第25話 魔法(詠唱略)
い、言ってしまった……。
『やったか!?』という台詞のあとで本当に敵をやっつけている可能性なんてゼロに等しい。
そう考える俺の思考通り、くすぶる土煙の中にゼストの影が浮かんでいた。
「ふん、渾身の一撃も当たらなければ、意味はないな。もう詠唱などさせんぞ、このままあの世に送ってやる」
そう言ってゼストは俺に向かって剣を突きつけた。
マジか、あれを避けるのか……。
離れていたとは言え、結構大きい魔法だったのにな。ゼストのSランク冒険者という実力は間違いなく本物だ。
「くそっ!」
俺は壊れた剣の代わりに、前に使っていた死んだ護衛から拝借した剣をアイテム袋から取り出し、ゼストに斬りかかる。
そしてマシロがそれに続く。
俺とマシロ二人がかりでゼストに攻撃をするが、ゼストはそれを的確に捌いていた。
やばい。
俺とマシロの攻撃にゼストが慣れ始めている。初めこそ俺とマシロの攻撃に焦りの表情のあったゼストだったが、徐々に平静さを取り戻しているのが見て取れる。
口角が2度、3度と徐々に上がり、ニヤニヤとした表情を取り戻してきていた。
……こいつ表情わかりやすいな。
何にせよ、早めに決着を付けないとやばいかもしれない。
「マシロ、時間を稼いでくれ!」
「わかった」
俺の声を受けてマシロが攻勢を強める。マシロは細剣を巧みに操り、ゼストを俺から引き離していく。
マシロの支援を受けて、俺はゼストから距離を取ると、剣を鞘に収めて目を閉じ集中力を高めた。
「魔法の詠唱なんてさせるかよっ!!」
マシロの攻撃を捌きながら、横目で俺を見ていたゼストが叫んだ。
ゼストは俺に魔法を撃たせまいと、マシロに蹴りを入れて吹き飛ばし(許さんっ!)、俺の方へと駆け寄ってくる。
にやり。
ゼストと同じように俺の口元も歪んだ。
お前ならそう来ると思ったよ。
俺はこっちに向かってくるゼストに驚いたふりをしつつ、ゼストとの距離が縮まるのを待つ。
そして、ゼストが逃げられない間合いになった瞬間、俺は地を蹴り、瞬時にゼストの懐に入り込んだ。
「なっ!?」
ゼストは俺が向かってくるとは思わなかったのか、一瞬動きが止まる。
今度は外さないよう俺は手のひらをゼストの鎧に密着させる。
「まさか、魔法? バカなっ!? 詠唱は――」
「魔法に詠唱が必要だと誰が言った!?」
「いや、それは世界の常しk……」
俺はゼストの鎧に触れたままありったけの魔力を解放した。
俺の手のひらから光が溢れ、解放された魔力がゼストを包む。真っ白な光が周囲を包み込み、耳をつんざく爆発音が轟いた。
俺の魔法を受け、ゼストの体は散り散りになり消滅……しなかった。
魔力の奔流に吹き飛ばされたゼストの体は地面に叩きつけられると、ゴロゴロと転がって動きを止めた。
(生きてるよな、あれ……)
俺はスキル『てかげん』を発動させ、ゼストが死なないようにしていたのだが、若干不安になる様相だった。近づいて確認すると呼吸はしていて、生きていることは確認できた。
俺は失神しているゼストをクレヴァンスのときのように簀巻きにすると、結界を張って銀翼の天使のメンバーを捕らえているルーフェのところへ引きずって行った。
ってかルーフェは本当にどうやって拘束から逃げたんだ?
「リーダー!!」
拘束されている簀巻きのゼストの姿を見て駆け寄ろうとするが、結界を破ることができないでいる。
ルーフェはこちらを見ると安心したように微笑み、結界を解除した。
「おっと、ゼストの拘束を解くのはまだだぞ」
ゼストの拘束を解こうとする『銀翼の天使』面々にそう言うと、彼らの手がぴたりと止まる。
ルーフェに捕まっていたとはいえ、俺がゼストを倒すところを見ていただろうし、俺の言うことは聞いてくれそうだな。
「回復魔法を使える人は?」
「は、はい……」
『銀翼の天使』の一員である神官のアイリスが手を上げた。
「ゼストを回復してやってくれ、このまま放っておくと死ぬかもしれん」
「へぁっ!? わ、わかりました」
アイリスが俺の言葉に焦って回復魔法をゼストにかける。
ゼストはHP1で生き残っているはずだが、HP1がどういう状態かわからないからな。小石ぶつけるだけで死ぬとかだったら、うっかり本当に死んでしまうかもしれない。
アイリスが魔法をかけると、ゼストの顔色はだいぶ良くなった。
「う、うぅん……」
ゼストは意識を取り戻したようで、ぼんやりとした表情で辺りを見回した。
「目ぇ覚めたか?」
俺はゼストに声をかける。
「あぁ? ……ひぃ! こ、殺さないでくれ!?」
ゼストは体をもぞもぞと動かしているが、簀巻きの状態で逃げられるわけもない。
「殺さないよ。ルーフェ」
「はーい」
「クレヴァンスの時みたいにこいつらに呪いかけられるか?」
「はい、できますよ。どんな制約をつけるんですか?」
「マシロについて誰かに教えること、そして、自らマシロを捕らえようとすることを禁止する」
ゼスト達がマシロがここにいると公言しなければ、依頼主もそのうち諦めるだろう。
ルーフェが祈りを込めると、光がゼスト達『銀翼の天使』のメンバーに降りかかる。
「これで大丈夫ですよ」
結局これって約束破ったらどうなるんだろうな……。腹でも痛くなるのか?
ルーフェはとっても恐ろしい目にあうとしか教えてくれない。
「依頼書の獣人はこの町にはいなかった。いいな?」
俺はゼスト達に向けて言い含める。彼らはただブンブンと首を縦に降るだけだった。
そういえば、ゼストに聞きたいこともあった。
「あの獣人の捜索依頼、出したのは誰か知っているか?」
「……」
ゼストは何も答えなかった。だが、その反応でわかる。
(……知ってるな、これは)
「もう一度聞く。あの依頼を出したのが誰か知ってるか?」
「……言えない」
知らない、ではなく『言えない』……か。
やっぱり相当偉いやつっぽいな。まぁ、そもそもSランク依頼を出せる時点でわかってたことだが。
王都の奴隷商売を裏で牛耳っている貴族様でもいるのかね。
「そっか、じゃあいいや」
俺はもうゼストには興味を失ったという風に振る舞った。実際、これ以上叩いても埃は出そうにないし仕方ない。
とりあえず、ゼスト達のマシロを捕らえるという目的は阻止できたわけだし、今後俺達に手を出してくることもないだろう。
「さて、と……それじゃあ、帰るか」
「うん」「はい」
俺はルーフェとマシロに声をかける。
俺達は立ち去ろうとするが、背後から呼び止められた。
「待て!! お前、何者だ!?」
振り返るとゼストが俺に向かって叫んでいた。
「誰って……冒険者だよ。一応な」
「嘘をつけ! この強さ……ただの冒険者のはずがない!」
「ただのDランクの冒険者だよ?」
「そんな奴が俺を圧倒できるものか!! 剣技に魔法、それに……無詠唱だと? そんなことができるやつ……」
青い顔になったゼストの言葉はそこで途切れた。
待て待て待て、俺は詠唱省略できるようにしてくれと言ったはずだから、この世界では詠唱を『以下省略』とかできちゃうはずなんだが……。
え、省略できるけど、省略できる人ってもしかして極少数しかいないのか?
そういえばルーフェも詠唱してるしな、後で一般常識を聞いておかねば。
まだ呆然としているゼスト達銀翼の天使をそのまま放置し、俺達は町へと帰った。
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