#19『噂』

 今、小森、なんて言った……?

 陵華のこと、知ってるって……。


「本当か? 本当に朱水院陵華のこと知ってるのか?」


「知ってるよ……と言っても実際に会ったことはないけどね。僕が知っているのは噂だけさ」


「噂……?」


「ああ、そうさ。有名人だよ、彼女は。噂によると、中学時代の成績は超優秀で、3年間で1度も学年トップを譲ったことがないらしい。運動神経も抜群で、運動部の助っ人として引っ張りだこだ。おまけに、超絶美人ときた。……まさに、非の打ち所がない人間だよ」


「……」


 正直どんな超人だよって感じだが……あの陵華ならその噂が本当でもおかしくない、そう思った。


「まさかとは思うけど……高宮も狙ってるのかい? 老婆心で言うけど、やめておいた方がいいよ。高嶺の花過ぎる。キミも知っているだろ? 彼女の宣言を」


 宣言……?


「何だそれ?」


 俺が聞くと、小森はやれやれといった様子で答えた。


「まさかそれも知らないのかい? 通称『校内放送の大宣言』……朱水院さんが放送部の校内放送にゲスト出演した時に、どんな男となら付き合ってもいいのかを聞かれてこう言ったんだ。『勉強でもスポーツでもなんでもいい。私に挑んで勝ってみせろ。そしたら付き合ってやる』ってね。それから、彼女と付き合いたい奴がこぞって勝負を仕掛けてるって訳さ」


 何やってんだアイツ……。

 アイツのことだ。おそらく告白してくる連中が鬱陶しくなって、そんなことを言ったんだろうが……。


「それで、勝った奴はいるのか?」


 俺の問いに、小森は首を横に振った。


「まだそういう話は聞いてないね。入学初日にも挑んだ奴がいたらしいけど……見事に返り討ちにされたらしいし……」


「そうか……」


 って、なんで俺はホッとしてるんだ……?

 別に陵華が誰かと付き合ってたとしても、俺には関係ないのに。

 ……しばらく会っていないとはいえ、アイツは俺の友達だ。だから、どこの馬の骨とも分からないやつとアイツが付き合うことに、あまりいい気分がしないのだ。

 ……多分そういう気持ちだ、これは。


「そういう訳で、朱水院さんと付き合うためには、まずは彼女に勝負を仕掛けて勝つ必要があるのさ。それで……高宮も朱水院さんに勝負を挑むつもりかい?」


「いや別に、俺はアイツと付き合いたい訳じゃ……」


「じゃあなんで、そんなに朱水院さんのこと気にするのさ?」


「それは……」


 俺は一瞬、本当のことを言うか迷った。

 俺が、どうして……陵華のことを気にするのか。


 でも……別に隠している訳でもない。

 結局俺は素直に、小森に陵華との関係を話した。


 陵華とは、かつて友達だったということ。

 俺が引っ越しをしたことで、離ればなれになってしまったこと。


 しかし例の誘拐事件があったことは、小森には伏せておいた。


 言っても仕方がないし、変に混乱させるだけだと思ったからだ。

 俺の話を聞いた小森は、興奮気味に言った。


「これは驚いたな……まさか高宮が朱水院さんの幼馴染だったなんて。世間は狭いもんだねえ」


「……幼馴染なんて言えるほど、一緒に居た訳じゃないけどな」


「そう言うなよ。案外、朱水院さんのほうも高宮のこと覚えてるかもしれないしさ」


「そうか?」


「ああ、そうさ。それとも……高宮は会いたくないのかい?」


「俺は……」


 そんなの、決まっている。


「……会いたい」


 俺はそのために、学力的に無理をしてまで星琳学園に入学したのだ。会いたくない訳がない。

 陵華と最後に話したあの日から……俺の中の時計の針は、ずっと止まったままなのだ。

 それを再び動かしてくれるのは、きっと陵華だけだ。

 だから俺は……陵華に会いたい。


 俺の答えを聞いた小森は、くつくつと笑った。


「そんな高宮に、耳寄りな情報がひとつあるんだけど」


 耳寄りな情報?


「なんだよ?」


 すると小森は、勿体付けるような口調で言った。


「それは……放課後までのお楽しみだ」


◇◇◇


 ――そして、放課後。

 俺は小森に連れられて、体育館へとやってきていた。


 ……なぜだろう。

 もう放課後だというのに、妙に人が集まっている。


「何か始まるのか?」


「……朱水院さんがバスケの試合をするんだ」

 

「陵華が?」


「元々は女子バスケ部内の練習試合だったらしいんだけどね。片方が朱水院さんを助っ人として呼んだらしくて……それをどこからか聞きつけた野次馬が現れて、この有様さ」


「……野次馬はお前も一緒だろ」


「はは、確かに」


 人だかりの向こうで、試合開始を告げる笛が鳴る。


「……どうやら、始まったみたいだね。僕らももっと見える位置まで移動しよう」


「あ、おい……ちょっと……!」


 そして俺と小森は、人混みを掻き分けながら、奥へと進んだのだった。

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