#23『一投』

「――じゃ、どっちから始める?」


 瑞季からの問いかけに、先に私が答える。


「私から行く」


 そしてバスケットボールを受け取ると、フリースローラインの前に立ち、すぐさまシュートを打った。

 綺麗な放物線を描いたボールは、リングを掠めることなくその中央に吸い込まれ、ネットのみを揺らす。

 その瞬間、外野から大きな歓声が上がった。


 だが私にとってそれは、当然の結果だった。

 バスケットゴールなどという止まった的にボールを入れることなど――戦場で的確に相手の脳天を撃ち抜くことと比べれば、どうということはなかったからだ。

 その上、こちらも止まったまま狙いを定めて良いのだから……はっきり言って、簡単過ぎる。

 私が外す訳がなかった。


「……さぁ、次はあなたの番ね。どうぞ」


 私は定位置から離れ、男子に場所を譲る。

 彼は緊張した面持ちでゆっくりとサークルの中に入っていった。

 私のシュートフォームを見て、私が外す可能性は限りなく低いということは、彼も嫌というほど分かったことだろう。

 つまり自分は1発でも外せば、その時点で勝つことは絶望的になる。今の彼には……相当なプレッシャーがかかっているはずだ。


 サークルに入った彼は、瑞季からの合図を受け、シュートの体勢に入る。

 そして、全身を使ってシュートを放った。


 ……悪くない動きだ。

 でも……どことなく固い。

 それがプレッシャーによるものであることは、誰の目から見ても明らかだった。


 だが、彼によって放たれたシュートは、私のそれよりも幾分か不安定な軌道を描きながらも、確実にゴールへと向かってゆく。

 やがてボールは、リングを大きく揺らしながらゴールの中へと収まっていた。


「――っしゃあぁッッ!!」


 シュートが決まったのを見届けた彼は、力強い雄叫びを上げる。

 たった1本のシュートでこの喜びよう……はっきり言って、私の敵ではない。

 そのはずなのに――。


 ――彼がその後に見せた、勝ち誇った笑顔が……なぜか私には、ひどく懐かしく見えた。


 なぜだろう……。

 どこか見覚えがあるような……。

 しかし、どこでそれを見たのかは……はっきりとは思い出せなかった。


 その後も、私と彼との一進一退の攻防は続いた。

 難なくシュートを決める私と、危なげないシュートながらも、何とか私に食らいついていく彼。


 そして気付けば――私も彼も5本全てのシュートを決め、勝負は延長戦に突入していた。


 ……別にいくら長引こうと、問題はない。

 私はただ作業的に、シュートを打てば良いだけなのだから。

 しかし、なぜか彼には奇妙な……どこか執念のようなものが感じられた。


 もう何度目かになるシュートを放ち終えた私は、代わりにフリースローラインへと向かう彼とのすれ違いざまに、軽口を叩いてみせた。


「そろそろ外してもいいのよ?」


 彼は半ばムキになって答える。


「へっ……外すかよ……!」


「……どうして、そこまでするの?」


「そこまでって……どういうことだよ?」


 そんなの決まっているだろう。

 男子どもが私に挑んでくる理由。それはいつも決まっている。


「……そんなに私と付き合いたいんだ?」


「ばっ……そんなんじゃねえ!」


 彼は私の言葉を、即座に否定した。

 付き合いたいからじゃない……?


「じゃあ、なんで私と勝負しようと思ったの?」


 私がそう尋ねると、彼は何かを思い出すように……ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……俺……昔、友達がいたんだ」


「友達……?」


「……ああ。そいつは、なんでもできる奴だった。頭も良かったし、走るのも速かった。俺はそいつに何も敵わなかった。だけど俺は……そいつに追い付きたかった。そいつと、肩を並べて歩きたかった」


「……どうして?」


 そんな問いが、ひとりでに……私の口を衝いて出でいた。


 彼はサークルの真ん中に立ち、ボールを放った。

 ボールはまるでスローモーションのようにゆっくりと進みながら、ゴールネットに吸い寄せられてゆく。

 その時間は……時が止まったかのように永遠に思えた。

 

 だが、やがてボールは再び動き出し……ゴールリングを易々と通過する。


 そして、シュートを終えた彼は、私に向かって……少し照れ臭そうに答えた。


「そんなの……友達だからに決まってんだろ?」


 ――その答えを聞いた時。

 私の中ですべてのピースがひとつになったような気がした。


 ……いや、違う。

 本当は……私はすでにその断片的な記憶の答えに、気づいていたのだ。

 ただ……信じられなかっただけで――。


「……ずるいよ」


「え……?」


「何も言わずに、私の目の前からいなくなった癖に……急にまた私の前に現れて……」


「……ごめん」


 私の視界は、どうしてか滲んで見えた。

 私はそのまま、彼と交代する形でフリースローラインの前に立ち、シュートを放つ。


 だが……劣悪な視界の中で放った私のシュートは、先ほどまでとは打って変わって弱々しい軌道を描き――。


 ――がこん。


 次の瞬間、リングに弾かれてしまっていた。


 外した?

 私が……?


 どよめく野次馬。


 そして再び、彼の手にバスケットボールが渡る。


「――これが、俺の最後の一投だ」


「……」


「もしこれが入らなかったら、俺の負けでいい。だけど……もし入れば、俺の勝ちだ」


 精神を統一させるために、深呼吸する。

 そして……彼は――悠介は――。


 ――最後のシュートを放ったのだった。

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