#12『別れ』

 その後、突入してきた警官隊に誘拐犯の2人は身柄を拘束され、私と悠介は救助された。

 迅速な対応だった。きっとリサが色々と手を尽くしてくれたのだろう。いざというときのリサは、やはり頼りになる。


 誘拐犯の2人は事の顛末を赤裸々に語ったようだが、すべて戯言として一蹴されたらしい。

 当たり前だ。

 私だって、当事者でなければ信じる訳がない。

 小学生の子供たった1人が……大の大人2人を簡単に蹴散らしたなんて話は。


 結局誘拐犯たちは、しっかりと実刑判決を喰らったらしく、ひとりでに失神して小便まで漏らした滑稽な犯罪者として世間に知れ渡ることとなった。

 もはや擁護する気も起きない。


 救助された私たちの元へ最初に現れたのはリサだった。

 リサは救助された私を見るなり、目に涙を溜めたまま微笑んだ。


「陵華お嬢様……よくぞご無事で」


「……リサなら知ってるでしょう? 私がこの程度でへこたれるほどヤワじゃないことくらい」


「ええ……しかし私は、旦那様からお嬢様の全てを任されているのです。お嬢様にもしものことがあれば、全て私の責任です……申し訳ありませんでした」


「……私が勝手に外に出て、勝手に攫われただけじゃない。リサは……関係ないよ」


「いえ、それでも……私が悪いのです」


 リサはいつになく強情だった。

 それはいつものリサのようでもあり、まったく違うリサの一面を垣間見ているようでもあり……不思議な感覚だった。

 私は彼女のそんな姿を前に、観念してこう答える。


「分かった……リサがそう言うなら、そういうことにしておくわ。でも……どちらにしろ、心配を掛けたのは悪いと思ってる。ごめんなさい、リサ」


「……その言葉さえいただければ、それで充分です」


 リサは私の言葉の一語一句を愛おしそうに眺めながら、そう呟くのだった。


 やがて事件の知らせを受けたのか、私の両親と、悠介の両親が現場に現れた。

 それぞれの両親は、私たちを優しく抱擁するも……そのふたつの家族には、お互いがまるで水と油のように、どこか大きな隔たりがあった。


 悠介は両親が迎えに来てからも、ずっと泣きじゃくっていた。

 私には、何故そこまで彼が涙を流すのか、よく分からなかった。

 ただ、ひとつだけ言えることがあるとするならば……悠介にとっては、今回の事件がそれほどショッキングなものだったのだろう。


 私と悠介は、それぞれ別で警察署に向かい、別々で事情聴取を受けることになった。

 そして別れるその直前――悠介は私の元に駆け寄り、泣き過ぎて赤く腫れ上がった目で、私にこう言った。


「オレ……あのとき何もできなかった。陵華のこと、守りたいと思ったのに、足がうごかなかった。逆に陵華に守られてばっかりだった」


「……仕方ないよ」


 そう、仕方ないのだ。

 前世で傭兵をやっていた私と違い、悠介は年相応の少年だ。不測の事態に陥ってしまった時……足がすくんでしまうのは、仕方のないことだ。


 だが、悠介自身はそれを許していないようだった。


「オレ……もっと強くなりたいよ……」


 悠介のその言葉は、幼さの中に、どこか重みのようなものを内包していた。


「陵華を守れるくらい……強くなりたい……」


「うん……」


「オレ、いつか絶対に強くなって……陵華を守れる男になるから……だから、待っててほしい」


 悠介は今にも泣きそうななりながらも……それを堪えながら必死に言葉を紡いでいた。

 そして私は、自然とそれに頷いていた。


「うん……待ってる――」


◇◇◇


 ――悠介と別れたあと、ずっと事情聴取が続いて……その日はほとんどがそれで終了した。


 その日以降は、再び日常が戻ってきた。

 しかし、まるっきり以前と同じという訳にもいかなかった。


 まず、外出についてだが……私1人だけでの外出が原則禁止になった。どうしても外出したい場合は、リサの同伴が必要――少し面倒だが、あれだけの騒ぎが起きてしまったのだ。当然の処置だろう。


 無論、日課のランニングも禁止になった。

 だが、そのかわり――お父様が私のために専用のトレーニングルームを作ってくれることになった。

 まあ、風を受けながら走ることができなくなったのは少し残念だが……そう文句も言ってられない。


 そして――。

 最大の変化がもう一つ。


 ――悠介が、私の家に遊びに来ることが無くなった。

 最初のうちは、向こうの都合もあろうと……さほど気にしてもいなかったのだが、ある日そのことをリサに尋ねて――私はようやく知る。


 悠介とその家族――高宮一家は、もうこの町にはいなかったのだ。

 

 事件があったせいなのか、それとも全く関係なく元々引っ越す予定があったのかは、私には分からない。

 しかし、そんなことは私にはどうでも良かった。


 私にとって重要なのは、もう悠介が私の目の前から去ってしまったのだという客観的事実……ただ、それだけだったから――。

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