#11『決着』

「てめえはこれを見ても、まだ生意気な口を利けるのかァッ――!!」


 そう言って男が取り出したものは……拳銃だった。

 その銃口が、私の方へと向く。


 ……確かに、予想外だった。

 まさか拳銃なんてものが出てくるとは。

 この日本という銃が厳格に規制された国において、銃を再び拝む日が来るとは思っていなかったからだ。

 だが……。


「ほら、分かったか! 分かったら今すぐそいつから降りて、地面にひざまづいて両手を挙げろ!!」


「……フフ」


「何がおかしい!?」


 確かに拳銃が出てきたことには驚いた。

 だが……それだけだ。


 私にとっては、拳銃などさほど脅威ではなかった。

 なぜなら……それは、私には当たらないからだ。


「……何かと思えば、そんなものか。そんなチャチなオモチャが、私に当たると思っているの?」


「これはオモチャなんかじゃねえ!! 本物だ!! 早く言う通りにしねえと、撃っちまうぞ!!」


「そう……なら、早く撃ったらどう?」


 私は、男を挑発した。

 挑発すれば、男はきっと拳銃の引き金を引くだろう。だが……それで問題ない。


「舐めやがってえッ――!!」


 男は引き金に指をかけて力を込めた。引き金は込められた力によって徐々に沈んでゆく。

 そして。


 パン――、と。


 乾いた音が、部屋中に鳴り響いていた。


「な……に……?」


 引き金を引き終えた男が、目を丸くする。

 銃弾は、確かに発射された。

 だが……私の身体には当たらなかった。当たらぬまま、私の背後の壁に弾痕を作っていた。


「畜生、どういうことだ!?」


「……終わりか? では、そろそろ私の番だな」


 私はそう宣言すると、そこから駆け出し、一気に男の側まで距離を詰める。


「このっ……このっ……!!」


 更に男は私へと引き金を引く。だがそれのどれもが、私の身体を掠めることはなかった。


 ――当たるはずがない。

 私は……銃弾を避けることができるからだ。

 銃弾は、敵の視線と手首の角度によって、おおよその弾道を予測することができる。あとは、その弾道上から身体を逸らせば良いだけだ。

 無論、こんな芸当をするためには知識と経験が必要だ。だが、幸いなことに私には前世の記憶が存在していたし――何より、敵が素人過ぎた。


 おそらく銃を握ること自体がほとんど初めてで、ろくに訓練などを積んだことはないのだろう。視線も丸わかりだし、エイムも滅茶苦茶だ。

 そんな奴の放った銃弾が、私に当たるはずがなかった。


 私は銃弾の雨を掻い潜りつつ、男の懐へと飛び込む。

 そして男の持っている拳銃を、左足で空中へと蹴り上げた。


「あっ――」


 宙を舞う拳銃。

 男が拳銃に気を取られた隙に、私は続けざまに右足で後ろ回し蹴りを放つ。


「うぐッ……!」


 見事に決まった私の蹴りは、男の身体を床へと叩きつけていた。

 私は空中を舞う拳銃をキャッチし――そして、その銃口を……倒れ込む男へと向けた。

 顔に恐怖を貼り付けた男に、優しく微笑む。


「……チェックメイト」


「ま、待て……何をするつもりだ……?」


「何って……そんなの決まっているだろう? お前の眉間に、鉛玉をぶち込むだけだ」


「ひいいっ……助けてくれ……!」


「ああ、お前は何も心配しなくて良い。これはお前たちが先に仕掛けたことだ。きっと正当防衛で片付くし……何より、私はまだ子供だ。罪に問われることはないだろう。だからお前は……安心して逝け」


 この男は……私の平穏を脅かした。

 私の最も大切としているものを、こいつは踏み躙ったのだ。

 だから私は、この引き金を引くことに、何の躊躇いも持たなかった。


「さようなら――」


 そして私は、拳銃の引き金に手を掛け――、


「――ん?」


 男は、白目をむいてピクリとも動かなくなっていた。そして男の股間あたりから、広がる黄色い液体。

 ……どうやら、恐怖のあまり小便を漏らしながら失神したらしい。


「ちっ……他愛無い……」


 所詮この男は、ただの小物でしかなかったということだ。

 私は拳銃を下ろし、男のポケットをまさぐりスマートフォンを取り出した。そして、リサに電話を掛ける。

 リサはすぐに私の電話に出た。

 私が事情を話すと、ひどく慌てた様子で、すぐに向かうと言ってくれた。

 電話を切った私は、その場で安堵の息を吐く。


 ……終わったな。何もかも。


 あとは救助を待てば良いだけだ。


「――うぐっ……ぐす……」


 すべてが終わった室内で――誰かの啜り泣く声だけが響き渡っていた。


「……」


 私は黙ったまま、その声のする方に向かった。


 ……私が最初、目を覚ました場所だ。


 そこで、少年がひとり、声を殺すようにして泣いていた。


「悠介……」


 悠介は私が戻ってきたことに気付いたようで、静かに顔を上げた。


「陵華……オレは……」


 悠介の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 無理もない。

 自分の死が目前まで迫った時、それでも理性的に動ける人間はひと握りだからだ。ましてや、それがまだ子供であれば、尚更だ。


 私の胸が、急に苦しくなる。


 それが何故なのか……私には分からない。

 だけど気付けば私は、悠介をそっと抱きしめていた。


「え……?」

 

「もう、大丈夫だから……全部おわったから……」


 突然の抱擁にびっくりして固まる悠介だったが……やがて全てを受け入れるかのように呟いた。


「……うん」


 それから……リサの呼んだ警察が突入してくるまでの数十分の間、私はずっと、彼のことを抱きしめていたのだった。

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