#4『出会い』
瀬尾瑞季との交流は、私の日常を大きく変えた。
瑞季は誰に対しても分け隔てなく接する、いつもクラスの中心にいるような存在だった。
そんな彼女と話しているうちに、私はいつしかクラスの輪に自然に溶け込んでいた。
私ひとりでは、きっとこうはいかなかっただろう。
きっと皆との価値観のギャップに阻まれ、いつまでも1人孤独に学校生活を送ることになっていたはずだ。
あるいは自分から歩み寄ろうという気すら起きなかったかもしれない。
無論、初めはそういった気持ちもあった。所詮お子様である彼らと、私が相容れるはずがなかろうと。
だが今の私は、その考えを改めていた。
彼らにも、彼らなりの人格があるのだ。そしてそれらは当然、尊重されるべきものだ。
私はそれを、瀬尾瑞季という少女から学んだのだった。
私はそれから、クラスメイトたちと少しはコミュニケーションを取るようになった。勿論これも、平穏な生活を送るための努力の一環だ。
平穏な生活を送るためには、知識や身体能力があるだけでは足りない――このことに幼少期の段階で気付けたのは、幸運だったと思う。
彼女たちに混じり、敬遠していた鬼ごっこやかくれんぼ等の遊びににも参加するようになった。
くだらない遊びだと思っていたが……実際に遊んでみるとこれがなかなかどうして面白く、ただの児戯だと侮れない魅力があった。
もっともこれは、私の精神が身体の年齢に引っ張られているのが大きな要因であることは想像に難くなかった。
つまり、身体が幼いために、子供の遊びを楽しいと感じるのだ。
――精神は肉体に依存する。
それは、以前専門書を読もうとして身体が拒否反応を起こしたことからも明らかだった。
とはいえ、知識の習得や肉体の鍛錬は依然として行なっている。
そう言えば一度、瑞季を日課のランニングに誘ったことがあった。
だが瑞季は、喜んで付いてきた癖に、
「はぁ……はぁ……ぜんぜんたのしくないよぉ……」
と苦い表情を浮かべて以降、二度と私の誘いに乗ることはなくなった。
私は一度も苦に感じたことはなかったため、もしかすると一般的な子供と精神構造が全く同じという訳でもないのかもしれない。
この件に関しては、さらに深い考察が必要だろう。
兎に角、そうやって平穏な生活を送るために、私は試行錯誤を重ねながら日々を過ごしていた……そんなある日のことだった。
私は日課のひとつである読書を、家の庭に置いてある木製のチェアに腰掛けながら嗜んでいた。
普段は自分の部屋で読書することが多いのだが、天気のいい日は気分転換にこうして外で読むことがあった。
庭に植えられている木が、丁度よく直射日光を遮ってくれる。日焼けを気にすることなく微風の心地良さだけを享受できるこの場所は、私のお気に入りだったのだ。
その日の私も、お気に入りの服を身に纏い、木漏れ日の下、上機嫌で図書館から借りてきた本を読み進めていた。
外とはいえ家の敷地内なので、誰かに読書を遮られる心配はない。
強いて言えばリサの存在だが……今日のリサはどこかに出かけていて家には居なかった。
こういう日、たいていリサは昼過ぎまで帰ってこない。一体どこに行ってるのか気にならないと言えば嘘になるが、彼女にだってプライベートな時間はあって然るべきだ。問いただす方が野暮だろう。
つまりこの時間は、誰にも邪魔されることのない、完全に私だけの時間だった。
……少なくとも、今日、その時まではその筈だった。
私は耳がいいのだ。
例えば数百メートル先の足音を聞き取ることが出来るほどに。
これは前世の傭兵生活で培った能力だったが、どうやら今世でも健在らしい。
私はこの力に何度も助けられた。相手の行動を先読みして先手を打つのは、戦場において何よりも重要なことだからだ。
もっともこの能力は戦場の過酷な環境によって鍛え上げられたものであり、本来であればこっちの世界で発揮出来るはずはないのだが……前世での経験の賜物なのか、それともまた別の要因があるのか……。
……話が逸れたが、つまるところ私の耳は、不自然な音を聞いていたのだ。
植え込みの葉が揺れて、擦れ合う音だ。
さほど大きな音という訳でも無かったが、それが風のせいではないことは、直感的に分かった。
何の音だ?
まさか、誰かいる……?
リサが帰ってくるにはまだ早い。しかし両親のいずれかという線も薄いだろう。
私は葉擦れの音に向かって問いかけた。
「……だれ?」
すると音が聞こえたほうの植え込みが再度ガサガサと揺れ動き――やがてその中から、何者かが出てきた。
しかしそこから出てきたのは、私のまったく予想していない人物だった。
その人物は申し訳なさそうに言った。
「ごめん……別におどかすつもりはなかったんだけど……」
不意に私の前に現れた人物。
それは――。
――私と同じくらいの年恰好の、ひとりの少年だった。
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