#25『悠介』

 リサさんに連れられて俺がやってきたのは、屋敷のある一室だった。

 非常にシンプルな部屋だ。

 本棚とベッドと、学習机と――いくつかの小物が置かれただけの、無駄のない部屋。

 そして俺は――この部屋が誰の部屋なのかを知っていた。


 この部屋の持ち主は、きっとこの部屋のことをこう言うだろう。


 ――機能性を追求した結果だ、と。


 だが……俺は気付いてしまう。

 机の隅に――かつて瑞季と一緒に集めていたキャラクターグッズを、今も大事そうに飾っていることを。


 この部屋の持ち主は、そういう奴なのだ。

 誰よりも強くて賢くて、ぶっきらぼうで口下手で――それでいて、誰よりも友達思いな奴なのだ。


 窓は開け放たれていて、春の暖かい風が部屋のなかに流れ込んでいた。

 そしてその風を受けながら……佇むひとりの少女。


 その少女と目が合った。

 俺は、彼女の名前を呟く。

 

「陵華……」


 少女――陵華は俺を見て、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい、急に呼び立ててしまって」


「そんなの気にすんなよ。俺とお前の仲だろ?」


「……それも、そうね」


「それで、何の用だよ?」


「少し、話がしたかったの」


 陵華はそう言って目をふせた。

 話がしたいという癖に、それ以上何も言わずに押し黙る。


 陵華はすでに、制服から私服に着替えていた。

 シンプルな服だが、その端々にはどこか女の子らしさも伺える。


「……服の趣味、変わってないんだな」


「え……?」


「確か……機能性を優先した上での最大限のオシャレ、だっけ?」


「……よく覚えてるわね」


「初めて喋ったあの日……泥だらけにしてメチャクチャ落ち込んでたろ? だから覚えてる」


 それまでは遠くで眺めているだけの、お伽噺のような存在だった陵華を……急に身近に感じた出来事だったから、よく覚えてる。


「そういえば、そんなこともあったっけ」


 陵華は記憶の糸を手繰り寄せるように、目を細めた。


「……悠介は、あれからどうしてた?」


「え?」


「私は、色々なことがあったよ。瑞季以外にも、友達が出来た。学校では有名人になった。もっともそれは、私の本意ではなかったけれど。……私の元には、たくさんの人たちが集まってくるようになった」


 そして陵華は、俺の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「だけど、そこには――悠介は居なかったんだ」


◇◇◇


 悠介は、私にとって特別な存在だった。


 別に、そこに他意はない。

 ただ……私が瑞季のことを大切に思っているのと同じくらいに、悠介のことも大切に思っていただけだ。


 あるいはそれは……単なる順番の問題だったのかもしれない。

 例えば、悠介と出会うタイミングが、中等部に編入してからであれば――私にとって悠介は大きな存在たり得ただろうか。

 出会いとは……所詮その程度のものでしかないのかもしれない。


 だが……だからといって、その出会いを否定することは、私には出来なかった。


 離れていても一緒に過ごした過去が無くなるわけではない。だが、距離の隔たりは……過去を加速させるのだ。

 私は、その過去が――目を凝らしても見ることのできない悠久の彼方に消え去ってしまうのが、きっと怖かったんだと思う。


「……リサさんから聞いた。陵華が、俺が居なくなったことを、自分のせいだと思って悩んでたって」


 悠介は、その言葉のひとつひとつを反芻するように言った。

 

「別に陵華のせいじゃないだろ……俺が勝手に居なくなっただけだ」


「でも……」


 私は知っている。幼少期のあの事件が直接の原因とはいかないまでも、その遠因のひとつとなっていることを。


「私が普通の子供じゃないから、迷惑をかけたのは確かだよ」


「確かじゃねぇよ!」


「え……?」

 

「だって……俺は今こうしてここにいるだろ。ひとつも迷惑だなんて思ってない証拠だ」


 悠介は力強い目をしていた。


 ……そうか。

 私はもしかしたら、何も心配する必要はなかったのかもしれない。


「悠介は……強いね」

 

「別に強くねえよ。この前の陵華との勝負だって、ミスさえしなければ……ほとんど陵華の勝ちだった」


「だからあれは……引き分けだって……」


「今回はそういうことにしとく。だけど……いつか絶対、ちゃんと陵華に勝ってやるからな!」


 私はそんな悠介の宣言に面食らってしまう。

 だが……すぐにその姿が可笑しく見えた。


「ふふ……分かった。待ってる」


 それはきっと……あの日交わした約束の延長のようなものだった。


「あ……!」


「ん? どうした?」


「そういえば、付き合いたければ私に勝てとは言ったけど……引き分けの時のことは全然考えてなかったかも」


「別にどうでもよくねーか? そんなこと」


「良くない。そういうことは、きちんと決めておかないと」


「そ、そうか……」


「じゃあ、間を取って、こうしましょう――」


 私は悠介に向かって手を伸ばす。

 これは――悠介と出会ったあの日の、言わば意趣返しのようなものだった。


 ……私には、前世の記憶がある。戦場で傭兵として戦いに明け暮れていた記憶だ。

 だけどそれは――、傭兵の私ではなく、少女の私が大切にしているもの。


「悠介。また、あなたと――友達になってあげる――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元傭兵だけど良家のお嬢様に生まれ変わったので、今度こそ平穏な生活を手に入れようと思います。 京野わんこ @sakura2gawa1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ