#6『友達』

 新しく出来た二人目の友達。

 フルネームを高宮悠介たかみやゆうすけということを、私はすぐ後に知った。


 悠介は私の推測通り、近くの公立小学校に通う一年生だった。

 そしてあろうことか……彼の家は、私の家の真向かいだったのだ。

 向かいの家に同い年くらいの子供が住んでいることは何となく知っていたが……まさか悠介がそれだとは。

 確か、悠介は私のことをよく見かけるなどと言っていたが……向かいに住んでいるのなら、それも当然だろう。


 という訳で、かなりの近場に住んでいることが判明したのだが……そのせいもあってか、悠介は私を頻繁に訪ねてくるようになっていた。

 自分の学校にも別に友達は居るだろうに、どうして私なんぞに絡もうとするのか。そんな疑問はふつふつと湧き上がってくるが……まあ、彼もまだ小学1年生だ。もしかすると、そういう面倒な理屈は存在していないのかもしれない。

 そして、そういった無垢さが、彼らの美徳であることも事実だった。


 ちなみに私の家には悠介だけでなく、瑞季も時折訪ねてくることがあった。


 瑞季が来た時は、ランニングに誘った時の反省を踏まえて、なるべくインドアで過ごすことにしていた。

 そしてこういう時、必ずと言って良いほどリサが世話を焼いてくる。それはもう、色々と。

 何かと理由を付けて私の部屋に入ってくるのだ。

 わざわざ手製のクッキーを焼いて振る舞ってきたこともあった。


 最初は我慢していたのだが……とうとう堪えきれなくなって、私は一度、彼女にどういうつもりかを問い詰めた。

 するとリサは、


「お嬢様に仲の良いご友人がいることが分かって嬉しくなってしまいまして、つい」


 ……つい、じゃないが。


 もっとも瑞季のほうも、


「おうちにお手伝いさんがいるなんて、すごいね!」


 と喜んでいたので、何となく釈然としない部分もありつつも、結局は納得するしかなかった。

 その上、リサの作ったクッキーは、しっかり美味しいのだからどうしようもない。


 ところで、今更分かったことなのだが……私の家はいわゆる普通の家ではないらしかった。

 確かに周りの民家の中では、私の家がダントツで大きかったし……私自身、ある程度裕福な生活を送っている自覚があった。ただ、それもあくまで比較的裕福だ、という意味だ。

 しかし、瑞季との会話が時折噛み合わないことがあり……深く聞いてみると、どうやら私は、世間一般の裕福な家庭を凌駕しているようだった。


 別に私はお父様がどういう仕事をしているのか興味はこれっぽっちもないし、分かったところで私自身は何も変わらない。しかし私が気にしないと言えど、お父様の社会的地位が私の『平穏な生活』に少なからず影響を与える可能性は否めなかった。

 今後はもっと、そういう部分にも関心を向けておくべきかもしれない。


 そんな訳で私の家はどうも相当な金持ちらしいのだが……それでも物怖じせずに私の元へやってくるのが、瑞季と悠介の2人だったのだ。

 もっとも瑞季も星琳学園の初等部に入学してくるくらいだから、程度の差こそあれそれなりの家庭の生まれであることは間違いない。

 だが、悠介はそういうわけではない。悠介が特別に物怖じしない性格なのか、それとも子供というファクターそのものが面倒なしがらみに縛られないという性質を持っているのかは定かではなかったが……兎に角、私はこの2人と連むことが多くなっていたのだ。


 そんな2人だが……一度私の家に、同時に遊びにきたことがあった。

 正確に言うと、たまたま瑞季が遊びにきていたところに、悠介が訪ねてきたのだ。


 初めはよそよそしかった2人だが、子供というものは何とも不思議なもので、30分も経つ頃には自然と打ち解けていた。

 ただし2人は終始、妙なことで張り合っており、


「陵華と1番仲がいいのはわたしだよ!」


「いいや、オレだ!」


 事あるごとに、こんなふうに言い争っていた。

 私としては、どっちでも良いのだが……。


「わたしなんて、同じドラマを見て語り合ってる仲だもんね!」


 語り合ってないし、わたしはドラマの原作本を読んでいただけだ。


「オレなんて……一緒にサッカーして遊んだりしてるんだぜ?」


 ……あまりにも私からボールを奪えなくて半ベソかいたりしてたがな。


「「ぐぬぬぬ……」」


 放っておけばいつまでも言い争いを続けていそうだった。

 面倒だが……仲裁に入るしかなさそうだ。


「落ち着いて、2人とも……どっちが1番かなんて、関係ないでしょ?」


 そう言うと、2人は一斉に私の方を見る。

 そして、名案を思い付いたとでも言いたげな口調で、悠介が言い放った。


「そうだ! それなら陵華に決めてもらおうぜ!!」


「それだ!」


 それだ、じゃないよ。


 そんな私の心のツッコミを掻い潜るように、2人は私の方へと顔を寄せる。

 そして、2人同時に叫んだ。


「「ねえ、どっちが1番!?」」


 私は迫り来る2人に対し、深々とため息を吐いた。


 2人は一体、私にどんな答えを期待しているというのだろう?

 私は少しだけ考えて、すぐに思考を止めた。

 考えても答えの出ない問いだということが、すぐに分かったからだ。


 今の私に出来るのは、2人の我の強さに閉口することだけだ。

 これだけ想ってくれていることに関しては……友達冥利に尽きるというものだが。

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