第15話 新・探索者①

 平穏なはずの学校のお昼休み。


 だが、僕のクラスは不穏な空気に包まれていた。


「穂香さん……恋人であるわたくしたちのお邪魔をしないでいただけますか?」


「あらごめんなさい。正宗のご両親から面倒見てくれと直接頼まれてますので」


「ほほほほほ。そうでしたか、でもこれからはわたくしが正宗様のお世話を致しますので結構ですわよ」


 不穏な空気の正体……それは、クラスのアイドル二人が僕を挟んでバチバチとやり合っているからに他ならない。

 二人とも顔は笑っているが目が笑っていない……それに棘のある言い回し。

 こええぇぇぇぇ……。

 これは誰も割り込める雰囲気ではない。


「料理も洗濯もできないお嬢様がどうお世話するのかしらね? それよりも、正宗お弁当食べましょう」


「あ、ああ……」


 僕のお弁当は、穂香や穂香のお母さんが用意してくれたやつである。

 確かになんの変哲もないただのお弁当なのだが、僕はこのお弁当が好きだった。

 前日の残り物やレンチン物もあるが、食べ盛りの高校生の好きなオカズが散りばめられている。

 毎日、今日のオカズは何かな~と、ドキドキしながら蓋を開けるのが楽しみであるった。ちなみに今日は……おおっ! 僕の好きな唐揚げとハンバーグ。

 僕はこのお弁当を食べるためだけに学校に来て、嫌いな授業を受けているといっても過言ではないのだ。


「あらぁ。そんななんの変哲もないお弁当より、我が家のお抱えシェフの作ったサンドイッチは如何ですか正宗様?」


 神楽さんが取り出してきたのは、豪華そうなバスケット。

 僕は昨日の夜に食べた肉料理の味を思い出した。

 あれは美味しかった……そのシェフの作ったサンドイッチって。


 クラスの視線が集中する中、神楽さんがバスケットの蓋を開ける。

 そして―――「おおおぉぉぉ!」と歓声が上がった。

 

 ボリューム満点、肉厚の美しい赤身肉……これ? ビーフカツサンドってやつ? これだけで、ん千円もしそうなサンドイッチ。それだけでなく色鮮やかなミックスサンドやたまごサンド、美味しそうなフルーツサンドもある。

 これは凄い! どれもグルメ番組に出てきそうなサンドイッチだ。


「さあ、正宗様お召し上がりませ」


「そんな高級食材使った物なんて美味しくて当たり前じゃない。でも残念でした。正宗の好物はこっっちよね? そうでしょ正宗」


「あ、ああ……」


 穂香の言った通りである。確かに神楽さんのサンドイッチは美味しそうである。

 専門店の絶品サンドイッチにも引けを取らないだろうし、食べれば美味しいのは間違いがない。

 だが、美味しいもの=好物ではない。


 プロの作った一流料理は確かに美味い。でも飽きやすい。

 その点、おふくろの味(※穂香の家庭の味です)は同じ物のように見えても飽きさせない工夫がされていている。

 唐揚げでも、特売で買ってきたいつもと違う醤油、産地の違う鶏肉、新商品の唐揚げ粉など同じようで違う。


 しかしだ……目の前の高級サンドも捨てがたい。

 飽きるほど食べられるほど裕福な生活してないもんね。


「正宗様…」「正宗…」


 二人の視線と、クラスメイトの視線が僕に集中する。

 

 ……食べ辛い。

 なんで、お昼ご飯食べるのにこんなに気遣いしなきゃならないの?




 僕の食べたいもの―――それは!

 

 やっぱりゴージャスなビーフカツサンド! この圧倒的肉厚感にはかないません。


 僕がサンドイッチを取ったことで、穂香が「あっ」と小さな声を漏らす。

 切ない顔をする穂香、まったくしょうがないなぁ。


 サンドイッチを持ったまま、僕はもう片方の手でお弁当の唐揚げを箸で摘まみ口へと運ぶ。

 お弁当のお約束、レンジでチンするだけの冷凍の唐揚げ。

 素朴な味だけど冷めても美味しい定番タイプ。


 穂香の顔に笑顔が戻った。これで文句ないだろ。

 筋は通したと勝手に思いこみ、その手に持つビーフカツサンドにかぶりついた。

 濃厚なデミグラスソース、ほぼレア状態の赤みをさした牛肉。口の中でコミカルな牛さんが踊っている……まさにそんな味。うまあぁぁぁぁぁ!


 これは美味い! 口の中に広がる濃厚な味。

 だけどこれは味が濃すぎるな。


「はい。正宗」


 僕の表情を読み取ったかのように、穂香がお茶を差し出してくれた。

 僕は「ありがと」と軽く返事をした。


「正宗様、次はこちらを」


 少しむっとした神楽さんが別のサンドイッチを進めてくる。


「正宗はこっちよね~? はい、たまご焼き。それとも、あ~んしてほしい?」


「へ?」


 穂香が……あの穂香が『あ~ん』だと? それは伝説の恋人がする究極プレイじゃないか? なに考えてんだコイツ?


「むっ! そういうのは恋人であるわたくしがしてあげますわ。ささ、正宗様」


「え、え~と……二人とも落ち着いて、自分で食べるから」


 だから僕を挟んでそういうのやめてもらえませんかねえ……。



 

「なんて羨ましいやつ」

「僕も穂香ちゃんのたまご焼きたべたい」

「きゃ~! 修羅場よ修羅場!」

「仙道許すまじ!」

「仙道死ね! マジ死ね! 今すぐ死ね!」


 おいコラ! 外野うるさいぞ。イジメですか? イジメですよね? しかも呪詛のようなものまで聞こえたぞ……誰だよ。こえぇぇよ。



 結局二人の用意したお弁当とサンドイッチ。

 拒否することは許されず……無理やり完食させられました。

 僕を太らせる気ですか? もう動けません。

 

 いがみ合う二人の美少女。

 平穏なお昼休みはいずこに消えたのやら……。




  ◇


 そして、放課後。


 穂香と神楽さんによる男子高校生の拉致。

 


 

 僕の両サイドからそれぞれ腕を組み、連行されていったのは実習室。

 そこで僕に厄災が降りかかった。


「さあ、正宗様お勉強のお時間ですわよ」

「観念なさい」


 あれほど仲の悪かった二人が一致団結してるだと?

 なんで? これは試練ですか?

 

「あのう……勉強は家に帰ってからでも」


「駄目です!」

「正宗あんた家でゲームばかりしてるでしょう?」


「ソンナコトナイヨ」


「嘘おっしゃい。ルーちゃんから聞いてるわよ」

「正宗様……諦めて勉強しましょう。ね」


「………」


 あかん。これは絶体絶命のピンチだ。

 誰か助けて! 助けて神様! 女神様!

 僕は神殿で邂逅した女神様を思い浮かべ祈った。


 …………神様? 返事してください。


「正宗様? さあ観念して、まずは中学の復習から始めましょうか」


 Oh my god……そこに神様はいなかった。

 その代わりにモニターに映し出される過去問題集。


 恐るおそる横に座る穂香の顔を覗く。


 穂香はこくんと頷く。








「これは予想以上に難敵ですわね……」

「正宗……これ前に教えたわよね? なんでできないのよ」


 酷い言われようだが反論できないのが悲しい。

 だって、勉強嫌いだし。

 ゲームの方が楽しいし。

 探索者なら勉強しなくたって生きていけるじゃん。


「いくらこの学校が探索者の養成学校だからって怠けすぎじゃない」

「正宗様の今の成績では、わたくしがお爺様に叱られてしまいます。ですので、わたくしがみっちり教えてあげますわ」


「謹んでお断りいたしま―――って、穂香なにすんだよ!」


「それはこっちのセリフよ。こんな可愛い美少女二人が勉強教えてあげようってのに文句いうな。それとも、また叩かれたい?」


「……わ、わかったから……その手は引っ込めような」


「ふん、わかればよろしい」


 くっ! この暴力女め! 覚えてろよ。

 まて、なんだよそんな顔して。熱でもあるのか?


 ―――って、なんでそこで腕組んでくる? 

 腕に柔らかい中華まんの感触が……穂香いったいどうした?


「わからないとこ教えてあげるから、がんばろ? 正宗はホントはデキる子だってしってるんだからね。私と正宗……いったい何年一緒にいたと思ってるの?」


「穂香さん、ズルいです! 正宗様にはわたくしが勉強を教えてあげますから。それともご褒美をご所望かしら?」


「ちょっ! 二人とも……」


 穂香が胸を押し付け、神楽さんはスカートの裾をたくし上げ、その悩ましい太ももを僕に見せつけてくる。


 二人は僕の為を思って勉強を教えてくれようとしている。

 ご褒美で釣って勉強させようとしているのもわかる。

 だからって……この状況で勉強ができるかあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!

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