#24『再会』

「――いやー、それにしても最高だったねえ、高宮と朱水院さんの勝負」


 放課後……下校するために玄関を目指して廊下を歩いていると、不意に小森がしたり顔でそう言った。


「……なんだよ? なんか文句あんのか?」


「いやいや、滅相もない。むしろ大いに笑わせて貰ったよ。まさかあれだけカッコつけておいて、最後の最後でシュートを外すとは思わなかったからね。ひょっとして高宮って……コメディアンの才能があるんじゃないかな?」


「……けっ」


 ……そう。

 小森の言う通り、俺はあの日……最後のシュートを外した。

 別にわざと外そうとしたとか、そういう意図は全くない。真っ当にゴールを狙って打って、真っ当に外したのだ。


 ……何も言うな。

 ダサ過ぎるということは、俺が1番よく分かっている。


 ちなみにあの俺と陵華の勝負は、いつのまにかドローみたいな扱いになっていた。

 俺は負けで良いって言ったのだが……どうやら陵華がそれでは納得しなかったらしい。

 陵華なりに俺を気遣ってくれたのかもしれないが……。


 だが、噂の広がりっていうのは早いもので……次の日の昼になる頃には、俺はすっかり『千載一遇のチャンスをみすみす逃した悲しきピエロ』という称号をほしいままにしていた。

 ……穴があったら入りたい。


「ま、でも実際……惜しかったね。最後のアレが決まっていれば……今頃、朱水院さんはキミの彼女だったかもしれない」


 俺の彼女……?

 俺はすぐに否定した。


「……ないない。アイツが誰かの恋人になってるところ、想像できるか?」


「……できないね、確かに」


「だろ?」


「でも、今回の一件で分かったんじゃないのかい? 彼女も所詮は人間だ。誰かに勝負で負けることだってあるんだ。……そしてその時が、また高宮である保証はないよ」


「それは……」


「高宮は……彼女の隣にいるのが自分じゃなくても良いのかい?」


「……」


 ……分からない。


 俺は結局、どうしたいのだろう。

 当初の俺はただ、陵華に会いたいだけだった。

 そのためにメチャクチャ勉強してこの学校に入ったし、考えなしに陵華に勝負を仕掛けたりもした。

 だけど確かに……俺はその先のことを全く考えていなかったのだ。


 俺は陵華と再会して……それでどうしたいんだ?


 玄関で上履きから靴に履き替えて外に出ると、


「あ……」


 小森は何かに気付いたかのような間抜けな声を上げた。


「……? どうした?」


「悪い……僕、大事な用事があって急がなくちゃいけないんだった。先に帰るよ」


「あ、おい……!」


 俺の制止も聞かず、小森は小走りで行ってしまった。

 ……一体なんなんだ、アイツは。


「仕方ない……1人で帰るか……」


 俺は顔を上げて歩き出そうとしたところで――、


「……ん?」


 外の異変に気付く。


「あれは……」


 そこに停まっていたのは――明らかに学校には場違いな、黒塗りの高級車。

 そして……その高級車の前に、人がひとり立っていた。


 だが……この学校の生徒じゃない。

 メイド服……とまではいかないが、従者のような服を身に纏った女性。

 俺は、多分……この人のことを知っている。


 やがて女性は、俺のことを見つけ――こう言った。


「……悠介様ですね?」


「は、はぁ……そうですけど……」


「陵華お嬢様が待っております。こちらの車にお乗りください――」


 ◇◇◇


 俺は恐るおそる車の中に乗り込む。


 ……こんな車、乗るのは初めてだ。

 座席の全てが高級感漂う革張りで……こんな車に俺なんかが乗っても良いのだろうかと、少し不安になる。


 女性のほうは、運転席に座っていた。

 

「あの……」


「はい」


「リサさん……ですよね?」


「……はい。お久しぶりですね、悠介様」


 やっぱりそうだ。

 この人は……陵華の専属使用人のリサさんだった。


 会うのは約9年ぶりだったが……びっくりするほど容姿が変わっていない。ほとんど昔見た姿そのままだった。


「あの……陵華は……?」


 陵華は、この車に乗っていなかった。俺とリサさんの2人きりだ。


「お嬢様は、先に屋敷にお戻りになられています。私は……悠介様をお連れするために参りました」


「俺を……?」


「さぁ、急ぎましょう。お嬢様がお待ちです」


「はぁ……」


 俺はリサさんに言われるがまま、後部座席で車に揺られていた。


 ――やがて俺を乗せた車は、ある場所で停車する。


「到着いたしました、悠介様」


 そこは……明らかに見覚えのある場所だった。

 デカい建物に、デカい門。そして視界の端には……俺が陵華と初めて出会ったあの庭が見えた。

 間違いない……陵華の家だ。


 確か、向かい側には、俺の住んでいた家があったはずだが……振り向くとそこには、空き地が広がっているだけだった。


 リサさんは呟いた。


「悠介様が居なくなった後……お嬢様は、悠介様が居なくなったのは自分のせいかもしれないと、ずっと心を痛めておいででした」


 そしてリサさんは、何かのデバイスを操作する。

 すると、屋敷の正門がひとりでに開いた。

 

「さぁ、悠介様……あなたを陵華お嬢様の元へご案内致します。どうぞこちらへ――」

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