#2『追憶』
リサ経由でお父様から許可を取った私は、1人で図書館へと向かっていた。
実はリサから同行するという申し出があったのが、それは丁重にお断りしておいた。リサには悪いが、私は1人で図書館にも行けないほど子供ではない。
……いや、今の私は、端から見たら子供以外の何でもないか。
むしろ、6歳の女の子ならば同伴者がいるのが当然なのかもしれない。しかしこの国でのいわゆる普通を経験してきていない私にとっては、その普通がよく分からないのだった。
そもそも考えてみれば、こんなに頻繁に図書館に通う子供というのも珍しいのかもしれない。事実、私と同じくらいの年恰好の子供を図書館で見たことはほとんどなかった。
しかし、それでも私が足繁く図書館に通うのには、理由がある。
それは読書というものが、この国の常識を学ぶ教材として非常に効率が良いということだ。
前世の私には、学がなかった。
無論全てそのせいだとは言わないが、私があの過酷な状況に身を置かざるを得なくなった理由の1つに、この学のなさがあったのではないかと考えている。
そのため、この2度目の人生では、できるだけ知識を身に付けておくべきだと考えたのである。
とはいえ、私が本を読むのは知識を得るためだけではない。
私は小説と呼ばれるものにも好んで目を通していた。
前世では娯楽と呼べるものがほとんどなかったため、心のどこかでそういうものに飢えていたのだろう。
そういう意味でも、この図書館という場所は楽園だった。
そういう訳で、私は図書館に何度も通っていたのだが――そこに通う目的としてもうひとつ、前世で私が死んだあの戦争がどうなったのか……それを知りたいというのもあった。
幸い図書館には、新聞のバックナンバーが所蔵されているため、過去の出来事を容易にさかのぼることができた。
それを見るに、あの戦争が終結したのは、私が2度目の生を受けたのと時を同じくしてのようだった。
どうやら、私の所属していた陣営が勝利を収めたらしい。
しかし……残念ながらそれ以上の事は、いくら調べても分からなかった。
前世の私が、銃弾に撃たれた後どうなったのか。
そして、あの日本人が果たして故郷に帰ることができたのか。
そんなことは、分かるはずもなかった。
もっとも、日本人記者が戦地で死亡したとなれば、なんらかの記事として残っていても不思議は無い。つまりあの日本人は、死んでいない可能性が高いのではないだろうか。
……希望的観測でしかないが、少なくとも私はそう信じることにした。
生きているのならば、もしかしたらどこかで会える日も来るのかもしれない。
そう思うだけならば、きっと私の自由だろう。
「ん……?」
本を物色していると……不意に、視線を感じた。
私はこれでも、前世では名のある傭兵だった。そのため気配にはそれなりに敏感だ。
だが、いつか戦場で感じた殺気のようなものは、全く感じられない。
この気配は……。
…… リサだな。
背後に目をやると、物陰に隠れるのがわずかに見えた。一応身を隠してるようだが、私にはバレバレだ。
結局心配になってこっそりついてきたのだろう。
まあ……邪魔しないのであれば、私からは何も言うつもりはないが。
これ以上気にしないことにして、私は本の物色を再開したのだった。
◇◇◇
戦利品を持って自宅に戻ると、リサはなぜか玄関で私を待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、陵華お嬢様」
リサは何食わぬ顔で私にそう告げる。
さっきまで心配そうに私のあとをついてきていたというのに、いつのまにか先回りしていたらしい。
その身のこなしだけは、評価してあげても良い。
「ただいま、リサ」
私も何食わぬ顔でリサに返事をする。
「今日はどんな本を借りてこられたのですか?」
「別にたいしたものじゃないよ。てきとうに小説を何冊かだけ」
私がそう言うと、リサは私の持っていた本をまじまじと見つめ、こう言った。
「……その小説はちょっとお嬢様のお年では難しすぎるのでは?」
……断っておくが、別にいやらしい本とかではない。ごく普通の小説だ。
だがまあ確かに、小学校の低学年が読むような児童向けの本ではない。
いわゆる恋愛小説……なるものだ。
他意はない。新刊コーナーで一際異彩を放っていたので、気になっただけだ。
ただ、俗世には疎い私には滅多なことは言えないが……少なくともリサの言う通り、小学生が読むには早い内容であることは否めなかった。
私は唇を尖らせながら答える。
「……そんな事は、私が決めるからいいのよ」
「はあ……そうですか」
リサの表情は何とも言えない複雑なものだった。
「読み終わったら感想を教えてあげるわ。楽しみにしてて」
私はそうリサに告げ、自分の部屋へと向かう。
――と、自分の部屋に入る直前、私は最後に一言だけリサにこう言った。
「……尾行するならもう少し、気配を消してすることね」
「ばれてましたか」
「ええ、バッチリとね」
私は、妙に関心したような表情を浮かべるリサの顔を目に焼き付けながら、自分の部屋へと入っていったのだった。
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