#10『失策』
「――おい、ガキども! 起きてるか?」
入ってきた男のうちの1人が、開口一番に言った言葉はそれだった。
それはドスの効いた声で……明らかに私たちを威圧する目的でそうしているのが分かった。
やがて男は、目を覚まして起き上がっている私のことを見つけたらしく、ニヤリと笑った。
「さすがお嬢様……お行儀がよろしくて助かるぜ。……今からお前たちの親に電話を繋げる。おうちに帰してほしければ、親の前で喚き散らすことだ。早く助けてくれってな。分かったか?」
なるほど……やはりこの連中の目的は、身代金目的らしい。
私は静かにため息を吐いた。
「……いいけど、ひとつだけお願いがあるの」
「お願い……? お前、今自分が置かれてる状況が分かってないのか?」
「分かってるわ。分かってる上でこう言ってるの。だって私に言うことを聞いてもらわなくちゃ、あなたたちのほうも色々と面倒でしょう?」
「なんだと……!」
肩を怒らせて威嚇する男を、もう一方の男が制止する。
「まあ、待て。確かに嬢ちゃんの言うことも一理ある」
中肉中背の男と、大柄な男。どうやら、大柄の男の方が、主導権を握っているらしかった。
「……いいだろう。その願いとやらを聞いてやる。何が望みだ?」
「陵華……」
と、悠介が不安そうに見つめてきたが、私は悠介に、
「大丈夫」
とだけ返す。
そして私は、大柄な男の方に向かって言った。
「別に大したことじゃないわ。手を縛ってるロープが食い込んで痛いの。ちょっと見てもらえる?」
男2人は互いに顔を見合わせたが、やがて中背なほうの男が、私に向かって歩いてきた。
「よし、見せてみろ」
そして、私の背後に回り込むと、しゃがみ込んで縛られている腕に手を伸ばす。
「おい、どこが痛いんだ?」
「ちょっと、手首のあたりが……」
「どれ――」
男は、私の手首を覗き込む。
――私は、その時を待っていた。
私はその瞬間、前転するように体を大きく回転させ、その遠心力を使って男の首元に蹴りを放つ。
「なっ――!?」
男は完全に予想外な攻撃を受け、防御もままならないまま、モロに私の蹴りを受けていた。
「がああああッッ――!!」
私の攻撃は、男の頸椎にクリーンヒットしたらしい。男は膝から崩れ落ちたかと思うと、そのままうずくまるようにして倒れた。
私は踏み台にするように、うずくまる男の背中に降り立った。
――脆いな。
脆すぎる。
いくら私が前世の記憶を有していると言えど、小学生の蹴りを喰らっただけで再起不能になるなど……てんでお話にならない。
これなら、向こうの少年兵の方がまだマシだ。
この2人はおそらくただのチンピラで、そういった訓練をしたことなどないのだろう。
「て、てめえッッ!!」
仲間が倒されたのを見て、大柄な男が叫ぶ。私はその目の前で、手首を縛っていたロープをいとも簡単に外してみせる。
縄抜けの方法は……既に前世で学んでいた。
もっとも、前世で見た拘束のそれよりもずいぶんお粗末だったからこそ、子供である今の私の力でも容易に抜けることが出来たのだろうが。
男は、おおよそ素人ではない私の動きに、明らかに恐れ慄いていた。
「何なんだ……何者なんだ、てめえは……?」
何者か、だと?
その答えは、単純明快だ。
「私は、どこにでもいる小学生よ。ただ……少しだけ他よりも平穏を愛するだけのね」
「小学生……だがさっきの動きは、そんな幼稚なものじゃ……」
私は乱れた髪の毛を丁寧に撫で付ける。
そして、混乱した様子を見せる大柄な男に向かって言った。
「……お前達の敗因は、3つの失策にある」
「失策……だと?」
「ええ、そうよ。1つめは子供だと油断して、手首の拘束を甘くしたこと。これなら、私にとっては縛ってないのと同じ。2つめは、足を自由にさせたこと。足首も縛られていたら、身動きを取るのは容易ではなかったでしょう。そして、3つめは……」
奴らの3つめの失策。それは――。
「……私の『平穏』を脅かしたこと」
私は、ただ平穏な生活を望んでいただけだった。
悠介や瑞季と一緒に、何でもない日々を過ごしていければ、他には何も要らなかったのだ。
そんな平穏な生活を……この男たちは、私利私欲のために踏み躙ろうとした。
その行為は……万死に値する。
「さあ、誘拐犯さん……覚悟は良いかしら?」
「……くく、覚悟だと?」
男は、肩を揺らすように笑っていた。
なんだ……?
何がおかしい……?
すると、男は自身の懐からあるものを取り出して叫んだ。
「てめえはこれを見ても、まだ生意気な口を利けるのかァッ――!!」
男の手の中に握られていたのは――、
黒く光沢を放つ――一丁の拳銃だった。
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