#15『成敗』

「――実は私、最近ストーカーされてるんだよね……」


 ストーカーだと……?

 初耳だ。


「……なんで私に相談してくれなかったの?」


 私がそう聞くと、瑞季は視線を彷徨わせながら言った。


「だって……言ったら絶対陵華ムチャするじゃん。あの時みたいに……」


 あの時――。

 それがいつのことを指しているのか、私はすぐに分かった。

 多分、幼少時代の……あの誘拐事件のことだろう。

 

 瑞季は言ったあとで、はっとした顔をする。


「ご、ごめん……」


 あの事件のことは、私たちのあいだではほとんどタブーのような扱いになっていた。

 別に私としてはなんとも思ってないのだが……多分、瑞季が気を利かせてくれているのだろう。


「ううん……大丈夫だよ」


 だから私は、敢えて瑞季に優しく笑いかける。

 それを見て、瑞季は安堵したようだった。


「それにしても……」


 瑞季をストーカーするなんて、とんだ不届き者が居たものだ。

 確かに、瑞季は可愛い。

 女の私から見てそう思うのだから、きっと男から見てもそうなのだろう。

 しかし、だからといって……ストーカーなど、到底許されるものではない。


 私は、静かに席を立った。


「……ちょっと話をしてくる」


「ま、待ってよ……! 何もそんなことする必要なくない……?」


「あるよ。瑞季を怖がらせてる」


「何してくるか分かんないし……危ないよ……」


「心配しないで」


 すると瑞季は涙混じりの声で言った。


「だから陵華には言いたくなかったんだよ……」


「瑞季……」


「陵華、すぐまたそうやって人のために何かをしようとする……自分自身を蔑ろにする……!」


「……」


 私は、瑞季の頭にポン、と手を置いた。


「……大丈夫。これは、私自身がやりたいことだから」


「陵華……」


「あ……私のぶんのパフェ、残しておいてね? 溶ける前に片付けてくるから」


「……うん、わかった」


 私のジョークに、瑞季は少しだけ笑顔を取り戻す。

 ……うん。

 やっぱり瑞季は、笑っていたほうが可愛い。


 そして私は、外のストーカーに悟られないように出口に向かった。

 私の大切な友達を悲しませることだけは、絶対に許せない。

 瑞季をストーカーしたことを、たっぷりと後悔させてやる。


◇◇◇


 外に出た私は、すぐにターゲットを見つけた。

 監視していた喫茶店からいつのまにか私だけが消えたことで、警戒したのだろう。そこから離れようとするところだった。

 私はそれを、先回りして追い詰める。


「……あなたでしょう? 瑞季をストーカーしていたっていうのは。もう逃げ場はないわよ、観念することね」

 

 まさかいきなり追い詰められるとは思ってなかったのだろう。動揺してたじろぐ。

 そしてその顔が、夕陽に照らされて露わになった。


「ん? あなたは……」


 そこにいたのは、他校の制服を着た男子生徒だ。

 だが私は、その顔に……どこか見覚えがあった。


「あなた、どこかで――」


「――お前が悪いんだぞ! この僕を、あんな風に振るから……!」


「……」


 その言葉で、私は思い出した。

 こいつ……いつだったか私に告白してきた男だ。


「僕を振らなきゃ、こんなことには……!」


「……言ったでしょう。私、自分よりも弱い男には興味ないの」


「そんな言葉で、納得できる訳……」


「ねぇ、それよりも……教えて。なんであなたが、瑞季をストーカーしたの?」


 すると男は、邪悪な笑みを浮かべながらこう言った。


「決まってるだろう……? お前を誘き出すためだ……! お前と仲の良いあの子を尾行すれば、いつかお前が現れると思って……!」


「……」


 ……なるほどな。

 つまり、私のせいか。

 私のせいで、瑞季に怖い思いをさせてしまったのか。

 なんというか、これは……結構くるな。


「……それで、あなたの目的は何? 言っておくけど、いくら言われても、あなたと付き合う気は――」


「――強い男だったら良いんだろ……?」


「……何?」


「だったら……僕の力を見せてやるよ――!!」


 男は、私に向かって飛び掛かってくる。


 ……結局こうなるのか。

 だが、元はと言えば私が蒔いた種だ。

 ならば、責任を持って私が刈り取るべきだろう。


 男は、私の首元を狙って両手を伸ばしてくる。

 しかし……所詮はただの素人だ。

 遅いし、狙いも分かり易すぎる。


 私はそれを上体を逸らすことで難なく躱し、カウンターとばかりにハイキックを男の顔面にお見舞いする。

 

「うごおぉッ……!!」


 私のキックは綺麗に決まり、その衝撃で男は後方に吹っ飛んだ。そして、無様に地面を転がる。

 私は、地面に這いつくばる男を見下ろしながら言った。


「……身の程を弁えろ、雑魚」


「ひ、ひえええっ……!!」


 私の言葉を聞いた途端、男は血相を変えて逃げていった。

 まったく……迷惑な奴だ。


 度々告白されることがあり、特に興味がないのでその度に断っているのだが……ここまで面倒くさい奴は初めてだった。


 まあ……なんにせよ、ここまでやればもう現れることはないだろう。


「……さて、戻るか」


 私は瑞季の元へ戻ろうとして、そしてその場で少し考える。


 今回のこと、瑞季になんて話す……?

 正直に、私が目当てだったと話すか?


 ……言える訳がない。


 そんなことを言えば、瑞季を余計に悲しませるだけだ。


「うーむ……」


 こうして私は頭を悩ませながら、喫茶店へと戻ったのだった。

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