第24話 言ってはいけないあのセリフ
ゼストがやってきた日から数日が経った。すぐにちょっかいかけてくるかと思っていたが、ゼストは特にアプローチを仕掛けて来なかった。
ただ、ギルドには出入りしているようで、マルメさんが愚痴っているのをちょいちょい聞いている。
王都のギルドはその辺どうやって対処しているのか。マルメさんはその秘密を知りたがっていた。
王都にはより強い冒険者もいるだろうし、ゼストの首根っこ掴める誰かがいるんじゃないだろうかと俺は思う。
もしかして、ここで偉そうなのはその反動なのだろうか……?
そんなどうでもいいことに思考を割きつつも、日々は流れていく。
ゼストもマシロにすっかり興味がなくなったのかと思っていた。
しかし、その時は突然訪れた。
今日もいつも通りB、Cランク帯のパーティのサポートとして仕事を探していた時だった。
「おい」
「ん?」
ギルド内で突然肩を掴まれた。振り向くと、別に会いたくもなかったゼストの顔があった。相変わらず、人を小馬鹿にしたような顔だ。
「サポートに付くパーティを探しているんだろう? よかったら俺のパーティのサポートをしてくれないか?」
えぇ、絶対やだ……。とは直接は言わない。これでも前世では知的なナイスミドルだったからな。冷静な男ですよ俺は。
「俺とマシロはDランクですけど、いいんですか? この前Dランク以下は死ねとか言っていたような……」
「言ってねーわ!? Dランク以下の奴らは来る必要はないとしか言ってない!!」
おぉ、なかなか鋭いツッコミをなさる。冒険者としてだけでなくツッコミとしてもなかなか腕が立つのではないだろうか?
「はっ! ……ごほん、お前たちがDランクなのは知っているし、問題ない。そっちのエルフはAランクなのだろう? 主に力を借りたいのは彼女だ」
そう言うと、ゼストはルーフェを見た。
ルーフェは一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに作り笑顔でゼストに会釈する。
ゼストはそれを見て満足げにうなずくと、俺とマシロに視線を向けた。
……なーんかすっごく嫌な予感がすんだよなぁ。
でも、このイベントはきっと回避不能なのだ。こういう変なやつに絡まれて、俺がかっこよく勝ってしまうのもテンプレだからだ。
おそらくこいつはこれから毎日のように俺達に声を掛けてくるだろうし、そのうち選択肢で『いいえ』を選び続けると、同じセリフしか言わなくなってしまうかもしれない。
そして、道を通せんぼされる。
それもそれで面倒なので俺は渋々了承し、俺達はゼスト達『銀翼の天使』とともに依頼をこなすことになった。
ゼスト達のパーティは六人構成だ。剣士のゼスト、槍使いのスピネル、魔法使いのロックス、弓使いのシラン、神官のアイリス、斥候のキリクというメンバーらしい。ゼストとスピネルはSランクで、他も全員Aランクの冒険者だという。
ゼストはリーダーらしく先頭を歩き、『銀翼の天使』が隊列を組んで続いている。
その後ろに俺達がトコトコと付いて行っている。
ゼスト達の依頼の内容は『絹糸の滝』と呼ばれる滝で採れる、絹の採取だった。
この絹の素材は滅多に採れないため高級品として知られている。
依頼の難易度は高くないが、絹の生成条件が滝の状態と自然の魔力によるものであるため、運が良くないと採れないらしい。
ゼストが見せてくれた依頼書にそのように書かれていた。
俺達はその『絹糸の滝』へと向かって山道を歩いている。
『銀翼の天使』の面々の実力は確かなようで道中隊列が乱れることはなく、途中で現れた低ランク魔獣も彼らが瞬時に片付けていた。
高ランク冒険者というのは伊達ではなさそうだ。
特に、前衛を務めるゼストの剣捌きは見事なもので、無駄な動きが全くなく、流れるように剣を振るっていく。
他の仲間達もゼストのフォローを完璧にこなしており、連携が取れているのがよくわかる。
これはゼストがリーダーであるというのも大きいのだろうが、他のメンバーがしっかりしているのもあるのだと思う。
ゼストは口は悪いし態度も横柄だが、決して無能ではないようだ。
むしろ、戦闘に関してはかなり優秀なのではないかと思う。
(まぁ、そうでなきゃSランクにはなれないか……)
ゼストにそれなりの魅力があるからこそ、パーティのメンバーもついてくるのだろうし。
そんなことを考えながら、俺はマシロと共に後ろからついていく。
しばらく山道を歩くと、絹糸が垂れ下がったような細い滝がいくつも連なる場所へとたどり着いた。
半円状にいくつもの細い滝に囲まれたその場所はうっすらと滝の飛沫が飛んできて心地よい。
きっとマイナスイオンがわらわらと飛んでいることだろう。
「着いたぞ」
そう言ってゼストは足を止めて俺達に振り返る。
「ここでどうやって絹が採れるんだ?」
依頼書には絹の生成条件は魔力と滝の状態によると書いてあった。何かしら絹糸が生成される条件があるはずだ。
「採れねぇよ」
「は?」
俺が聞き返した時、不意に腕を取られて関節を決められ身動きが取れなくなる。
「きゃあ!」
悲鳴が聞こえた方を見ると、俺と同じようにルーフェも腕を取られ、猿轡のように口を布で塞がれていた。
そして、いつの間にか俺とルーフェの周りを取り囲んでいる銀翼の天使のメンバーたち。
マシロだけがその鋭い反射神経で、かろうじて弓使いのシランの捕縛を逃れて『銀翼の天使』のメンバーと距離をとる。
「俺達の依頼達成率は百パーセントだ。今までも、そして、これからもな……」
ゼストはそう言って例のSランクの依頼書を掲げるとマシロを見た。マシロは無表情で何の反応もない。
(やっぱり、まだマシロを狙ってたのか)
「言っただろう、マシロには首輪がない。あの依頼書の獣人とマシロは別人だ!」
俺は腕を拘束されながらもなんとか声を出す。
しかし、ゼストは鼻で笑うと俺に言う。
「あんな真っ白な獣人が何人もいてたまるか! 知らねぇとは言わせねぇぞ。獣人の毛色は皆色付きだ。白なんてレア中のレアだ。その辺に二人も三人もいるもんじゃねぇんだよ!!」
(し、知らんかった……)
確かに、町中で獣人はちらほら見かけるが、マシロみたいに真っ白な獣人はいない。
元の世界で言うところのアルビノみたいなものだろうか。そうだとするとこいつが手配書の奴隷をマシロだと断定しているのも頷ける。
「じゃあ首輪は!? あの首輪は鍵がないと取れないんだろう?」
「そこのエルフが何かしたんだろ。噂じゃ相当有能みたいじゃないか。低ランクのてめぇと組ませとくのはもったいねぇ」
くぅ、ルーフェの有能さが裏目に出てしまった。
「お前の噂も聞いてるぜ。低級魔法で水を出すしか能がない無能な魔法使いだってな……」
ゼストはそう言いながら俺の腹に膝蹴りを入れる。
その衝撃で俺は一瞬息ができなくなり咳き込んでしまう。
その様子を見ていたマシロが俺を助けようとして、剣に手をかける。
「おっと、動くなよ」
ゼストは俺の首筋に剣の刃をあてがえた。
俺の首に当てられた剣を見て、マシロがピタリと動きを止める。
「ヒャーハッハッハ! 知ってるんだぜ。お前、前もこうやって奴隷を盾に取られて捕まったんだろ! おらっ! 大人しくしろよ、動けばこいつの首が飛ぶぜ」
「…………」
マシロは動かなかった。
「ヒャッハッハッハ! お優しいことで、おいそいつに首輪をつけろ」
ゼストが指示を出すと、スピネルが『隷属の首輪』を持ってマシロへと近づく。
「……今の話、本当か?」
「あ?」
俺はゼストに掴まれながらゼストを睨み返す。
あのときのマシロとの会話が、頭によぎる。
『そんなに強いのに、なんで奴隷なんかに……』
『……こうみょうなワナにかかった』
『こうみょうなワナ』って、他の奴隷を人質に取られたってことかよ!
それなら、あれだけ強いはずのマシロが捕まったのもわかる。
そして今、マシロはその時と同じように自ら捕まろうとしている。
だが、俺はただの奴隷じゃない。なんでもアリの冒険者だ! マシロを同じ目にあわせはしない!
「マシロ! 逃げろ!!」
俺の声に反応したマシロが、首輪をつけられる直前でスピネルから離れる。
「なっ! お前!!」
ゼストが驚いた瞬間をついて俺はゼストの拘束を逃れる。
「マシロ! 俺のためにお前が捕まる必要なんかないぞっ!」
俺は剣を抜き構えると、ゼストに剣先を向ける。ゼストは苦々しげに俺を睨んでいた。
「お前、魔法使いじゃなかったのか……」
「俺がいつ魔法使いだと名乗った!」
俺は剣を振り上げゼストに斬りかかる。ゼストも素早く剣を抜き、俺の剣を受け止める。
「いや、お前がいろんなところでそう名乗って……」
俺はゼストの言葉を無視して、攻撃を続ける。そういえばカッとなって忘れていたが、襲撃してくるやつの裏をかいてやろうと思ってそう名乗るようにしていたな。
まんまと引っかかってくれたわけだ。
俺とゼストは激しい打ち合いをする。
「クソ野郎が、魔法使い名乗ってた剣士だってのかよ!?」
「あぁ、俺の本職は剣士なんだよ!!」
悪態を付きながらもゼストの剣術はかなりのものだった。Sランクは伊達ではなく、マジで強い。
マシロと同じぐらいか、それ以上に強いかもしれない。俺の力はスキル頼りだが、このまま押し切れるのか……?
その不安がよぎった時だった――。
バキンッ!
突然、俺の剣が砕けた。
くっそ! ここで装備の差が出るのかよっ!?
俺の剣は鉄でできた普通の剣だ。マシロの剣のように魔石で強化したりはしていない。
対してゼストの剣は見るからに豪奢で、おそらく何かしらの力が付与されているものだろう。
いくら俺のスキルが有能でも、武器の優劣まで覆すことはできない。
ゼストはニヤリと笑うと、そのまま上段に振りかぶった剣を振り下ろす。
これは避けきれない……! 俺は咄嵯に腕を交差させ防御する。
「ヒャッハッハッハ! そのまま死ねぇ!!」
次の瞬間、腕に激痛が走……らなかった。
……あれ?
「レイト、どいて」
マシロは俺の襟首をつかんで後ろへ引っ張ると、自ら前へ出て剣でゼストの攻撃を受け止めた。
マシロがこっちに!? 銀翼の天使の他の連中は?
辺りを見回すと、いつの間にかルーフェが檻のような結界を作り、ゼスト以外の銀翼の天使の連中を閉じ込めていた。
っていうか、さっきまでルーフェ捕まってなかったか?
状況は飲み込めていないが、俺とマシロでゼストを倒せばいいんだろ!
マシロが曲芸のような身のこなしでゼストの剣を避けつつ、隙をついてゼストに攻撃を入れていく。
しかし、ゼストもそれを捌ききっている。マシロの攻撃を剣で受け流し、反撃する。
マシロの攻撃は正直軽い。速さに対応できれば捌くのは難しくない。
だが、常人に捌ききれる速さではないはずなのだ。それをゼストは完璧に受けきっていた。
(でもまぁ、マシロと対等なら俺が加勢すれば勝てるってことだろ!)
俺は呪文の詠唱を始める。
「我が血潮を燃やし、我が命を懸け、全てを支配する。我が魂は死せず、我が力は永遠」
俺の手に魔力が集まり、輝き始める。吹きすさぶ風が周囲を取り巻き、ゼストがそれに気がついた。
「おまえ! 本職は剣士じゃねぇのかよ!?」
「いつ俺が剣士だと名乗った!」
「いや、さっきお前が……」
ゼストがなんか言っているが俺は無視して魔法の準備を続ける。
ってか、詠唱省略できる世界だし、こんなことしなくてもいいんだけどね。
俺が詠唱を続けている間にも、マシロは絶え間なく攻撃を続ける。
ゼストは俺にも目を配る必要があるため、マシロに集中することができていない。
そして、マシロの攻撃によりゼストの体勢が崩れた。
「よし、マシロ回避!!」
俺の声を聞いた瞬間マシロはゼストから離れた。
そして、俺はゼストへ向けて魔法を放った。
「うおおおおおぉぉ!!」
解き放たれた魔力が、俺の手から放出されゼスト目がけて飛んでいく。
「や、やったか!?」
はっ! 俺は今言っては行けないセリフを口走ってしまった!
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