような異形の者たち。

 2mを超す筋肉質の大男、いや男ではない。不気味な山羊の頭と赤黒い肌を巨漢。

 それは神話とかに出てくる悪魔そのもの。

 その悪魔が 3体、狭い通路を塞ぐような形で現れたのだった。


「なっ! 何だこいつら?」


「気をつけるのだ。こいつらはレッサーデーモン。魔法を使ってくるのだ!」


「デーモン⁉ 皆急いで撤退して!」


 攻略戦のリーダーである湊は、即座に目の前の異形のモンスターの危険性を理解し、撤退を決断した。

 数々のダンジョンに挑み、人類初のダンジョン攻略を成し遂げた彼女ですら遭遇したことのない強敵。同じパーティーメンバーの5人と驚異的な力を持つ高校生の二人、そして底の知れない可愛らしい少女以外のABランクの探索者では相手にならない可能性がある。下手すれば全滅もあり得ると……それだけは避けなければならないと理解したのだ。


 

 だが、現実は無情だった。


「ああぁぁぁぁぁァァァァァ……」


 悪魔の姿を見た後方の者たちは、その恐ろしさで怯え動けなくなっていた。

 恐ろしさだけではない。

 胸を押さえ苦しみ出す者もいる。


「イケない! 闇の波動にやられているのだ。意識をしっかり持つのだ!」


 弱き者は悪魔の気にあてられ、正常な判断ができなくなる。

 だが、悪魔と初めて遭遇した彼女らには知らぬことだったのだ。

 

 この場で動けるのは、少数の人物のみ。

 その者たちですら、表情が歪む。

 

 これが悪魔の力。だがしかし、この悪魔ですら下級悪魔レッサーデーモンなのだという。

 

 その下級悪魔たちの手に大量の魔力が集まり火球が生み出される。


「させるかぁぁぁ!」


 正宗はその攻撃を止めさせようと下級悪魔に斬りかかる。

 鋭い斬撃は下級悪魔の腕と上半身を斬り裂く。

 だが、下級悪魔の生命力は高く、それぐらいでは絶滅しなかった。


 その間に放たれる火球。

 放たれた火球は 4発。

 そのうちの 2発は穂香とケモミミ少女が防いだものの、残り 2発は探索者の集団へと襲い掛かり爆発が起こる。


 とっさに防御態勢を取った湊は、酷い惨状を目の当たりにする。

 なんとかしないと、このままでは本当に全滅する。

 

「まだよ! 萬代は負傷者を下がらせて、ここは私たちがくい止める」


 絶望的状況の中で現状を打開しようとする者がいる。

 火球を自力で防いだ二人はもちろん、Sランクの探索者も立ち上がり下級悪魔へと立ち向かっていた。




「おっと、邪魔すんじゃねえ。お前たちの相手は俺らだ!」


 下級悪魔の1体を倒した正宗にパンイチ変態男が襲い掛かる。


「この前の続きと行こうぜ! 少年!」


「邪魔すんな変態!」


 正宗と対峙するのは変態男、幼馴染の少年をフォローしようとした少女に太目の男がその行く手を阻む。そして、ケモミミ少女には鞭を手にした痴女が、美耶華たちが下級悪魔とそれぞれ対峙していた。


 

 その場で戦う者たちにとって予期せぬ出来事が起こった。

 石レンガでできた狭い通路の壁が広がりを始めて広間へと変貌したのだ。

 これには相手のリーダーたつ痴女も驚きを隠せなかった。


「何だいこれは? まさかダンジョンの意思なのかい?」


 ダンジョンの意思とはどういうことなのか? だが、そんなことを教えてくれる訳もなく戦闘は激化していく。




「前より腕を上げたようだな少年!」


 パンイチ変態男が語りながらパンチを繰り出す。


「お前たちはいったい何者だ! なぜこんなことをする」


 信じられないことに変態男は、素手で真剣の刃と打ち合っていた。


「それを教えるとでも?」


「だろうね。なら、力尽くで聞くまでだ!」


「面白いぞ! いいだろう。俺様を倒せたら教えてやろうじゃねえか!」


 サングラスを掛けた変態が笑みをこぼす。

 連続攻撃を躱したところに、振り下ろされる黒く逞しい腕。

 危険を察知した正宗はバックステップで回避する。

 振り下ろされた黒い腕が、地面にクレーターを作り上げる。


「この化物め!」

 

 磨き抜かれた鋼の肉体、研ぎ澄まされた技術、それらを裏付ける魔力……この男は身なりはアレだが相当強い。

 振るう刀をこれほど重く感じたことは初めてのことだった。

 幾度となく稽古でボロボロになり重く感じたことはある……だがここまで重く感じたことは初めてのことだった。

 

 それは、自身でもわかるほど太刀筋が乱れていた。

 息が上がる。だが、ここで負けるわけにはいかない。


 向かい合う正宗と変態男。刀と拳を構えながら、互いに出方をうかがっている。

 変態男の姿が闇へと溶け込むように搔き消える。


 来た。――右か?――左か? それとも裏の裏をかいて正面から?

 そう感じた時に構える刀の下、虚空から拳が飛んできた。

 それを腹でもろに受けてしまう。


 凄まじい衝撃だった。内臓が破裂しそうだ。


 熱い痛みを堪えて刀を振り下ろす。

 だが、当然のように刀は空を切った。

 変態男の勝ち誇った笑みが眼前にある。


「まだだぁぁ! 十六夜一刀流  弧月雷撃斬!」


 振り下ろした刃を返しての下段からの突き上げ。

 人知を超えた神速の斬撃が変態男の鋼の筋肉を斬り裂いた。

 

「ぐ……はっ」


 変態男が吐血して地面へと倒れる。


「へっ……ざまあみろ僕の……勝利だ……」


 変態男が倒れ勝利を確信した正宗もまた、斬り上げた柄から手を放すことなくその場で崩れ落ちた。



  ◇


「獣人族の娘がこんな所にいるとはねえ、どうなってるんだい?」


 痴女がケモミミ少女を睨みながら茨の付いた鞭を振るう。その攻撃をケモミミ少女は華麗に避けながら反撃のチャンスを狙っていた。


「ぼくのことをなんで知ってる? それにその力はまさか魔族?」


「ご名答。その通りさね、お嬢ちゃんんこそどうしてこの世界に? 仲間は他にも居るのかい?」


「ぼくは、女神様から呼ばれてこの世界にやってきたのだ。勇者としてご主人様たちを導き世界を救えって言われたのだ」


「ほう。勇者ときたかい……それはまた面白い」




「――― 十六夜一刀流  弧月雷撃斬!」


 隣の戦場で闘気と魔力が一瞬膨れ上がる。

 少女はこの魔力の持つ主を知っている―――見ると少女の主である少年が変態男を倒したようだ。

 だが次の瞬間―――少年も力尽き崩れ落ちた。



「なんだと……馬鹿な……」


 同じくして隣の戦場を見ていた痴女が驚愕の声を上げる。


「心配しなくてもおばさんも同じ運命たどることになるのだ」


「お、おばっさん⁉ 言ってくれたねえ獣臭い小娘が!」


 その直後、鋭い鞭が少女のいた空間を根こそぎ薙ぎ払った。

 少女は辛うじてその攻撃を防ぐも傷つき吹き飛ばされてしまう。


 

 異変が生じたのはそんな折だった。少女の主が黒き闇に包まれ、その闇が広がるように黒い穴が出現して少女の主を飲み込んでいく。


「正宗!」


 太目の変態男と交戦中の穂香も異常を察知して助けようとするが、太目の変態男に邪魔されて助けに入ることができないでいた。


「邪魔しないで! 正宗が! 正宗が!」


 黒い穴は正宗を完全に飲み込むと、その穴は縮むように小さくなっていく。


「正宗! ―――え?」


 穴が消える寸前に誰かがその穴に飛び込むのが見えた。


 その直後に黒い穴は消え去った。


 穴の消えた地面は石畳に戻り、少年の気配が完全に消えていた。


「正宗ぇぇぇぇぇぇ!」


 穂香の悲痛な叫び声が広い空間に響き渡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る