#16『進学』

 ……結局あの日、瑞季には本当のことを言えなかった。

 喫茶店に戻ったあと、瑞季には――ストーカーは見つからなかったと、そう言った。

 瑞季はなんだか釈然としない顔をしていたが、それ以上追究してくることはなかった。


 ちなみに、あのストーカー男はそれ以降付き纏ってこなくなったらしい。まあ、蹴りを喰らって流石に目が覚めたのだろう。彼がこれ以上、道を踏み外さないことを祈るばかりだ。


 それと当然、今回のことはリサにも言わなかった。

 リサなんかに言えば、100パーセント今よりも私への制限がキツくなる。

 今でさえ、窮屈しているというのに。


 例の誘拐事件があったあの日から……私の生活は制限された。

 どこへ行くにも許可制になったし、日課のランニングも禁止された。

 もっともお父様が作ってくれた私専用のトレーニングルームがあったから、体力づくり自体には困らなかった。だが……それが完全にランニングの互換になるのかと聞かれれば、私は素直に首を縦には振れなかった。


 だって、あの日課は、ただのトレーニング以上に……私という人間を構築する重要なファクターだったからだ。

 あれがなければ、悠介と仲良くなることはなかっただろう。

 あれがなければ――。


 ――私はいつしか、リサの監視から逃れるために、1日の大半を校内で過ごすようになった。

 図書室で勉強するのが主だったが……時折、息抜きがてら学校で起こっている諸問題に首を突っ込んだりもしていた。

 そのひとつが、部活動の助っ人だ。

 

 この星琳学園という学校は、県内でも有数の進学校であるのと同時に、スポーツでも有名な学校だった。

 もっとも、それは高等部だけの話で……部員のほとんどをスポーツ推薦で賄っている。

 そのため、中等部には戦力的に不安がある、あるいはそもそも競技人数に達していない部活が多々あり、そこに私が助っ人で参加したりしていたのである。


 黛六花の所属している女子バスケ部も、そんな部活のうちのひとつだった。

 高等部からはスポーツ推薦組が大量に入ってきて内部進学組の肩身が狭くなるから、六花はあれだけ躍起になっているのだ。

 まあ、友達だし、力にはなってあげたいところではあるが……。


 ちなみに、他にも中等部時代には色々なことがあったが……話すと時間がいくらあっても足りないので、割愛する。

 まあ、要するに……色々とやり過ぎたのだ、私は。


 気付けば私は、校内で結構な有名人になっていた。

 多分中等部では私のことを知らない人間はいないだろう。あるいは、高等部や初等部にも私のことを知る人間がいるかもしれない。そんなレベルだ。


 正直これに関しては、少し反省している。

 他人が私のことをどう思おうと、知ったことではないのだが……その他人が、私のことを放ってはおかなくなっていったのだから。


 徐々にプライベートな時間が奪われ……次第に私は気付く。

 このままでは、私が目指している『平穏な生活』から、遠ざかってしまっているのではないか? ――と。

 現にこの前の、瑞季のストーカー事件――あれも私が悪目立ちしていたから、あんな男に目を付けられたのだ。

 今の私が――私の目指していた平穏から遠ざかっていることは、どう見ても明らかだった。


 なんとかして修正しなければ……。

 しかし、諦めるのはまだ早い。


 もうすぐ私は高校生だ。

 これを機に、もっとお淑やかに生きてみせる……!

 私はそう、心に誓うのだった。


◇◇◇


 高校生になるまでは、あっという間だった。

 何事にも動じない精神を鍛えるためにトレーニングに没頭したり、立花たちの練習に付き合ったりしているうちに――気付けば春休みも終わり、新学期が訪れていた。


 入学式を終え、校門前に張り出されたクラス分け表を眺める。

 私の名前は――あった。

 どうやら1-Aのようだ。

 ええと、他に知ってる名前は……。


「あ、いたいた……陵華!」


 私に声を掛けていたのは、瑞季だった。その後ろに、六花もいる。

 瑞季は私に尋ねた。


「ね、陵華は何組だった?」


「私は……A組だよ」


「え、ホント!? 私もA組!」


 瑞季も私と同じクラスだったらしい。

 そっか……同じなんだな。

 たった1年違うクラスだっただけなのに、長いあいだ離ればなれにだったかのような気がしていたから、素直に嬉しかった。


「ちぇー、同じクラスか、良いなー……私はC組だよー……」


 六花が拗ねたように言う。

 残念ながら、3人一緒という訳にはいかなかったようだ。


「まあ、これも運ってことだね。しゃーない、切り替えていこう!」


 六花は元気いっぱいにそう叫んでいた。

 こういうサッパリした性格なのも、六花の特徴だった。


 すると、六花は私のほうに顔を寄せてくる。そして瑞季に聞こえないくらいの声量で私に囁いた。


「そんなことよりさ……試合、3日後だから。お願いね」


 試合……。

 例の内部進学組とスポーツ推薦組の交流試合のことだ。


「分かってる」


「そっか、良かった!」

 

 私の答えに満足げに頷くと、六花は踵を返して言った。


「じゃ、私教室に行くから! またね!」


 そして私たちの返事を聞く前に、さっさと行ってしまった。

 相変わらず、忙しい奴だな……。


「……私たちも行こっか」


「うん!」


 瑞季の返事を合図に、私たちもA組の教室に向かったのだった。

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