元傭兵だけど良家のお嬢様に生まれ変わったので、今度こそ平穏な生活を手に入れようと思います。
京野わんこ
序章
#0『転生』
昔、戦争があった。
小国同士の、決して大きくはない戦争……だが、一歩間違えば世界規模の争いに発展する可能性を孕んだ、そんな戦争だった。
俺はその戦争で、傭兵をやっていた。
正確に言うと、それよりも前から傭兵をやっていて、各国を転々としていたのだが……最終的に行き着いたのはそこだった。
俺は戦場では珍しい日系人で、それが理由で舐められることも多々あった。だが、これまでは全て実力でねじ伏せてきた。
俺が戦場で存在意義を示せるのは……唯一、力だけだったからだ。
そして、それはこの戦争でも同じだろうと……そう思っていた。
俺が傭兵として参加した部隊には、ほかに日本人が参加していた。俺みたいな日系人などではなく、生粋の日本人だ。
ただし、そいつは俺と同じ傭兵ではなく、ジャーナリストを名乗っていた。
どうやら取材のために俺の部隊と行動を共にすることになったらしい。
もっとも俺の同僚たちは、そいつの存在を認めていなかった。それはジャーナリストという舐めた肩書きのせいもあったが……半分くらいは、彼が日本人であるということに起因していた。
だがその日本人は、いつものことだから、と軽く笑って受け流していた。
俺にはその姿が、ひどく印象的だった。
その日本人は、しょっちゅう俺に絡んできた。
この劣悪な環境の中で、唯一同じアジア人……ひいては同じ日本人の血を引く者であるということが、彼に親近感を抱かせたのだろう。
鬱陶しかったが、まぁ……悪い気はしなかった。
当時はその理由がよくわからなかったが、今ならなんとなく分かる。
つまり、俺は孤独だったのだ。
誰にも頼ることの出来ない、戦場という場所で……俺はさらに異端な存在だったから。
だから孤独なままでも生きていけるように、ひたすら自分を鍛えたが……それでも本当は、きっと心のどこかで寂しかったのだ。
俺とその日本人が、打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。
そいつは俺から戦場の話を聞き、俺はそいつから日本のことを聞いた。
そいつから聞く日本は、実に興味のそそられる場所だった。こんなところとはまるっきり違う楽園みたいな場所で……。
もし俺が産まれ落ちたのがこんな戦場ではなく、日本のどこかだったら、そんな楽園みたいな生活が送れていたのだろうか?
いつしか、そんなことを考えていた。
そんなある日のことだった。
日本人は、俺にこんなことを言った。
「実は来月……子供が産まれるんだ」
俺はそいつに祝福の言葉を送るとともに、湧き上がったひとつの疑問を彼に投げかけた。
それならば、こんな地獄のような場所になんか来るべきではなかったのではないか――と。
するとそいつは、恥ずかしそうにはにかみながらこう言った。
「俺は産まれてくる子供に、胸を張って言えるようなことをしたいんだ。この戦争のありのままを、日本に伝えるのは……きっと俺にしか出来ないことだから」
その日本人の浮かべた屈託のない笑みが、俺には忘れられなかった。
――その日の夜のことだ。
俺たちの野営地が襲撃されたのは。
野営地の襲撃自体は、そう珍しいものでもない。
現に俺はこの傭兵としての生活の中で、何度かそれを経験していた。
落ち着いて撤退すれば、生還するのはそこまで難しいものではない――そのはずだった。
その撤退の最中、運悪く俺たちは敵の兵士に出くわした。
敵は一体だけで、俺であれば簡単にあしらえる程度の練度しかない相手だったが……あろうことか、その銃口は、日本人のほうへと向いていた。
敵兵士の銃は、既に射程圏内だ。
まともに戦闘訓練を積んでいないそいつの能力では、回避するのは不可能だった。
兵士は、指をかけていた引き金を引く。
それと同時に、乾いた音が響く。
――その瞬間。
俺は、そいつの体を押し飛ばしていた。
そいつの代わりに、俺の身体に鉛玉がめり込んだ。
真っ暗になる視界とともに、俺の名を叫ぶ声が聞こえる。
そして味方の発砲音と、消える敵の銃声。
どうやら俺を撃った敵は、味方の攻撃で肉塊になったようだった。
何者かが、俺の元に駆け寄ってくる。
そして、俺の体を抱き抱えた。
「どうして……俺なんかのために……」
その言葉で、俺はその声の主が誰か分かった。
俺は、掠れた声で答えた。
「お前は、必要な存在だ……俺なんかよりも、よっぽどな……」
「それ以上喋るな……! 待ってろ、すぐに手当を――」
そう言うそいつを、俺は手で制した。
「いや、いい。どうやら内臓がやられたらしい……俺はもう、助からない」
「……でも!!」
「お前は、自分が生き残ることを考えろ。故郷では、奥さんと子供がお前を待っているんだろう……?」
すると、そいつは数秒の沈黙ののち、涙交じりの声で俺にこう言った。
「……ありがとう」
「ああ……」
どうやら、俺はここまでらしい。
しかし不思議なことに、後悔はしていなかった。
この日本人と共に過ごした数日間が、俺にとっては何にも代え難いものだったからだ。
だから、もう満足だ。
だけど……もし神様が、我が儘を一つ聞いてくれるなら……。
次に生まれ変わった時には、どうか平和な世界を――。
◇◇◇
次に俺が目を覚ましたのは、全く見覚えのない部屋だった。
綺麗な天井に、洒落たカーテン。
一瞬、奇跡的に一命を取り留めて野戦病院に運ばれたのかとも思ったが、どう考えてもここはあんな薄汚れた場所ではない。
だが、起き上がって確かめようにも、手足の先以外は身体が思うように動かない。
一体どうなってる……?
釈然としないまま仰向けの状態であたりを眺めていると、突如すぐそばから若い女性の声がした。
「旦那様、奥様……! お嬢様が目を覚ましましたよ!」
その声に引き寄せられるように、2つの顔が、俺の顔を覗き込む。
20代半ばくらいの男女2人だ。
どちらも優しそうな表情をしていた。
「まぁ、本当。お目々が大っきくて可愛いわ」
「ああ、成長したらきっと君みたいに綺麗になるぞ」
「ふふ……楽しみね」
――誰なんだ、アンタたちは?
そう尋ねようとしたが、なぜか思うように声が出せない。
「あうぅ……」
代わりに出たのは、情けない唸り声のようなものだけだった。
「あれ、どうしたのかな?」
「パパに抱っこして欲しいんじゃない?」
「ああ、なるほど」
そう言って伸ばされた男の手が、俺の体を軽々と抱きとめる。
俺はその男の腕の中に、すっぽりと収まっていた。
「おー、よしよし」
――その瞬間、俺は全てを悟った。
どうやら俺は……生まれ変わってしまったらしい。
「元気に育つんだぞ……
こうして俺――もとい私の、
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