#7『兄妹』
次に悠介が私の家を訪ねてきた時、彼は見慣れぬ女の子を連れていた。
悠介の背丈よりも、ひと回り小さな女の子だ。だが、彼とどことなく似た雰囲気がある。
女の子は、悠介の背中に隠れるようにして、私の様子を伺っていた。
「……この子は?」
私はなんとなく予想がついたものの、悠介にそう尋ねていた。
すると悠介は、バツが悪そうにポリポリと頰を掻きながら答えた。
「コイツ、オレの妹。
妹……。
やっぱりそうか。
そうでなくては、この悠介と雰囲気が似ている説明がつかない。
しかし、悠介に妹がいたなんて……初耳だ。
「ほんとうは連れてくるつもりはなかったんだけど、どうしてもついてくるって聞かなくてさ……」
悠介の妹――莉乃ちゃんは、悠介がそう説明している間も、私のことをじっと見つめていた。
別に私のことを警戒している訳でもなさそうだが……どちらかというと、珍しいものを見ているような感じだ。
さしずめ、悠介が毎回ウキウキで出かけるものだから、気になってついてきたというところだろう。
私は彼女のほうに近付き、彼女の目線に合わせるために中腰になって言った。
「わたし、陵華。よろしくね?」
私の言葉に、莉乃ちゃんは、
「ん……」
と言って頷く。
「おい莉乃……ったく、せっかく連れてきてやったんだから、ちゃんと挨拶くらいしろよな……」
悠介はどこか迷惑そうな表情を浮かべていた。
まあ、それもそうか。
せっかく友達と遊ぼうと思っていたら、突然妹のお守りをしなくてはいけなくなってしまったのだから。
しかし一方で、私には莉乃ちゃんの気持ちも少し分かるのだ。
誰かが自分そっちのけで楽しそうにはしゃいでいれば、そんなものは気になるに決まっている。
私は彼女に手を差し伸べた。
「……別にいいわよ、それくらい。せっかく来てくれたんだから、一緒に遊びましょう?」
莉乃ちゃんは数秒ほど沈黙した後、こくんと頷き、私の手を取った。
「ちぇっ……」
それを見ていた悠介は、不服そうに舌打ちをする。
「でも、どうすんだよ……コイツがいたら、ろくにサッカーもできねーぞ?」
「そうね……」
確かに、この子がいたら出来る遊びは制限される。
悠介の言う通り、サッカー等の球技をしようものなら、体格差のせいでまともに楽しむことは出来ないだろう。
それくらい、この時期においての1歳の差というものは大きいのだ。
私は数秒ほど考え、悠介にこう提案した。
「……じゃあ、こうしましょう」
「なんだよ?」
「莉乃ちゃんに、何をして遊びたいか聞くの。それを3人ですれば、莉乃ちゃんだけ仲間はずれになることはないでしょ?」
「まあ、仕方ねえか……」
悠介も、渋々といった感じだが、私の提案に納得してくれたようだった。
私は、莉乃ちゃんに聞いた。
「莉乃ちゃんは、何して遊びたい?」
すると莉乃ちゃんはか細い声で、こう呟いた。
「……おままごと」
なるほど、おままごとね……。
これはまた、予想外の答えが返ってきたものだ。
「はあ!? なんだよそれ!? オレはぜってーやだぞ!!」
案の定、悠介が猛反発する。
私はそんな悠介に、ため息混じりに返答した。
「……悠介。わたし言ったじゃない、莉乃ちゃんのやりたい遊びをやるって」
「うっ……。そうだけどさ……」
「べつに嫌ならいいけど? わたしは莉乃ちゃんと遊ぶから」
「ちょっ……」
悠介を尻目に、私は莉乃ちゃんだけを連れて行こうとする。
それに耐えかねて悠介は、観念するように叫んだ。
「だぁー!! 分かったよ! やれば良いんだろ、おままごと!!」
「分かればよろしい」
……まったく、さっさと諦めて素直に頷けば良いものを。
ちなみに、私もおままごとが一般的には女の子の遊びであると認知されていることは、十分理解している。
だから、悠介が可哀想であるという気持ちも、なくはないのだ。
でも……この場面では妹の莉乃ちゃんを立てて上げるべきだ。
そういう意味では、悠介はなかなか見所のある少年だった。
そんな訳で、おままごとをするに至ったのだが……その配役が実に問題だった。
この遊びを提案したのは莉乃ちゃんだったので、配役も彼女に一任したのだが……あろうことか、莉乃ちゃんは私と悠介を夫婦役に指名したのだ。
そして自分自身はなぜか、その娘役に甘んじた。
普通は自分で夫婦役をやりたがると思うのだが……もっとも、そうすると夫役が実の兄になるため、無意識にそれを避けたのかもしれない。
いずれにせよ、私は悠介と夫婦をやることになってしまったのだ。
とはいえ、別に私としてはそれに特別な何かを思うことはない。
問題はどちらかと言うと悠介のほうで……悠介は、おままごとをしているあいだ、私の顔を1秒たりとも見ようとしなかった。
「悠介、ちゃんとやりなさいよ」
「う、うるさい……! 別に付き合ってやってんだからいいだろ……?」
まったく……何をそこまで意識しているのか。
その悠介の妙なぎこちなさは、結局、その日一日中ずっと続いていた。
流石に次の日以降は元の悠介に戻っていたが……しかし逆に私のほうが、この日のことを忘れられずにいた。
なぜなら、帰り際に……莉乃ちゃんの放った言葉が、ずっと耳に残っていたからだ。
「ねえ、陵華ちゃんは……おにいちゃんのこと、すき?」
「……まあ、嫌いではないかな」
「じゃあ……結婚したい?」
「……」
……なるほど。
この少女は……兄の悠介よりも、よっぽど『おませさん』らしい。
あるいは女というものが、精神的に男よりも数段早熟なのかもしれない。
実際のところは……私には分かるはずもなかったが。
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