第8話 仲間が増える気がする!

 はっ! なんだか新しい仲間が増えそうな気がする!


 俺にそんな直感が来たのは、洞窟の入り口が目に入った時だった。


「あれ? なんか、人だかりがあるな……」


 町から離れた辺鄙なところにある洞窟だ。他の冒険者とすれ違うような事があったとしても、これだけ人が集まっているとは思わなかった。


「お前足手まといなんだよ!」

「きゃあ!」


 なにか情報でも聞けるかと思って彼らに近づこうとした時、そんな声が聞こえて、俺達は思わず木陰に身を隠した。

 豪奢な鎧を着た男に突き飛ばされた女の子は、そのまま倒れ込んで地面に座り込んでいる。

 あの鎧かっこいいな。


「失せろ! 二度と顔を見せるな!」


 吐き捨てるようにパーティのリーダーらしき男がそう言うと、男はパーティメンバーを連れてそのまま去っていった。

 残された女の子を気にして去り際にちらちらと見るものはいたが、彼女と共に残る者は誰もいなかった。


(つ、追放モノの冒頭部分を目撃してしまった……)


 こういうことって本当にあるんだなぁ。

 フィクションの中だけで語られていたものが現実で起こり、俺は妙にワクワクしてしまった。

 人の不幸を楽しんでいるようで申し訳なく思うが、ドラマの出来事が現実で起こったような、街中で芸能人に出会ったようなそんな感銘を受けた。


 っていうかあれ? 追放されて見放されるって、こいつ主人公じゃね?


 パーティに見捨てられて呆然としている女の子を見て、俺はそんなことを思った。


「っと、一応様子を見てみるか」


 座り込んだままの女の子が心配になり、俺はマシロを連れて彼女の元へと向かった。


「大丈夫ですか?」

「……誰ですか?」


 女の子は金髪碧眼で、髪は短めに切りそろえられている。

 特徴的なのはその耳で、普通の人間のような丸い耳ではなく、尖った形をしている。

 彼女はいわゆるエルフの少女だった。

 うん、顔立ちも整っているし、冴えない元おっさんである俺よりもよっぽど主人公らしい顔をしている。


「なんかトラブってたみたいだけど大丈夫か?」

「あはは、……恥ずかしいところ見られちゃいましたね。ついに見捨てられちゃいました」


 苦笑するように彼女は力なく笑った。


「まったく、あいつもひどい男だよな。支援魔法受けてるくせに無能扱いするなんて」


 きっとこの子は支援魔法の使い手で、いつもパーティを支援していたにも関わらず、それに気づいていなかったパーティメンバーが無能だと罵り見放したというところだろう。

 よくある追放ものの定番パターンだ。


「いえ、私無能扱いなんてされてませんけど。パーティの皆さんみんな優しくしてくれていました」

「え?」


 あれ? なんかテンプレパターンと違くない?


「えっと、じゃあなんで、こんなことになったんだ?」


 俺がそう聞くと、エルフの少女は経緯を説明してくれた。

 彼女は支援魔法使いで、パーティのみんなを支える存在だった。

 あのパーティはみんな仲もよく和気あいあいとした雰囲気で、エルフは彼女だけだったが、みんな別け隔てなく接してくれたそうだ。


「でも私、方向音痴なんです」


 そう言いながら彼女が目を伏せる。

 そのせいで、彼女は洞窟やダンジョンで迷ってしまい。仲間に助けてもらっていたらしい。


「でも、迷うことなんて誰にでもあるだろ。それだけで追放ってのも……」


 そんなミスを助け合ってこそのパーティだろうに。


「ろ、六十三回です」

「え?」

「私が迷って助けてもらった回数……」


(えぇ……、あの男めっちゃ我慢強いじゃん)


 そりゃキレるわ。ひどい男とか言ってごめんよ。

 俺は若干顔をひきつらせながら、方向音痴エルフに手を差し伸べて彼女を起こす。


「自己紹介をしていなかったな。俺はレイト、こっちは――」

「マシロ」


 マシロが自分から名乗る。えらいぞマシロ。


「私はルーフェっていいます」


 俺は一応鑑定で名前を確認すると、そこにもルーフェと書いてあった。

 俺たちを騙すっていうことはなさそうだ。


「俺たちはこれから、ヒカリゴケを取りに洞窟の中に入るんだが、ルーフェはどうする? 一人で町に帰れるのか?」

「えっと……」


 俺の質問に彼女は逡巡する。まぁ、追放されたばかりでこれからどうしようなんて即決できるようなものではないよな。


「よかったら手伝ってくれないか?」


 一人でいて落ち込んでいるよりも、何かして気を紛らわせた方がいいだろう。

 暇になると余計なことを考えて、より落ち込むとも言うしな。落ち込んだ時にはそのことを考える暇がないように、あえて忙しくするというのが対処方法の一つだと聞いたことがある。


「いいんですか?」

「あぁ、ルーフェがかまわないなら」

「よろしくおねがいします」


 そう言って彼女は俺の手をとった。


 ◆◆◆


「さて、これから洞窟に入るわけだが」


 正直何の準備もしてこなかった。


「松明とか持ってこなかったけど大丈夫なのかな?」


 俺はマシロに聞いてみる。


「わたしは夜目がきく」


 なるほど、マシロは獣人だからな。身体的な特徴なのか、スキルなのかわからんが。

 スキルか、そういえば……。


 俺は『ステータスオープン!』とは言わずにステータス画面を開き、自分の持っているスキルを確認する。


「あった」


 ナイトビジョン、暗闇でもはっきりとモノを視ることができると書かれている。赤外線カメラのようなものと考えていいだろう。

 俺も松明なしでも大丈夫そうだな。


「ルーフェは大丈夫なのか?」

「えぇ、私もいろいろ準備してありますし、魔法も使えるので大丈夫です」


 確かにルーフェはパーティの支援魔法の使い手だと言っていた。大きい荷物を背負っていることから、魔法だけでなく物理的な支援も行っていたようだ。


「そうなると、みんな松明なしでも大丈夫そうだな」


 俺が確認するとマシロとルーフェが頷いて答える。


「よし、じゃあ行くか」

「うん」

「はい」


 俺たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。


 想像通り洞窟の中は真っ暗、ではなく、薄ぼんやりと明かりが灯っているような明るさを持っていた。

 まだ、奥まで進んでないから入り口の光が届いているのか?


 俺は入り口からの距離を見ようと振り返る。


「……マシロ」

「なに?」

「おまえ、なんか光ってない?」

「え」


 振り返ると、薄ぼんやりと光っているマシロがそこにいた。ビカビカと仰々しく光っているわけではなく、あくまでぼんやりとした優しい光だが、その光はたしかにマシロから発せられているように見えた。


「ほんとですね」

「え、何? 獣人って光るの?」

「いえ、私がいたパーティにも獣人の方はいましたけど、光ってはいなかったと思いますけどねぇ」


 ルーフェはパーティメンバーを頭に思い浮かべながらそう言う。

 獣人だからといって光るものでもないらしい。ということはマシロが特殊ということか。


「マシロの夜目が利くっていうのはこれが理由か」


 実際に夜目は利くのだろうが、自身が光っていることで暗いところでもよりモノが見やすいということだろう。


「おー、なるほど」


 マシロが感心したように拳で手を打つ。っていうか今まで気づいてなかったのかよ! 俺も昨晩気づかなかったけど!


「まぁ、何で光ってるのかわからんが、本人に害がないならいいのか? 別になんでもないんだろ?」

「うん、いまきづいた」


 それはそれで、なんだかな。

 でもなんか、光ってるっていうか、力が溢れ出てるっていうか、そんな感じなんだよな。

 考えても仕方がないので、俺は首を傾げながら先へ進むことにした。


「そういえば、ルーフェたちは何でこんな洞窟に来てたんだ?」


 ちらっと見ただけだが、ルーフェのいたパーティはリーダーを筆頭に皆歴戦の勇士といった感じだった。

 こんな初心者用の依頼の目的地である洞窟に用などないと思うのだが。


「ギルドの依頼ですよ。ここは鉄鉱山跡なんですが、アイアンリザードというAランク魔獣の討伐依頼が出ていたので、その退治に」

「ん?」


 Aランク? 俺たちはGランクの冒険者で、ヒカリゴケを取りにここに来たんだぞ。

 そんなところにAランクの魔獣がいるわけないじゃないか。


「それにしても、レイトさんとマシロちゃんはすごいですね。この洞窟にふたりだけで挑もうとしていたなんて」


 いやいや、俺たちが挑もうとしていたのは、Gランクの依頼のヒカリゴケの回収ですよ。


「私たちはAランクパーティだったんですけど、結構入念に準備してたんですよ。それなのに私が迷ってしまって、私を見つけることにみんな力を割いてくれて、結局標的は退治できずに、あんなことに……」


 ルーフェはことの顛末を語ってくれた。が、そんなことは正直今はどうでもいい。


「あの、ルーフェさん?」

「はい」

「ここってヒカリゴケが取れる洞窟ですよね?」

「それってギルドが管理している低ランク依頼用の洞窟ですよね」


 へー、ギルドが管理してるんだ知らなかった。


「それなら、ここじゃないですよ?」


『ずいぶん離れたところにある別の洞窟です』と、ルーフェが教えてくれた。

 あー、ここに来る時に半分ぐらいマシロの言う通りに来てしまったからなぁ。明らかに違う方向だったら正してたつもりだったが、結局とんちんかんな方へ来てしまったらしい。

 やっべぇ、今すぐここを出ないとやばすぎる。


「レイト」

「何だ? マシロ早くここから――」

「なんかきた」


 マシロが洞窟の奥を指差す。そこには鋭い眼光を持って這いずる巨大な魔獣がいた。鉄のように黒光りする鱗に、強靭な筋肉を示す筋張った四肢。時折舌をチロチロと出し、その様子は舌なめずりをしているようにも見える。


「あ、アイアンリザードですね!」


 ルーフェが嬉しそうな声をあげる。

 鑑定で視るとたしかにアイアンリザードと表示されている。レベルは55、ちなみに俺の今のレベルは8だ。


 やばいやばいやばい。


 何がヤバいって、俺以外のふたりが危機感を持っていないのがやばい。


「おい、ふたりとも逃げ――」

「行きますよマシロちゃん!」

「うん」


 って殺る気満々!?


 マシロとルーフェが同時に駆け出す。

 マシロが先陣を切って剣を抜く。あれは俺が貸したままの普通の剣だぞ、あんな剣であの硬そうなやつをやれるのか?


「剣を研ぎ、盾よ塑となれ!」


 おー、詠唱だ! こっちの世界に来て初めて聞いた。ちゃんと唱える人もいるんだな。

 感心する俺をよそに、ルーフェの放った魔法はマシロとアイアンリザードに飛んでいき、それぞれにぶつかる。

 なんだ? マシロへのバフと敵へのデバフを同時にかけたのか?


「マシロちゃん、そのまま突っ込んでください! 私は援護します!」

「わかった」


 え? ちょ、ちょっと。なんでマシロにだけそんなに指示出してるの? 俺は? 俺には何も言ってくれないの? ってか何でマシロは普通に受け入れてるの?

 俺にも逃げろとか隠れろとか言って!


 俺には? ねぇ、俺には指示ないの?


「グルルルァア!!」


 ほら! なんか怒ってるよ!!


「うるさい」


 アイアンリザードの雄叫びなど無視してマシロが飛び上がる。


「追加です。我、其の地に在りし、汝が護りを砕破せん」


 ルーフェが詠唱するとアイアンリザードの足元に魔法陣が現れ、光がアイアンリザードを包む。

 そこに向かって飛び上がったマシロが剣を振り下ろした。


 ザンッ!


 その瞬間に洞窟内が静寂に包まれる。

 さっきまで暴れていたアイアンリザードの動きが止まり、その首がゆっくりと地面へと落ちた。

 そして落ちた頭に追従するように、その体もぐったりと地面へと倒れ込む。

 近くには、アイアンリザードの魔素が集まってできたバレーボールほどの大きさの魔石が現れた。


 でけぇ。バンディットウルフのもデカかったけど、それの2倍ぐらいあるぞこれ。


「ふぅ」

「やったね」


 ふたりがハイタッチを交わす。

 いやいやいやいや、待って待って。おかしいだろ。


「あの、君たち何してんの?」

「何って、討伐ですよ?」

「いやいやいやいや、Gランク冒険者がAランクの魔獣なんて倒せるわけないだろ」

「Gランク? 誰がですか?」


 ルーフェが俺の言葉に首をかしげる。


「俺とマシロ」


 俺は、自分とマシロを指さして答えた。


「マシロちゃんがGランク? いや、でも……」


 ルーフェが困惑した表情を浮かべている。

 いや、本当に何でそんな反応してんのこの子? もしかして俺が間違ってるのか? そう思って、マシロの方を見ると。


「わたしつよい」


 うん、今見たから知ってる。でもここまで強いとは思っていなかったよ。

 っていうかルーフェも強いんじゃない? え? あのパーティこの人いなくて大丈夫なの? それとも、この実力でも見合わないほどの方向音痴なの?

 どっちにしろルーフェはやばいし、マシロもやばくない?


 もはや俺の語彙は崩壊しかけていた。


 そして、俺はどうしようかと考えた末、考えるのをやめた。

 とりあえず、この洞窟を出よう。他にも魔獣が襲ってくるかもしれない。

 俺は魔石とアイアンリザードをアイテム袋に入れるとふたりに声をかけた。


「とりあえず洞窟から出るか」

「うん」

「はい」


 ふたりは帰り道『ではない』方へ向けて歩き始めようとする。


「待て待て待て、嫌な予感がする。君らが先行するな。出口は俺に探させてくれ」


 前のパーティでは、よくはぐれていたと言っていたが、この洞窟でルーフェがはぐれることはなかった。

 それはひょっとしてマシロのせい(おかげ)ではないだろうか?

 マシロも方向感覚は狂っている。奇跡的にルーフェとマシロの方向感覚の狂い方が同じであれば、ふたりははぐれることはなく、あたかも正しい道を進んでいると思うに違いない。

 俺の直感がそう言っている。このふたりに先行させてはダメだ。


「ルーフェ、マシロ、俺から離れるなよ。絶対に俺の後ろから離れないようにしてくれ」


 俺の言葉を聞いてマシロはルーフェにぴったりとくっつく。ルーフェは嬉しそうだ。


「マシロちゃん、くっついてくれましたね」

「……ん」


 戦いで友情でも芽生えたのか、マシロはルーフェに慣れたようだ。

 俺はチラチラと頻繁に後ろを振り返りながら帰り道をたどる。


 ふとした瞬間に足音が遠ざかるから危険だ。なぜこの近距離ではぐれそうになるのか。

 町に戻ったら紐でも買おうかと真剣に考えた。


 俺はなんとか全員一緒のまま洞窟の出口へとたどり着き、安堵の息を吐いたのだった。

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