第15話 魔獣がいない!?(俺が倒しちゃったからね……)

 オルトロス討伐から帰還した翌日。俺たちはギルドで次に受ける依頼を探していた。

 Fランクになって少し依頼の幅は増えたが、まだまだ雑用的なものが多い。

 護衛なんかもやってみたいところだが、Fランクに掲示されている依頼の中にはない。ちらりと見るとEでも少なく、Dランクあたりから徐々に増えていくようだ。


(まぁ、命を預けるわけだしな)


 実績のない低ランク冒険者よりも、高ランクの冒険者に依頼したいというのは当然だろう。

 俺は護衛の依頼は諦めて、適当な採取依頼を手に取りマルメさんのいる受付へと向かう。


「こんにちは、マルメさん」

「あら、レイトさんおはようございます」


 そうして、俺がマルメさんに依頼書を渡そうとした時だった――。


「おい、どうなってんだ!!」


 突然ギルドの中で大声が上がった。


「これでもう三回目だぞ! どこに行ったら魔獣に会えるんだ!」

「そ、そう言われてもですね。ギルドとしては目撃情報を元に依頼を出しているだけでして……」

「その情報が間違ってんだよ!」

「間違いと言われましても……」


 別の受付で何やらもめている冒険者がいるようだったが、周りの冒険者は遠巻きに見てるだけだった。


「あら、またいなかったんですね」


 そう言ったのはマルメさんだった。


「マルメさんあの冒険者知ってるんですか?」

「はい、レイトさんと同じでよく受け付けしていますから。Bランク冒険者のグスタフさんですね」

「Bランク……ですか」


 Bランクともなればベテラン冒険者だ。俺みたいな駆け出しとは格が違う。


「えぇ、彼はこの町を拠点にしていてよく依頼を受けてくれるのですが、ここのところ依頼書に記載された場所に行っても魔獣がいないということが続いているみたいで……」


 それが三度目となり、怒りが爆発したというところか……。

 魔獣だって生き物だ。それなりに移動するだろうし、行った先でいないことなんて頻繁にあるだろうに。

 それをギルドのせいだというのはちょっと可哀想だろう。


「すみません、ちょっと私行ってきますね」


 マルメさんは俺にそう言い残し、グスタフに怒鳴られて涙目になっている受付の女の子のところへ向かった。


「マルメさん聞いてくれよぉ……!」



 グスタフは間に入ったマルメさんに事情を話す。よく受付していると言っていただけあって、フォローに入ったマルメさんに対しては怒鳴ったりしなかった。


「なるほど……。それは確かにおかしいですね」

「だろ? マルメさんが受付してくれた分も含めて、これで三度目なんだよ。バンディットウルフもクラッシュボアもアイアンリザードもどんだけ探してもいなかったんだよぉ」

「あ、えっ!?」


 やばっ、思わず声が漏れた。

 バンディットウルフとクラッシュボアとアイアンリザードって俺が倒した魔獣じゃね?


「それならわたしたちがたお――ふぐっ」


 俺は素早くマシロの口を塞ぐ。

 危なかった。マシロが余計なことを言いそうになった。


「んん~」

「こら噛むな」


 俺は人差し指を口元に立ててからマシロの手を離してやる。


「ぷはぁ……。いっちゃだめなの?」

「あぁ、あんまり悪目立ちしたくないからな」


 俺はゆっくりとマルメさん達の方を見る。すると、グスタフが訝しむように俺を見ていた。

 うーん、どうしよう……。


「兄ちゃんなにか知ってんのか?」

「いや、なにも知らないですけど」

「本当か? じゃあ、なんで反応したんだ」

「えっと、アイアンリザードっていうのがルーフェが倒したっていう魔獣と同じだったので……」

「ルーフェ?」


 俺はグスタフにルーフェがAランク冒険者であることを告げる。


「そういえば、この前素材の買い取りをさせてもらいましたね」

「はぁ、あんたがねぇ。確かに、人は見かけによらないって言うが……」


 マルメさんが素材を買い取ったことを思い出し、グスタフは値踏みするようにルーフェを見た。

 ルーフェは傍目にはおっとりしたエルフだ。あまり強そうには見えないだろう。


「あんたが倒したっていうアイアンリザードはいつどこで倒したやつなんだ?」

「さぁ?」


 ルーフェは頬に手をあてながら、可愛らしく首を傾けた。


「さ、さぁ? あんたが倒したんだろ?」

「それが、もうずいぶん昔に倒したもので、さっぱり覚えていなくて……。たぶん二、三百年前だと思うんですけど……」

「そんな前なのか……」


 グスタフはルーフェの言葉に唖然としつつ、ルーフェの耳に目を向ける。

 そこにはエルフの特徴である長く尖った耳がある。エルフが長命なのはこの世界でも同じらしいし、信ぴょう性は高くなるし確かめる術もないはずだ。


「はぁ、なんか気が削がれっちまったな。マルメさん、さっきは怒鳴ったりして悪かった。あの受付の子にもすまなかったと伝えてくれ。だが、魔獣がいなかったことも事実なんだ。ギルドとしてもなにか対策を打ってくれると助かる」


「わかりました。相談してみます」

「頼むぜ」


 グスタフはそう言って、ギルドを出ていった。


 とりあえず、丸く収まった……かな?


 俺がそう思ったとき、俺の肩に誰かの手が乗せられた。


「レイトさん。ちょっと別室でお話よろしいですか?」


 見るとマルメさんが俺を逃すまいと、しっかりと俺の肩をつかんでいる。


「ルーフェさんと、マシロちゃんもお願いしますね」


 マルメさんの笑顔は素敵な笑顔だったが、有無は言わさぬと言う迫力のある笑顔だった。


 ◆◆◆


「すみませんでしたー!!」


 マルメさんに案内されたギルドの別室で、俺はマルメさんに謝り倒していた。


「別に怒ってませんから顔を上げてください。はぁ、それにしてもやっぱりレイトさん達が倒しちゃってたんですね」

「やっぱりって……」

「ルーフェさんから買い取ったアイアンリザード素材ですけど、昔に倒したっておっしゃる割には新しいものでしたので、実はそうじゃないかなーって」


 なるほど、あのときに既に怪しまれていたのか。

 それにしても、俺のアイテム袋は中に入れたものの時間は止まるみたいだが、今の話から察するに普通はそうではないみたいだな。


「それで、バンディットウルフとクラッシュボアもレイトさん達が倒してしまったということでいいですか?」

「……はい」


 俺はマルメさんに正直に白状する。


「どうして嘘をついたんですか?」

「それは……、目立ちたくなかったので……」

「目立ちたくない……ですか?」


 マルメさんが首を傾げる。


「えっと、俺はできれば目立たずにひっそりと生きたいんですよね。目立つと色々トラブルにも巻き込まれるので」


『実力を隠して影で活躍するってかっこいいじゃないですか!』とは言わない。あんまり理解されないだろうし……。


「確かに、冒険者登録したばかりでまだFランクのレイトさんとマシロちゃんがこれだけの魔獣を倒していたら、注目されるのは間違いないですね」


 マルメさんが腕を組みながら納得したようにうなずく。


「ですが、ギルドにも報告がないと今回のようなことになるので、報告はしていただきたいです」

「すみません、報告が必要だと知らなくて」

「そうですね。私に言っていただければ内密に処理しますので、今後は強い魔獣を倒したら私に言ってください。ギルドの討伐対象になっていないか確認しますので」

「はい、それは助かります」


 そもそも、今回の魔獣達も報酬目当てで狙って倒したわけじゃなくて、たまたま出会っただけだからな。

 内密に処理してもらえるのはありがたい。


「でも、Aランク魔獣を簡単に倒してしまうレイトさんとマシロちゃんがいつまでもFランクと言うわけにもいきませんね……」

「俺たちがFランクだと何かマズイんですか?」

「えぇ、ランクはギルドの実績と共に当人の強さを示すものでもありますから、なるべく強さに見合ったランクになっていただきたくはあります。通常ならギルドの任務をこなすに従って強くなっていくので、こういうケースはあまりなくて……」


 マシロの強さの理由は俺もよく知らないが、俺の場合は強くてニューゲームみたいなものだからな。既存のシステムに当てはまらないのは、さもありなんというところだ。


「でも、Fランクの新人が突然Aランクになっても悪目立ちしますよね……」

「そうなんですよね。ただ、実績を積みつつ早めにランクを上がっていただきたいのは確かなんですが……」


 マルメさんはなにやら考え込む。


「あっ! そうです! こういうのはどうでしょうか――」


 それから、マルメさんは俺たちに実績を積みながらランクを駆け上がる秘策を授けてくれた。

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